アナタ方、何者ですの!?
屋内に入り、冬場の冷たい空気だった世界が妙に生温い暖房の効いた空間に切り替わります。
薄暗くて彩りの少ない通路を通りますと、エレベーターホールに到着いたします。いつもの面会であれば中央の大型のエレベーターを使うのですが、今回はその目的ではありません。もちろん後で必ず様子を見に行きますが。
それよりも、気になるモノを発見してしまいました。
「……なんですの、これ」
数台設置されたエレベーターのうち、奥側のボタン付近に、べっとりと……赤黒い血痕のようなものが付着しているのです。
病院とは清潔性が何より大事な施設です。だというのに、こんな痕をそのまま放置しているとは考えられません。前に訪れたときにもあったかは定かではありませんが、比較的新しい汚れに見えますの。
ごくりと息を呑みます。これは好奇心ではございません。形容し難い不安です。名状し難い嫌悪感なのです。
この先に何が……?
恐る恐る上矢印のボタンを押してみます。
いつもはすぐに開いていた扉も、今回は開くのが遅いです。どこか別の階に停まっていたのでしょうか。そこが目的地……なのでしょうか。
無機質なベルの音が響き渡ります。
「うっ……」
開いた先は、もっと明確な光景になっておりました。
滴り落ちたような血痕が床に点々と小さな血溜まりを作っているのです。明らかに、つい先ほどまで怪我人が乗っていたかのような様子ですの。
鼻につく鉄臭さがエレベーター内に充満しております。あまり気は進みませんが、痕を踏まないように気を付けながら中に乗り込みます。
中央のエレベーターとは違ってこちらは停まる階層を選択できるようになっておりまして、見た感じではこの病院は1階から7階まであるようです。
いえ、一般人は立ち寄れない特殊な階層もあることを考えたら合計は8階建てと考えるのが妥当かもしれませんわね。
……よく見たら、7階ボタンのところに微かに血がついてますの。
「……行きますわよ」
「――んなの、聞いてないポヨ」
「ん? 何か仰いまして?」
呟きが聞こえたような気がしましたが、ポヨからの明確な返答はございませんでした。
ボタンを押すと、微細な振動が私の体を揺らします。上昇していくにつれ、鼓動のスピードも増していきますの。
ガタンというちょっとした揺れと共に、エレベーターが停止いたします。すかさず仏壇のお鈴のような音が鳴りました。
ゆっくりと扉が開きます。
すぐ先にも血痕が見えます。それが向こう側まで点々と続いているのです。
首を上げて目線を前に移しま――
「メイドさんッ!?」
思わず目を疑ってしまう光景が、そこにはありました。
力無く項垂れ、膝をついたままの彼女が、十字にクロスした鉄の棒に磔にされているのです。
腕、脚、そして額。身体のあちこちに血が滲んでいらっしゃいます。身体の内側から指先を伝わって、少しずつ血が滴り落ちているのです。
薄暗い照明が事の悲惨さをより強調しておりますの。
彼女に駆け寄って腕の拘束を外そうと試みましたが、頑丈なワイヤーで括られておりましてビクともいたしません。
「お嬢、様……?」
「メイドさん! よかった……っ!」
気が付いたようです。これだけの出血量なのです。あと少しでも駆けつけるのが遅くて、もっと傷付けられていたらと考えると背筋に冷たいものが走ります。
「もう大丈夫ですからね! 今外して差し上げますの!」
こんな体勢ではロクに回復もできないでしょう。少しでも楽な姿勢になっていただきませんと。
しかし。
「お逃げくださいませ……! 罠にございます。私をエサに、お嬢様を釣り出す為の……!」
息も絶え絶えに、メイドさんがご助言をくださいました。
「そんなのは見たら分かりますの! それを承知で! 私は貴女を助け出す為に来……はッ!?」
突然、鋭い殺気のようなものを感じました。病院の長く続く通路の先に誰かの人影が見えます。
明るみに照らされて、徐々にその姿が浮き出てきました。その数は二人です。横並びでこちらに歩いてくるのです。
一方は紅の戦闘スーツで身に包み、燃えるような赤のマントを翻らせた背の高い男性です。ペストマスクのような先端の尖ったお面を装着されておりますの。随所には羽のような装飾が施されております。モチーフは鳥、なのでしょうか。しかし豪華すぎですの。少なくとも下級の怪人レベルではないでしょう。
もう一方は白と紫の中間色のような戦闘スーツです。背中の白翼が神々しい輝きを放っております。そして何より目立っているのがその額に伸びる一本角です。もう一言付け加えるとしたら面長だということでしょうか。言い方はよろしくないですが、とっても馬面ですの。こちらも背格好からして男性でしょうか。
今まで戦ってきた怪人たちとは明らかに様相が異なります。どちらも見るからに強そうですの。最初から二対一で、なおかつ背中を守りながらとなりますと分が悪すぎますわね。
この雨の中で傷だらけの彼女を庇いながら逃げるのはリスクが高すぎます。できることなら早々に彼らを退けて、このまま安全に病院にお預けすることが一番だとは思いますが……。
その機会があるかどうか、見極めねばどうしようもありませんの。
メイドさんの前に壁になるようにして、二人に対峙いたします。
「ホーン……お前か、近頃特に怠慢が目立つ魔法少女ってのは。そんな弱そうな体でよくもまぁ今まで町一個を……いーや、守り切れてねぇからこんなことになってんのか。プククク」
額に角を生やした白男が、気怠そうな様子でズイズイと近寄ってきます。口元のニヤつきが非常に癪に障りますの。
渾身の睨みを向けたら立ち止まりました。
「こらこら、レディを怒らせるのはよくないですよ。本来ならば……こちらからお出迎えに行くべきでしたからねぇ。手間が省けてナニヨリなのです。まずは敬意を持って接するべきでしょう」
続けて赤い鳥男も言葉を発しました。丁寧で落ち着いた口調ですが、こちらも人を小馬鹿にしたような態度が目に余りますの。
「アナタ方、何者ですの!? どこの怪人ですの!? お名乗りなさいな!」
少なくとも今まで戦ってきた野菜やフルーツたち、ついでにカメレオン等とは違う感じがしてますの。全くの新手ということでしょうか。
相手の素性が分かれば対策を練られるかもしれません。ここは慎重にまいりましょう。
「……っくふ」
「プククク……怪人、だってよぉ……」
しかし、どちらも答える様子はございませんでした。むしろ馬ヅラ男に至っては腹を抱えて笑っていらっしゃるのです。
「な……何がおかしいんですの!?」