影の腕
その少年は世界の理不尽を許せなかった。無垢の民の何の罪も無いのに奪われる生命。突然降りかかる本人に責任のない病。他者にコントロールされ命令どおりした結果切り捨てられる生命。
それら理不尽な現実が許せない。世界には、人には、当たり前の明日が保証されて然るべきなのだ。だが、それが与えられないこともあるし者もいる。世界の理不尽という『現実』と戦う為に、
少年は誓った、幻想を纏う。現実がこれほど苛烈ならば、人々には幻想(象徴)が必要だ。だからヒーローになろう。幸い少年には生まれながらの特異な力があった、異能の力といっても良い。
それは腕から伸びる巨大な影とでも言った方が良いもの。影に飲み込まれたモノは帰ってこない。これを使い自分の出来る範囲で世界の理不尽を払う、その為に一生を使おうと少年は決意したのだった。
1
こんなことが許されるのか――。血まみれの大人二人、その大人たちは子供をかばう様に死んでいた。何があったのか、状況はつかめない。俺はその二人亡骸の腕を払うと、抱かれていた子供を目にした。
「子供一人か……」
「……」
子供は何も口にしない。怯えきり憔悴しきっている。平凡で幸せだった家族の日常。それが突如として奪われた現実。許されない。
「坊や……立てるか……」
「……」
子供は話さない。
「分かった。とりあえず……」
俺は子供の腕を引っ張り子供を無理やり立たせた。
「坊や覚えていることはあるかな……」
子供は話さない。本来なら警察に連絡すべきところだが、ここでの警察機構が意味を為さない事を、俺は知っている。とりあえず俺は子供を、自分の家に連れ帰ることにした。
2
家、といっても安アパートの一室である。だがそれでも俺にとっては立派な家だ。俺は子供の腕を引っ張り無理やり家に連れてきた。
「何か食うか……」
俺も腹が減っていた。子供……そういえば名前をまだ聞いてなかったなと思い、名前を聞いてみることにした。
「君名前は……?」
「……」
まあいい名前などかざりかもしれない。とりあぜず飯を出す。コンビニで買った、コンビニ弁当を出す。これでも結構高い。
「……はふっはふっ」
子供は腹を減らしていたのだろう、目の前に出された飯を夢中に食べていた。いい傾向だ。男心を掴むにはまず胃袋からとも言う。
「俺も食うか……話はそれからだ」
*
飯を食い終わって数十分、俺はもう一度子供にアクションを掛けた。
「君名前は……?」
「リ・カイエン」
「リ君か……ようやく口聞いてくれたな。俺は、いや名前などどうでも良いか……何か覚えてることはないか?君のお父さんとお母さん事故なのか他殺なのか、俺は殺されたと踏ん出るが、
何か手がかりになることは……」
「……」
少年は怯えきった顔になった。ここは無理やり聞くべきところではないかもしれない。俺は少年を眠りにつかせると、深夜事件現場に向かった。
*
事件現場。車内で倒れている男女。その男女の検死を始める。俺はちょっとした探偵めいた技能を持っている。死体の状況から、殺しの手口、死亡推定時刻を測る。死んだのは6時間前か、
丁度夜になったばかりの時間、殺しの手口は……顔面をナイフで切り裂かれたことによる大量出血あるいはショック死が原因か……。どちらにせよまともな手口ではない。何故この家族が襲われ、
子供だけが生き残ったか、それは疑問として残る。何れにせよ手口が異常である、普通の殺人犯ではない、これもフリークの仕業か……。この街には異常な犯罪者所謂フリークが蔓延っている、
いつからそうなったのか、俺の家族も……。フリーク相手なら容赦はしない、俺の右腕を解放する準備が出来た、あとは犯人が何処にいるのか探すだけだ。
手がかりは少ない俺は街のビルの屋上に登ると、被害者の血を指に滴らせた。その血を下にたらす。所謂魔術である、この魔術の術式はこうだ、血が血を呼ぶ、脳の中に指を通して、
被害者のイメージ、そしてもう1つのイメージが湧いてくる、広い家、血塗られたシャツ、犯人の居場所だ。だがこれだけの情報から犯人は誰で、何処にいるのか割り出すのは難しい。
そこで俺にはちょっとしたガジェットがある、街中の監視カメラをハッキング出来る、ちょっとしたデバイスである。これを使い犯人の姿がどこで目撃されたか予想する。
いた!確かに犯人はいた。十三番通り、二重三番地区、そこの一軒家に男は車を入れていた。そこか……。俺は右腕を解放し、腕の影を拡張させてビルからビルを渡り歩く、
まるでスパイダーマンの様である。やがて家の目前に来た。俺は腕の力を使い扉を破った。
「誰だ!」
「俺はアベンジャー、現実の理不尽に鉄槌を下すもの」
俺は腕を解放した、腕の影は男を飲み込むと影の闇の中に消えた。私刑である。この司法が意味を為さない街では、こうして秩序を形づくるしかない。
「お前は罪を犯した、当然の報いなんだ……」
その顔はどこか寂しげで寂寥感があった。
3
家に帰った。リがいる。彼はこれから両親がいない世界で生きなければならない、理不尽な現実、それを認めることしか人にはできない。いや、
そうじゃないそれを認めたら人が人である意味を失ってしまう。現実をただ認めるのではなく理想を描かなければ人ではない。そしてその理想を人々に示してこそのヒーローなのだ。
俺はヒーローに憧れてる、けれど実際にやってることは復讐者である。そのジレンマが俺を苦しめる。理想を体現し、人々に示す。俺のやってることは断罪であり、それとは程遠いと自覚している。
しかし現実にそんな存在は存在し得るのか?フィクションの中のおとぎ話ではないのか?だが故に求める価値があるのだろうとも思う。理想は遠い、だが故に歩く価値はある。