あくまで、シラを切るつもりか
「メイドさん! ご無事ですの!?」
いらっしゃいましたらお応えくださいまし!
息を整えるのも忘れて我が家に駆け込みます。玄関に鍵は掛かっておりませんでした。とにかく家の中を走り回って探してみます。
リビングにもキッチンにも、お風呂場にもトイレにもお庭にも、どこにもメイドさんのお姿はございませんでした。私の必死の問いかけにも全く返事がありませんの。どういうことですの……!?
リムジン自体は停まっておりますのでお出かけ中という可能性はございませんでしょうし、仮にそうであっても真面目な彼女のことですから、キチンと戸締りしてから外出なさるでしょうし……。
何より気になるのが、反応があったはずの怪人の姿も一切見当たらないということですの。それどころか争った形跡の一つさえ発見できないのです。何とも不気味で、嫌な予感がいたします。
もう一度家の中を一周した後、リビングに戻ってまいりました。もうこれ以上はどうしていいか分からず、ただただ呆然としてしまいます。
「美麗! 天井ポヨ!」
回らない頭で必死に考えている最中、ポヨが何かに気付いたようでした。彼はその宝石部分から部屋の角上に向けて直線的な光線を放ちます。
照らされた空間が徐々に色付いていきますの。表れ浮き出てきたのは、緑色でザラザラな質感の頭部と……黒い全身タイツ……そして大きめの瞳の………この姿はッ!?
「……ほう? また会っちまったナァ」
「貴方は、カメレオン怪人……!?」
そこにいたのは、いつか対峙したあのカメレオン怪人でした。両手両足を天井と壁に貼り付けるようにして、振り向くような形でこちらに顔を向けております。
ニタァと、口が裂けたように不気味に笑っておりますの。
「よう。不法侵入でこっそりお邪魔してたぜ。まぁこうしてバレちゃあ意味もないがナァ。いよっと」
言い終わりと共に、テーブルを挟んで向かい側に音もなく着地なさいます。
「アナタの仕業ですのね!? メイドさんをどこにやったんですの!? 答えてくださいまし!」
瞬間的にステッキを生成し、彼に対して身構えます。回答によっては即オイタさせていただきますの。ご覚悟なさいまし。
「おっと待て待て。俺じゃネェ。そんで俺らでもネェ」
しかしカメレオン頭はこちらに腕を突き出し、手の平をひらひらと横に振ります。攻撃するなと言わんばかりの素振りですの。変わらない不快感こそありますが、殺気や敵意の類は大して感じられません。
ですが騙されてはいけませんの。こう見えて、この人はとんでもなくお強いのです。隙や油断を見せたら即座に一撃加えてくるかもしれないのです。
「そんなの信じられるわけありませんの! 寝言は寝てから仰いまし! それではどうして私のお家に!?」
「ああ、それなら全く別の理由だ。お前さんは知らなくていい。まぁそうカッカしなさんな。
第一、俺にゃお前さんの付き人を拐う理由がネェ。まぁ確かにいい女だとは思うがな。それでも、その辺の奴らを手当たり次第に拐うほど俺のプロとしての目と腕とプライドは腐っちゃいねぇのサ」
そのまま堂々と慣れた様子で我が家のソファーに腰掛けられました。図々しいお人ですの。許してはおけませんの。ここはアナタのような方が寛いでいい場所ではございませんの!
ノーモーションでステッキを投げつけましたが、威力が足りなかったのか片腕でキャッチされてしまいました。興味無さげにポイとゴミでも捨てるかのように後ろに放り投げられてしまいます。
「それよりも、だ。探し人の居場所。そっちのヘンテコ宝石さんのほうが、よっぽどご存知なんじゃネェの? ナァ?」
何事もなかったかのように彼は平然と続けます。そうしてもう一度ニタリとお笑いになりました。
嘲笑にもしたり顔にも見えるその奇怪な表情は、とにかく不快な気持ちにさせてなりませんの。
ホントに何ですのその顔! その態度!
虫の居所が悪いんですの!
「……美麗。あんまり奴に耳を貸すなポヨ。所詮は怪人の戯言ポヨ」
「分かってますの。こんな怪人の言うことなんか!」
「ほーん……あくまで、シラを切るつもりか。まぁいい」
ここでカメレオン頭が途端に真剣そうな表情を向けてきます。思わず息を呑んでしまいました。
「じゃあ一つ、気まぐれで教えといてやろう。お前さんの付き人、多分、今は病院とやらに居ると思うぜ」
「なっ……ポヨ……!?」
声を漏らしたのは胸元の宝石ポヨの方でした。対するカメレオン怪人はふっと息を吐きながらニヤケ顔で言葉を続けます。
「ほら、なんと言ったか……大学? 附属? そんな感じの変な名前の病院だ。っつーのも、この辺じゃあまり見かけネェ奴らが、なーんか楽しそうにぺちゃくちゃ喋ってたからナァ。もちろん件の当人が無事かどうかまでは知らネェ。確認する義理まではネェからな」
そう言い切ると、彼は後ろに倒れ込むようにしてソファに横になりました。やたら無防備な姿を見せつけてきますの。もはや私なんか目じゃないと態度で仰りたいかのようですの。
そんな挑発的な身振りに余計に腹が立ってしまいます。我が物顔でこの家で寛ぐだなんて……絶対に生かしてはおけません。
自然と拳にも力が入ります。もう一度ステッキを生成いたします。
「んじゃ、探しモンは済んだし、俺は一旦退散させてもらうぜ。またすぐに様子を見に来てやる。せいぜいつまんネェ奴らに壊されんじゃネェぞ。ウチのボスが悲しむからナ。ほいじゃナ」
「お待ちなさい!」
今まさに大きく振りかぶろうとステッキを掲げましたが、あと一歩遅かったですの。彼は淡い光に包まれて、くつろいだ体勢のまま塵光と化してしまいました。
こちらの浄化の光は当てておりません。自ら消え去ったのです。どんな手品か魔法を使ったのかは一切不明ですの。
この身に感じていた圧が無くなったことから、彼が本当にこの場から消え失せてしまったことを実感いたします。また逃げられてしまいましたか。
地団駄を踏みたいのも山々ですが、それは今すべきことではありません。敵からのものとはいえ、私には新たに与えられた情報があるのです。
メイドさんの現在の居場所についてですの。
「また、病院、ですか……それでも」
早急に向かわなければ、本当の意味で手遅れになってしまうかもしれません。嫌なことばかりが頭をよぎってしまいます。
病院までの道筋自体は何となくですが覚えておりますの。ただしお車で行き来させていただいていたものですから、徒歩では何分掛かるか分かりませんわね。
かといってバスや電車などの公共交通機関を使うにしても、世間知らずの私はあんまり利用方法を理解しておりませんし……。ただでさえ急いでいる最中なのです。ほぼ初めての体験に凡ミスやアタフタしている暇はないでしょう。
いずれも適解ではないということは、自然と第三の選択肢が見えてきますの。
もしかしたら魔法少女姿のまま屋根と屋根を飛び継いて駆け抜けていったほうが早いのかもしれません。適度なスピードは維持しつつも、高い場所からなら病院が近付いてきたら街並みの変化でも気が付けるはずです。丘の上という目立つ場所に面しておりましたし。
そうと決まれば、ですわね。
相変わらず体は重いですが、魔法少女姿ならまだマシですの。ポヨにも力を分けてもらえることでしょう。
「さぁ! 急ぎますわよ!」
「………………ポヨ」
「ふぅむ? どうかなさいましたの?」
「……あ、いや、何でもないポヨ」
ならいいですけれども。少し歯切れが悪そうにも感じましたが、どうやら私の思い過ごしだったかもしれません。
聞くだけ野暮で時間が勿体ないですの。宝石のままでは表情までは窺い知ることはできませんし。
もしかしたらこの情報は罠かもしれないです。しかし、私には行かなければならない理由があるのでございます。
メイドさん……待っててくださいまし。
今助けにまいりますの。
さぁ、走るのです、蒼井美麗!