救助しに来ましたの
「ほっ……! よっ……! はっ……と!」
人目に付かないよう最新の注意を払いながら、屋根と屋根の間を跳び超えていきます。雨のおかげか人通りはそこまで多くはありません。居たとしてもだいたい傘を差していらっしゃいますの。そこまで頭上は気にされないでしょう。下手を打ってつるりと滑って落ちないように気を付けませんと。
「…………美麗」
「なんですの? 今集中してるんですの」
跳ぼうとしているときに話しかけないでくださいまし。
「やっぱり罠だと思うポヨ。ここはしっかり整えてから行くべきポヨ」
「はぁ!? 今更何言ってますの!?」
思わず立ち止まってしまいました。急ブレーキをかけたせいか主棟の部分でコケそうになってしまいます。なんとか体勢を立て直しまして、そのまま胸の宝石を鷲掴みいたします。
「アナタ分かってますの!? 病院ってことは、茜さんの身も危ないかもしれませんのよ!? 本気で仰ってまして!?」
「…………けれど、あの病院は連合の管轄下ポヨ。そんなところに、怪人が攻めてくるわけ」
「だったら秘密がバレてしまったということじゃありませんの!? 尚更ピンチではありませんか! 行かない理由がありませんの!」
「………………そう、ポヨか」
こんな会話自体が不毛です。どのみち行ってみなければ嘘か真かは分からないんですから。居らっしゃらなければまたそのとき考えればよろしいのです。また思い当たる場所を虱潰ししていくだけですの。
大きくため息を吐いてから跳躍を再開いたします。
段々と街並みが変わってまいりました。
住宅街続きだった景色から、少しずつオフィスビルが増えてきております。屋上のある建物も増えてきました。走りやすくなるのはありがたいことなのです。
もうそろそろ、ですわね。
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「……はぁ……はぁ……着き、ましたの」
ただでさえ万全でない状態で雨の中全力疾走、最大跳躍を繰り返してきたのです。いくら魔法少女の姿をしているとはいえ、かなりの疲労が蓄積してしまったことを感じます。息を整えるにも相応に時間がかかりますの。
ようやく大学附属病院に到着いたしました。車で来るよりだいぶ時間が掛かってしまいましたが、大丈夫でしょうか。
中の様子が気になって仕方ありません。しかし、この格好のまま彷徨くわけにもいきませんので、ただ今は正面玄関の向かいにある茂みから辺りの様子を窺っているところです。
人の気配はいたしますが、これといって不穏な空気は感じられません。通院の患者さんも居らっしゃれば、お医者さんや看護師さんも普通に働いていらっしゃいますの。普段と変わらぬ日常が繰り広げられているようにしか見えません。とりあえず占拠されたとかそういう大々的な事件は起きていなさそうな雰囲気です。
ということは……事件は裏口の方で、なのでしょうか。早くも最悪の予想が的中してしまったということでしょうか。
連合管轄のエリアが怪人たちに知られてしまったら、それこそこの施設で療養されている茜さんはまさに恰好の餌食となってしまいますの。絶対許されませんの?
急いで裏口に回り込みます。
警備員さんは……あれ……? どういうことですの? ちゃんと扉の前にいらっしゃいます。
こういうときって、だいたい入り口のそばで気絶させられているのがお決まりなのではありませんこと? 何かの本で読みましたもの。
それとも、彼らにもバレずに中に忍び込んだ者がいる、ということでしょうか。確かにあり得ない話ではありません。世の中にはカメレオン怪人のように姿を消せる能力や、カボチャ怪人のように瞬間移動ができる能力を持った怪人もおりますの。そうなりますと……かなり厄介そうです。見つけるのも一苦労ですから。
ともかく、まずは中に入らないと分かりませんわね。
幸いなことに警備員さんは私が魔法少女であることをご存知です。この姿のまま近付いても問題はありませんでしょう。もし問題があったとしてもポヨが止めるはずですもの。ここは堂々とまいりましょう。
「もし。ここにメイド服姿の女性が連れ込まれてはいらっしゃいませんか? 救助しに来ましたの」
「申し訳ありませんがお答えできません」
「……? お答え、できないんですの?」
「はい。規則ですので」
変ですの。そして相変わらず固い方々ですの。全く融通が効きません。少しくらい情報提供していただいたって罰は当たりませんのに。
っていうか意味が分かりませんの! その言い方、知っていても教えないように聞こえるではありませんか。この施設がピンチなんですのよ? 分かってまして? それともやはり罠かガセネタだったのでしょうか。
このまま引き下がるわけにもいきません。アプローチを変えてみましょう。別にこの人たちに聞かなくても自分の目で確かめればいいのですから。
「コホン。今の質問は忘れてくださいまし。茜さんのお見舞いにまいりましたわ。中に入れてくださる?」
「ただ今、ご入場はお断りさせていただいております。あしからず」
「はぁ? なんでですの!?」
前はすんなり通していただけたではありませんの! もしかして内部で大変なイザコザが起きてたりしてますの!? だから立ち寄れないんですの!?
何なら助太刀いたしますわよ。体調不良でも怪人と戦うことくらいならできますの。魔法少女を見くびらないでくださいまし。
「すみませんが理由はお答えいたしかねます。規則ですので……っと、少々お待ちください」
「……ふぅむ?」
何やら唐突に後ろを向き、インカムに手を当てて通信し始めなさいました。たった今連絡が来たようなご様子です。少しだけ困惑しているような様子が見て取れますが、さすがに話の内容までは伝わってまいりません。
やがて、警備員さんが正面に向き直りました。
「プリズムブルー様。お待ちしておりました。どうぞ、中にお入りください」
「……全く訳が分かりませんの」
入るなと言ったり入れと言ったり。お仕事だからとはいえ、もう少しこちらにご情報を開示していただいてもよろしいのではなくて?
やはり罠の可能性も十分に出てきましたわね。中の通信室的な場所がジャックされたからかもしれませんの。警戒するに越したことはないでしょう。
今はまだ運動による脳内物質のおかげで集中力も体力も誤魔化しが効いておりますが……これがどこまで保つかは分かりません。肝心な場面で動けなくなっては元も子もありませんからね。最後まで気を引き締めてまいりましょう。
私は、恐る恐る病院裏口へと足を踏み入れました。