天下人が愛した名宝
――始まり――
いつ生まれたのか分からない。
されど、この国の生まれではない事は確かだった。
数多の民族と、数多の文化が織りなす国に私は生まれた。
大きな大陸の大きな国。
けれど争いが絶えない国でもあった。
愚かな人間達は“時代が大きく揺れ動く動乱の時代”と呼んだが馬鹿馬鹿しい。
この大地が平穏だった時などない。何時も争いばかりしているのだ。
支配者となった一族は更に戦いを好んで近くに国を支配下に置こうとする。
当然、戦いを挑まれた国は死に物狂いで戦う。
運良く支配下に置いても反乱軍は虫にように湧く。
しかも身内同士の殺し合いも絶えない。
「皇帝」という一つの椅子を巡って戦う姿は実に滑稽である。
親兄弟で殺し合い。
兄弟は解るが、何故、親子で殺し合いが始まるのだろう?
特に皇帝と皇太子の殺し合いが一番理解不能だ。
何故、皇太子ともあろう人物が皇帝に刃を向けるのだろう?
いずれ皇帝に成る、というのに。
わざわざ親殺しをする必要性が見出せない。
人間とは兎にも角にも不可解で理解に苦しむ生き物だ。
職人が丹精を込めた品々を己の感情一つで破壊する姿は実に浅ましい。
壊されていく仲間を不憫に思ったものだ。
私も何時あのような姿に変わるのかと気が気ではなかった。
既に百歳は超えているが理不尽に壊されるのは溜まったものでは無い!
私の場合、“特に優れた物”として最高権力者の所有物となっていたので、おいそれと壊されはしないだろう。戦乱の時も厳重に箱に入れられていたのだから。その一点だけは褒めてやってもよい。ただ、歴代の皇帝は何故か私を大事に扱ってくれるが“本来の役目”を果たさせてはくれなかった。
皇帝たち曰く、「これほどまで色形の素晴らしい“茶入れ”は他にないだろう。まさに名宝だ。これを一目見れば相手を殺してでも手に入れたいと思うだろう。世に“傾国の美女”の言葉があるが、それはこの茶入れにも当てはまるのではなかろうか。これは他と一緒にしてはいかん。厳重に管理していなければな」ということらしい。
なので、私の姿を見られるのは歴代の皇帝のみ。
公式記録にすら載せない程の厳重ぶりであった。
だからだろうか?
王朝が二つほど変わった頃、これも恒例行事と言わんばかりの身内同士の争いが勃発した際に、私は初めて城の外に出た。
実の叔父に玉座を奪われた若き皇帝。
彼が私を連れて城から脱出したのが切っ掛けだ。
若き皇帝……簒奪されたのだから皇帝ではないのか?
まあ良いか。
その若き皇帝は善良な人柄であった。
だから簒奪されたのかもしれない。
自分に付いてきてくれた家臣達のために私を手放したのだから。
私には大変な価値がある。
「ゆるしておくれ」
涙ながらに許しを請う若き皇帝。
白く繊細な美しい手は傷だらけである。
きっと見えない場所には無数の傷を負っているのだろう。
いいだろう、許してあげよう。
私を売った金で家臣達と共に生き延びてくれ。
それが私の願いでもある。
何度も謝る若き皇帝が不憫でならない。
野心家の叔父を持ったばかりにこんな目にあったのだ。
あの叔父一家だけは絶対に許さん!
必ず不幸な目にあうように祈っておこう!
兄弟同士でいがみ合い殺しあえ!
支配地域の反乱が酷くなれ!
子孫が絶えてしまえ!
他民族に殺されてしまえ!
…
……
………ごほん。
この辺にしておこう。
若き皇帝の手から離れた私は卑しい商人の持ち物になってしまった。
これが世の無常というものか。
溜息がでそうだ。
無機物なので心の中で溜息をはく。
その後、何故か私の存在を知っていた簒奪者の叔父皇帝が、私を奪い返すために行動を起こした。
私の新たな主人になる人物を殺して回り、商人にも密偵をつけていた。
これを知った時はアホかと思った。
そんな回りくどい事をしないで奪い取ればいいものを。
歴代の皇帝は皆そうだったぞ?
不可思議な行動を取り続ける叔父皇帝の心理は理解出来なかったが、市井では簒奪した叔父皇帝をよく思わない民が大勢いた。短い在位期間ではあったが若き皇帝は民から慕われていた。拷問を廃止したり、税で苦しむ民のために重税を軽減したり、と様々な事をしていた結果だろう。民衆はよく見ているな、と思った瞬間だ。
これで私を無理やり奪い取れば世間から悪く言われると恐れているらしい。
今更ではなかろうか?
年中、戦に明け暮れている叔父皇帝の評判は良くない。
戦には金が掛かる。
その金は税として民から巻き上げている。民の心が叔父皇帝から離れるのは当然だろう。
民衆が求めているのは『英雄』ではなく『安全で豊かな暮らし』だ。
密偵の存在は最後までバレなかった。
だが、誰かの視線を感じる、と気付いた商人が秘かに私を国外に出し、逃げるように西国へと逃れたのだ。
流石、弱肉強食の中で生き抜く大陸商人!
第六感の閃きは他に類をみないだろう!
そうして、私は叔父皇帝の魔の手から逃れ、海を渡ったのである。
――足利義満の場合――
「ほぉ~~~これが、かの国が誇る名宝か」
「姿形といい艶といい、素晴らしい茶入れですな」
「はははははは!高い金を出して買い取ったからな!」
私の新しい主は随分と俗っぽい方のようだ。
何でも『将軍様』で、この国で三番目位に偉いようだ。三番目といっても実質この国を動かしている。宰相か何かだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。軍のトップの役職のようだ。政権を奪ったのかと思い一時は冷ややかな眼差しで見つめてしまった。
この国の帝はちゃんと存在していて、帝の任命を受けて役職を全うしている事を知った時は心底驚いた。政治体制が二つある事を意味するのだから驚かない訳がない!異様な政治体制である。こんな不思議な事をしている国は世界中を探してもこの国だけだろう。感性が独特過ぎる……。
「もっとも、私にはこの茶入れよりも極上の名宝を持っているがな!」
聞き捨てならない発言です。
私以上とはなんですか!
そんな物はこの世に存在しません!
訂正なさい!
「藤若のことですか?」
「そうよ!あれこそ生きた名宝よ!」
「やれやれ、公方様は藤若に夢中でございますな」
「細川の爺、あれは必ず大成するぞ。藤の花のように美しい姿にも拘わらず、一旦、舞台に出れば鬼にも大蛇にもなりおる!まぁ、見事なのは舞台の上だけではないぞ。藤の花は閨でも美しく咲き誇っているぞ!ははははははは!!!」
役者でしょうか?
それとも愛人?
「はぁ~~~~~~~」
「なんだ爺、どうしたのだ?」
「藤若の苦労が偲ばれます」
「どういう意味だ」
「公方様は藤若が“猿楽者風情が御所に参るなど不浄である”と言われて蔑まれ酷い嫌がらせを受けているのを承知の上で放置なさっているからです」
なんと!
寵愛する者の危機に知らん顔とは……そこは守ってやるべきではないか。
「クックックックッ。そんなことか」
「笑い事ではございませんぞ」
「情報が遅いぞ、爺。藤若は今では御所の中でも一番の芸の達人よ。蹴鞠に和歌、茶道、どれをとっても藤若に敵う者はいない。嫌がらせも誹りも藤若が優れている証拠だ。ククッ。御所にいる連中らは気が気ではないのだろう。自分達の専売特許を藤若に取られておるからな」
「……それもあるでしょうが…助けにいかないのですか」
「必要があるか?」
最悪だ!
そこは助けろ!
見て見ろ!
細川の爺様は呆れ顔でいるぞ!
「爺、あれは強かだぞ。見た目で判断してはこちらが噛みつかれる」
「見た目通りに礼儀正しく常識的ですが?」
「はははははは!確かにそうだが、舞台に関しては一切の妥協はせん!知っているか?あれはな、この御所で起きた出来事すらも芝居にしているぞ!今、自分の身に起きている事も全て舞台の糧をしておる!そうとは知らずに藤若を侮り続ける奴らは、世間に己たちの恥を曝しているようなものよ!愉快愉快!」
どうやら一癖ありそうな御仁のようだ。
ある意味では素晴らしい役者魂といったところ。
「よし!この渡来の名宝に、私の生きた名宝を見せてやろう!行くぞ!!!」
俗物の塊のような主は、天下一の目利きでありました。
藤若と名乗る美し過ぎる舞台役者は、そののち『世阿弥』と名を変え、伝統芸能を花開かせたのであります。
――松永久秀の場合――
室町の世を生きた後に待っていたのは戦乱の世。
私の新しい主は裏切り上等の俗物でありました。
主家を乗っ取るは、将軍暗殺に加担するは、東大寺を焼き払うは……あら?思っていた以上の悪逆です。まぁ、動乱期はこのような事はさして珍しくはないでしょう。大陸なら日常茶飯事の出来事ですから。主はまだマシな部類だったのですが、この国では許されない行為の数々だったようで、主は孤立無援の状態に落ちてしまわれました。
人とは本当に難儀な生き物です。
主は、こよなく茶を愛する人物であったため、私の扱いは最上級でした。
私を見つめては「美しい」と褒めてくれるのです。
ただ、孤立状態から脱出するため、飛ぶ鳥を落とす勢いの武将に降ることを決断されました。
仕方ありません。
四方八方に敵を作っては味方欲しいと思うのが人間です。補給路を断たれてはどうしようもありません。皆が生き残るには、より強い者に尽き従うのも良策というもの。
その武将に恭順の意を示すために私を献上したことは遺憾ですが。
「くっそ~~~~~~~!!!信長の奴め~~~~!!!」
「久秀様、まだ言ってるんですか?」
「当たり前だ!いいか、あれはな、足利将軍家が家宝にしていたものの一品だぞ!足利義政公が茶道の師である村田珠光に譲り渡し、三好政長へと伝わったものだ!!!」
なにやら私を手放した事を悔やんでいるよう。
そうでしょうとも、私は天下一の名宝。
「いいではありませんか。茶入れなど、まだ他に沢山お持ちなんですから」
「あれは別格だ!千貫文を費やして買った代物だぞ!!!」
「ならば、この茶釜を献上すれば宜しかったのに。最初は茶釜を所望されていたのでしょう?」
「馬鹿もの!この茶釜を渡す位なら茶入れを渡すわ!!!」
カチン!
この男、私と茶釜風情を一緒にするとは…許し難し!
「この茶釜だけはぜ~~~~たいに渡さんぞ!」
「はいはい」
「もしもの時はこの茶釜と共に爆死してやる!!!!」
「はいはい」
この後、茶釜の代わりに私を差し出した見る目のない愚かな男は宣言通り茶釜と共に爆死した。
失礼極まりない男であったが有言実行のワイルドな男だった。
妙に慕う者が多かった理由が何となく理解出来た瞬間である。
因みに、一緒に爆死した茶釜の名前は『古天明平蜘蛛』という。
――織田信長の場合――
失礼な爆死男が私を献上した相手は奇抜な男だった。
服装から、住んでいる城に至るまで珍しい物で溢れていた。好奇心旺盛で、時に子供のように無邪気な一面がある西洋かぶれした男であったが、独特な風格漂う魅力的な人物でもあった。
だが、比叡山延暦寺を焼き払った事で悪評が付いた事が残念だ。
第六天魔王。
それが新しい主の通り名になった。
「なぜ、儂が『第六天魔王』やら『仏敵』など言われるのだ?松永など、奈良の大仏は焼き払っているではないか」
全く持ってその通り。
だから、爆死男が死んだ時は「神罰がおりた!」と騒がれた。
当時は、寺なのに神罰とは何だろう?と思ったものだ。
この国は政治体制も異様なら宗教観も独特だった。
神仏習合――。
他に類をみない独特の感性をしている。
神も仏も一緒……宗教の闇鍋とはこのことだろう。
しかも、仏教の宗派が多過ぎる!
異様に多いのは何故だ!?
なんだか、雑炊に具材を一杯入れたような宗教観だ。
元となる米に野菜や肉を煮詰めて出来たような感じだった。
そのせいで?そのお陰で?宣教師の言葉に惑わされない者が多かった。
昨日も一人絶望的な顔で自分の祖国に戻ると報告に来た宣教師がいました。
船に乗る前に挨拶にきましたが初めて会った時よりも窶れ果て「精魂尽き果てました」と一言洩らした。
大人だけでなく子供にも言い負かされてしまった事が自信喪失に繋がった模様。一度、祖国に帰って自分を見つめ直す必要がある、とも言ってました。
それにしても、子供にまで論破される宗教とは一体……?
「まったく!寺は焼いたが神社への参拝は欠かしておらんぞ?」
はっ!!!
いけない自分の思考の闇に入り込んでいました。
主の悩みを聞くのも重要なお役目。
そう、意外や意外。
主は信心深い一面がある。
戦の前には必ず神社に必勝祈願に詣でる程に。
「俗世と縁を切った僧が武器を持って襲う方が悪いだろう!刀を持つなら還俗して武士になればいいではないか!!!」
違うぞ!主。
武士は自分の命が掛かってるけど、僧兵は寺という安全地帯がある。
何時でも攻められる場所と、攻められない場所。
この違いは大きい。
僧も所詮は人間。命は惜しいのだ。
「だいたい、軍備には金が掛かるんだ。比叡山め、出し渋り処か、人の足元を見て物を言うのだ。商人や高利貸し以上にあくどいかったぞ!あの生臭坊主どもめ!!それに……」
いつ終わるんだろう…独り言が長いお人だ。
誰か主の愚痴に付き合ってあげる人はいないのか?
気に入りの側室はどうした!
最近入った寵童は何処いった!
毎晩、聞く私の身にもなれ!
そのうち、無理心中を図られそうで怖いぞ!
数年後、本能寺にて無理心中が起こった。
家臣からの謀反が発端だというから笑えない。
気を許した相手には言いたい放題の主だから、謀反を起こした人物はきっと生真面目で愚痴一つ洩らさないような性格の持ち主だろう。ため込んでいたのかも……主の側近が務まるのは、主に心酔している人か、気の長い人か、要領の良い人か、だろう。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」
……この状況下で舞など舞っている場合か?主らしいといえば、らしいが。
「是非も無し!」
主よ……私を懐に入れたまま自害するのはよせ!
ああああああああ!!!
傾国と謳われた私がまさか寺で死ぬとは……。
「儂の首……決して敵に渡すな!」
格好つけな主らしい言葉であった。
――豊臣秀吉の場合――
無理心中の末に私は生き残った。
ただし、相手は行方知れず。
きっと死んだと思われる……遺体は無いけど。
うん。
心中しても女の方が助かる事が多い理由を垣間見た瞬間であった。
「おもっちょったよりも地味やないか?」
「秀吉様、代々の天下人が血眼になって欲しがる一品ですぞ」
「やけど有馬、これのどこがええのか全然わからんって。いっそ、金で塗り直そか?」
この私を金ピカにする気か!!!
呪ってやろうか!
この下品な猿が!
「おやめください。炎の中から生還しただけでも奇跡に近いのです。そのせいで釉薬が取れてしまわれましたが、これはこれで趣がございます」
「そうゆうもんかの?よし!なら有馬、これはお前にやる!大事にしろよ!」
「は、ははっ!!!」
どうやら私の新しい主が決まったようだ。
有馬則頼。彼は茶道家として名を馳せた人物で、私を観賞用にするのではなく、きちんと茶入れとして扱ってくれた。
「秀吉様は派手好きなお方。この茶入れの良さが理解出来ないのも仕方がない」
偶に愚痴る事もあるが今までの主達の中では常識人だ。
「金箔の中で茶を振るうのもまた面白い。だが、利休殿の酷評もまた確か……大事にならねば良いのだが」
主君と茶道の師匠が仲が最近悪いらしく、主は心配していた。
その心配は見事に的中し、猿は当代随一の茶道家の切腹を命じた。
何故、武士でもないのに切腹なのか?
成り上がりの猿の考える事は解らん。
世渡り上手ではある事は認めるが、あれでは一代限りの栄華で終わりそうだ。
有馬則頼が亡くなると、私は彼の遺言に従い、大阪城に行く事になった。
なんでも、天下人の名宝、と名高い私は、所有権だけは何故か豊臣家のままだったのだ。
再び、猿が主になる危機。
だが、大阪城に猿は居なかった。代わりに白皙の美少年が大阪城の主人として君臨していたのだ。
いつの間にか猿は亡くなっていた。興味がなかったので気にも留めなかった。
美少年が、あの猿の息子だと知った時は驚いた。全く似ていない。母親が美人なので母親に似たのだろう。もっとも種違いという噂が後を絶たなかったが、あれだけ似ていないのなら噂がたっても仕方ない。
暫くのんびりと置物と化していたら、周り一面が炎に包まれた。
――徳川家康の場合――
「皆、仕事だ!集まってくれ!」
がやがやがや。
「よし!集まったな!」
「師匠、一体どうしたんですか?全員集まれなど?」
「皆の協力が必要な仕事だ!喜べ!天下の将軍様からの直々に依頼だ!」
「それは素晴らしい事です。師匠、おめでとうございます!」
「「「「「「おめでとうございます!」」」」」」
「ありがとう、皆。早速、これを組み立てよう」
バラバラの粉々の破片の塊?原型が全くとどまっていない。
「「「「「「……」」」」」」
かわいそうな漆職人。
かわいそうな親子。
かわいそうな子弟。
それにしても、大阪城でバラバラに壊された私を復活させようとは……徳川家康という男、実に執念深い。狸オヤジと世間は言うが、蛇の間違いでは?
破片を漆で継ぎ合わせて修復するという途方もない作業が始まった。
自分の事ながらこんな命令を出されて断れずに仕事を開始する職人たちに同情する。
普通に考えて、城の焼け跡から私を見つけ出すだけでも大変な作業であろう。想像を絶するものだったに違いない。なのに、修復までしなければならないとは……いかん、涙が。
職人たちの執念の末、私は見事に復活した。
復活できた事が奇跡だ!
この事が話題となり、私は「奇跡の茶入れ」として有名になった。
一言いいたい。
奇跡を起こしたのは職人たちだ。
諦めなかった漆職人の親子だ。
彼らこそが名宝といえる逸材なのだろう。
嘗ての主が言っていた「生きた名宝」の意味を漸く理解した。
漆塗りで元の姿に戻った事を新しい天下人・徳川家康は大層満足した。
そうだろう、そうだろう。
「そちに褒美を取らそう」
金銀財宝を与えてやれ!
彼らには、それだけの価値がある!
「この茶入れを下賜する!」
あろうことか新しい天下人は、修繕した私を漆職人に褒美として与えた。
おい!
こら!
まてや!
何のために修繕したんだ!
バカ野郎!!!
私の抗議の声は誰にも聞こえない。
結局、私は藤重家の家宝となった。
まぁ、大切にされたのは間違いないが…なんだか釈然としない。
その後、紆余曲折の末に、現在は静嘉堂文庫美術館に保管展示されている身だ。
私は割れても復活する奇跡の茶入れとして『九十九髪茄子』と呼ばれるようになった。
生まれ故郷の大陸で「傾国にも等しい」と言われた身だが、国が変われば価値観も変わるという事を身をもって知った。
それと、恐らくこの国は他国と違って頂点に立つ人間は「傾国」には惑わされないだろうとも思った。
――終わり――
美術品として人々の見世物になってから暫くの後、古い友人達と再会した。
まさか生きて会えるとは思いもしなかった。
嘗ての故郷で皇帝に愛された品々。
何でも、この国で期間限定の展示をされるために来たらしい。
それを聞いて納得した。
この国の人間は美しい物が好きだ。
世界各地の美しい品々を大勢の一般人に見せる事が大好きだ。
理由は兎も角、懐かしい友人と再び会えたことは純粋に嬉しい。
友人達も私が生きていたことに酷く驚いていた。
既に死んだものと思われていたらしい。
無理もない。
まさか異国の地で何百年も生きているとは想像も出来ないだろう。
嘗ての故郷でさえ私達のような存在は生き永らえることが難しい。聞く処によると、何百、何千、となる他の仲間は戦乱の中で亡くなっていた。それもまた致し方ないこと。
私がこの国に来る前に軽く呪ってやった叔父皇帝は数年後の死んだようだ。
友人曰く、私を探すために今まで交流の無かった国々とまで国交を開いたとか。探しまくって国の権力者にも聞いてまわったそうだが手掛かりが全くなくて、当時はかなり落ち込んでいたそうだ。
探していたのか……知らんぞ?そんなこと。
いや、待てよ。
この国の人間は妙な処で天然が入っている。
恐らく、他国には理解しがたい思考回路と天然具合で私の追及を難なく交わしたような気がする。寧ろ、気が付かなかった可能性も大いにある。
うん。きっとそうだ。
叔父皇帝は、公式記録に若き皇帝の存在をなかった事にしたというではないか!許すまじ!!!
し・か・も。
自分の出自まで書き換えたというから呆れるしかない。
身分の低い母親の存在を抹消したというのだ。
おまけに、自分が皇后腹の皇子であると記録した。
……バレるのでは?
友人は叔父皇帝は徹底して隠蔽したので証拠は残っていないらしい。
何故、そんなバカげたことに労力を使うのだろうか。
勿論、この世に完璧というものはない。
何処かに必ずほころびが出るはず。
叔父皇帝のアホな隠蔽工作を「怪しい」と思う人間が大勢いる。
残っている資料で真実を追求する者達がいるらしいので是非とも頑張って欲しい処だ。
皇位簒奪を果たした叔父皇帝は官人と折り合いが悪く、信頼を得る事は死ぬまで出来なかったらしい。よし!
叔父皇帝が亡くなった後は、案の定、皇位争いが勃発した。まぁ、そうだろうな。
新たに皇帝になった長男は元々病弱だったそうで即位後間もなく亡くなった。毒殺では?と思ったが、どうやら本当に病死のようだ。珍しい事もあるものだ。
その後、息子が皇帝になったものの、皇位を巡っての争いが終わる事はなく、実の叔父に命を狙われ続けたらしい。また叔父か!!!
謀反人として叔父達は始末して皇統を守ったようだ。
ああああああああ!!!!
若き皇帝も叔父を殺していれば……。
いけない、いけない。
平常心が……。
歴代の皇帝の中には、反乱軍に捕まった皇帝もいたそうだ。
ざまぁ。
ただし生きて戻って来たと聞いた時はガッカリした。
反乱軍よ、何故、殺さない?
ま、こればかりは仕方ないか。
皇帝は生きてこそ値打ちがあるというものだ。
若き皇帝のその後は友人にも分からなかった。
上手く逃げれたのか、それとも自ら命を絶ったのか。
はっきりとは分からないが、僧侶になった痕跡があるらしい。
それを聞いたて安堵した。
友人は、他の皇族同様に自害したか、臣下に殺されたか、野垂れ死んだか、どれかだろうと言う。辛辣だな。だが、私は僧侶として天竺に向かったと思っている。
随分と甘い考えだと思うが、なんにせよ、この国の影響をもろに受けた身だ。致し方あるまい。
簒奪された王朝の最後は、他民族によって呆気なく滅んだ。
ざまぁ。
もう一度いう。ざまぁみろ!
私の恨みを思い知ったか!!!
他民族の王朝は三百年後に滅んだ。
ん?
なら今は?
何処の民族が皇帝をしてるのだろう。
疑問を友人のぶつけてみると、なんと、王朝がないというではないか!
皇帝が居ない?
そんな事あるのだろうか……。
今は、全く異なった政策をしているようで『皆が平等な社会』を目指していると聞いた。
……狂ったか?
あの大地で『平等』とは……誰がそんなアホな事を言いだしたんだ?
え?平民が言った?
ならば下剋上狙いか。下剋上もまた日常茶飯事だったので大して珍しくも無い。
はっ!!!
まさか、そういう美辞麗句を建前とした支配を目論んでいるのか!?
いやはや、中々やるではないか。
力こそが全て!と言わんばかりの国だったのに。
自分達がルールだ!
我らが正義の使者だ!
我々が世界の中心だ!!!
今でいう中二病が多かったのに……ほろり。
漸く、病が直ったのかと思うと涙が……。
おや?
皆、どうした?
妙な顔をして?
ん?
私が何だと?
随分この国に溶け込んでいると?
それはそうだろう。
何百年もこの国に住んでいるのだからな。
まあ、今の私はこの国の物だ。
ああ、大陸に戻る事はない。戻る気もないがな。
だから、お前達、精々生き延びろよ。
今度会う時は一体どれだけの友人が生き残っているか楽しみだ。