この手にありったけの思いを込めますの!
彼らのリンチ攻撃を受け続けてから何分が経ちましたでしょうか。ようやく拳の内側から強い光を感じるようになってまいりました。
これ以上は手の平だけでは隠しきれませんわね。
擦り付けてじわじわと弱らせることも考えましたが、せっかく溜めに溜めた浄化の光なのです。しっかり一撃を与えてやらねば私の気が済みません。
……今まで一度もやってみたことはございませんが、試してみる価値がありそうなこと、一つだけ思い付いておりますの。
それは生成後のステッキのサイズ変更です。
孫悟空の如意棒のようにいつでも伸び縮みさせられたら、きっと今よりもずっと不意打ちも騙し討ちがやり放題なのです。合鍵サイズからいきなりビリヤードのキューレベルにまで変化させまして、そのままの勢いで顔面を一突きですの! ペストマスクの呼吸孔を思いっきり広げて差し上げるのです!
「大口叩いたわりにゃあ、ホント何もできねぇんだなぁお前。このクズ女が」
私の背中をカカト置きにしていらっしゃる角馬男を横目に睨み付けながら、必死にその機会を探ります。また直前で遮られてしまってはたまりません。出来ることなら最後まで死角に隠したまま奇襲を仕掛けたいですわね。確実に彼らを倒すことが何よりも先決なのです。
「よくそんなんで町を守ってこれたなぁ。何とか言ったらどうなんだ? え? このボロカスゴミ雑魚糞ガキ魔法少女ちゃんよぅ?」
「お黙りなさいな。気が散りますの」
……それ以上、汚いカカトを押し付けないでくださいまし。吐き気で反吐が出ますの。
今までこの町を守ってこられた理由ですって? そんなの決まっておりますの。そこに守りたい人が居るからですの。
共に戦ってくれる人を守る為、後ろで支えてくれる人を守る為、それだけでこの身を削る価値は十分過ぎる程なのです。どんなにボロボロになっても、ズタズタにされようとも……待ってくれている人がいるから、そこに帰る場所があるから……私は心置きなく戦えるのです。
アナタ方に卑怯者と揶揄されても、期待外れと罵られようとも、絶対に諦めるわけにはいかないのです。
「……うふふ」
「ん? 何がおかしい?」
「別に何にも、ですの」
ただ当たり前のことを思い出して、微笑みが零れてしまっただけです。何の為に戦うのか、何の為に倒すのか、それを再確認したのです。
さぁ、二人とも自分の優位性に油断している……今こそが攻め時ですの!
応えてくださいまし! 私のステッキ!
この手にありったけの思いを込めますの!
固く握った手を少しだけ緩め、拳に若干の空間を作ります。私の祈りに呼応して、その隙間を埋めるようにステッキが急激に膨張いたします。
一発本番でしたがこれなら何とかいけそうです。
横幅の次は縦の伸長ですの。この一秒にも満たない間に、おおよそ教壇の指し棒ほどのサイズでしょうか、突き刺し用には申し分ない大きさまで増大化させられました。腕にピッタリ沿わせるようにして隠蔽いたします。
想定よりもだいぶ細い感じですが、不意打ちするには充分すぎるリーチになりましたの。これならちょっと手首を動かすだけで構いません。浄化の光でコーティングされたこのステッキなら、怪人の肌に少し触れただけでもかなりの力を削り取ることができるはずです。そのまま何度もピシャリと叩いてやりますの。
ユニコーン怪人の一本角だって、フェニックス怪人の付けているペストマスクだって、このステッキが触れたらたちまちに壊れて砂塵と化すに決まっておりますの!
いよいよ反撃のときです。私は手首のスナップを効かせ、細く伸ばしたステッキを上手いこと跳ね上げて、彼らにぶつけ――
「おやおや、まだそんな奥の手を隠し持っていらっしゃいましたか」
――ることができませんでした。
ほんの一瞬の所作を見切ったのか、気付けば彼は私の手から伸びたステッキを、空いたもう片方の手でガッチリと掴んでいるのです。押しても引いてもビクともいたしません。むしろグイと引っ張られて簡単に奪われてしまいました。
「ほほう。これはまた、弱々しい棒をこんなにも無駄に光らせて。さぞ強い思いをお込めになったのでしょうねぇ。実に眩しいことこの上ない」
その細部に至るまで、まるで宝石の鑑定をするかのようにまじまじと見つめていらっしゃいます。
ままま待ってくださいまし! おかしいですの。未然に防がれてしまったことについてではございません。
「どうして……!?」
どうして私の浄化の光を帯びているはずのステッキを平気で掴んでいられるんですの……!?
怪人ならばすぐにでも萎びて弱ってしまうほどの代物なのです! 過去最高レベルの超高輝度の光を纏っているはずなのです! たちまちお陀仏必須のはずなのです!
今回ばかりはどうしても動揺を隠せません。
「ああ、そうでしたねぇ。貴女はまだ勘違いしていたままなのでしたっけ。さて、ユニコーン」
そんな私を見て、鳥男はクスクスと笑っていらっしゃいます。仮面の向こう側には意地の悪い表情があるに違いありません。
「おうよ。アレだな?」
「きゃッ……!?」
そのまま勢いよく放り出されてしまいました。上手く受身を取れずに尻餅をついてしまいます。腕の拘束から解放されたのはよいのですが、それよりも奪われてしまったステッキに目がいってしまいます。間違いなく今も強い光を放ったままなんですの。
……強そうに見えて、私の浄化の力が想像以上に弱ってしまっていたということなのでしょうか。もしくは込めた思いがまだまだ全然足りていなかったからなのでしょうか。
ダメですの。理由こそポンポンと思い付きはしますが、どれにも到底納得出来ませんの。決して本調子ではないとはいえ、今出来るベストを尽くしたのです。こんなに簡単にあしらわれてしまうような出来ではないはずなのです……!
まるで目に見えないワイングラスを持つかのように、フェニックス男がその手を恭しく掲げます。
「浄化の光なんて基礎の基礎は、ですね」
彼に呼応するかのように、目の前のユニコーン男も同様の仕草をいたします。
「俺らなら、寝ながらだって出来ちまうぜ?」
その光景に、思わず目を疑ってしまいました。
テニスボールほどの大きさの、限りなく眩い光を放つ、白色の球体が。
「嘘……!? こんなの、嘘ですの……!」
善なる者にしか扱えないはずの浄化の光が、間違いなく彼らの手の中に存在していたのです。