馬鹿の、一つ覚えみたいに
渾身の一刺しのつもりでしたが、片手一本で止められてしまいました。逆にこちらの腕を掴まれてしまいます。
「遅いですね。そして軽すぎます。それが貴女の本気ですか? この地域のレベルの低さが伺えてなりませんね」
「ちょっと離しなさっ……痛ッ!?」
万力のような凄まじい握力が襲ってきます。逃れようと必死に腕を捻りますがビクともいたしません。初っ端から身動きを封じられてしまいました。
「いいですか? 本気の攻撃とは……こうやるんですよ!」
「うぐッ……ガハァッ!?」
一瞬視界がチカチカいたしました。腹部に強烈な圧迫感があります。殴られたと気付いたのはその直後のことでした。焦点の定まらない視界で何とか下方を向いてみれば、フェニックスの拳が私のお腹に突き刺さっているのです。
食らったのはほぼゼロ距離でのアッパーカットでした。避ける間もなく、腹筋に力を入れる暇もなく、その全てを受けてしまいました。
「かひゅっ……あっ……がはっ……」
もはや呼吸さえままなりません。胃に残っていたモノが無理矢理迫り上がってくるのを感じます。既に喉の奥が焼けるように痛いですが、こんなところで無様にぶち撒けるわけにはいきませんの。なんとか気合いで飲み込み耐え抜きます。
しかし、手に持っていたステッキを足の上に落としてしまいました。ふ……不覚ですの。
「豪語していたわりに呆気ないですねぇ。こんな単発で終わりと思っていただいては、さすが心外なのですよッ!」
「んぐぅ!? あっ……がッ……!」
半ば放心しかけていた私の目を覚ますかのように、背中に奴の肘が刺さります。今の衝撃はエルボー落としでしょうか。あまりの重さと勢いに体が逆〝く〟の字に曲がってしまいそうです。関節やら神経やらが悲鳴を上げておりますの。
反射的に涙が零れてしまいます。重なる痛みから逃れようにも未だ片腕は掴まれたままですの。甚大なダメージのせいで足腰に力が入りません。
どうすることもできませんの……?
「もしかして貴女、痛いのがお好みなんですか?」
「そっ……そんなわけ、ないでしょう……? オカシイんじゃありませんの? うぐぅっ……そちらこそ、婦女暴行がご趣味とは、結構なことですの……ッ」
せめて気合いを奮い起こそうと虚勢を張ります。
「まだ吠えられるだけの余裕はありますか。ふむふむ。こちらに自覚はありませんでしたが、それも悪くはないかもしれませんねぇ!」
私の挑発にフェニックスがその拳を大きく振りかぶりました。この角度は……おそらく顔に向けてですわね。ホント容赦のない下衆野郎ですの。乙女の顔を何だと思っているのかしら。
けれど、この一瞬の隙、大ピンチ、モノにしない手はございませんの。
大振りの彼よりワンテンポ早く、私は足元に落ちたステッキの端を強く踏み込みます。反動で跳ね上がってきたそれを、首を逸らして間一髪でかわします。
杖の向かう先は……フェニックスの顔面ですの!
私の体が邪魔になって、彼の視界にはステッキが映っていないはず。私の足踏みもただの地団駄にしか見えていないはず。まさかいきなり先端の尖ったステッキが顔目掛けて飛んでくるとは思わないでしょう。
目にモノ言わせて差し上げます。そのペストマスクにデッカい風穴を空けて差し上げますの!
――が、しかし。
「不意打ちはいけねぇよなぁ。真剣勝負の最中によぉ」
「なっ!?」
近くにいたユニコーン怪人が、飛んでくるはずのステッキを素手で掴んでおりました。一瞬の間に割り込まれてしまったようなのです。
ゴミを捨てるかのように無造作に放り投げられ、私の唯一の武器は乾いた音を立てて転がっていきます。終いには通路の壁に当たって静止し、虚しい光の粒となって霧散してしまいました。
「武器に頼るのはちと早いんじゃねぇの? それでも一端のヒーローかよ。ホント弱っちい女だな」
「勝つ為ならなんだってやりますの。今できる最善の選択肢を取ったまでですの」
「うるせぇ言い訳すんな雑魚ガキが」
「うぶっ」
パシィンッ! という乾いた音が辺りに響き渡ります。平手でビンタされてしまいました。叩かれた頬がヒリヒリと痛みます。
「……そっちこそ、最初から二対一とは、また随分と及び腰なご様子ですわね」
めげずに鋭く睨み返します。
「なんだぁその顔は。生意気に口答えすんじゃねぇ」
パシィンッ! という痛々しい音が再び響き渡ります。
「うぐぅっ……」
戻ってきた固い手の甲が私の頬を穿ったのです。一発目とほぼ変わらない重さの一撃です。容赦のない往復ビンタに脳を揺らされ、一瞬意識が飛びかけてしまいます。
「その顔、アボガドよりボコボコのパンパンに腫らしてやろうか? ああん?」
「……お子ちゃまもビックリなくらいの安っぽい例えですわね。その辺の幼稚園児に考えてもらった方が、もっとよい例えが出てくるんじゃありませッ……くっ」
パシィンッ! という酷く生々しい音が、この何もない空間に木霊いたします。今の追撃で口の中を切ってしまいました。鉄の味がいたします。本当にビンタがお好きですわね、この……角馬イキリ野郎。
「…………馬鹿の、一つ覚えみたいに」
鏡がないので分かりませんが、きっと今の私は両頬に熟れた真っ赤な林檎を実らせていることでしょう。容易に想像できるくらいに患部がジンジンと脈打ってますの。血流が上昇して熱を帯びてますの。
軽口を飛ばしておりますが、ピンチなのは全く変わってません。どうすればこの危機的状況を打開できるでしょうか。
……攻撃を受けながらも、なんとか秘密裏にステッキを生成して、浄化の光も蓄えておいて、物理ダメージ以外をぶつけて差し上げればよろしいのでしょうか。
……そうですの。ひたすらに彼らの怪人パワーを削っていけば、いずれは勝機も見えてきましょう。
簡単なことではありませんが、決して無理なことでもありません。彼らにバレないよう、固く握った拳の中に小さな小さなステッキを生成いたします。せいぜい鍵くらいの大きさでしょうか。そこに少しずつ浄化の光を蓄積させていくのです。
ボコボコ殴られようとバシバシ叩かれようと、はたまたゲシゲシ蹴られようとズバズバ貫かれようと、たったの1%でも未来が見える限り、絶対に膝を付いてはなりません。
痛みに耐え抜くのには慣れておりますの。最終的にはこちらが折れるよりも先に向こうが折れてくれればよいだけの話です。
メイドさん。すみませんの。
あと少しだけ……もう少しだけ持ち堪えてくださいまし。私もめげずに頑張りますから、どうか貴女も頑張ってくださいまし。
背後に横たわる彼女に想いを馳せながら、歯を食いしばって両怪人からの連撃に耐え忍びます。