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いいか美麗。落ち着いて聞くポヨ

 


 あの涙の日から数日が経とうとしておりました。このところ変わり映えのない毎日が続きます。


 重鈍な体を奮い起こして、襲い来る怪人らを撃退するのみですの。


 陰鬱とした心持ちでは全てが退屈だと思えてしまいます。お勉強も楽しくないですし、居眠りしたところで悪夢にうなされますし、そもそも何もせずとも動悸と息切れが止まりませんし。


 健康体ではないですわね。間違いなく。


 せっかくですからここ最近の日々を端的に言い表してみましょうか。


 朝早く起きて、怪人を倒して、浄化して、学校に行って、怪人を倒して、浄化して、帰宅して、怪人を倒して、浄化して、少し寝て。


 また朝早く起きて、怪人を倒して、浄化して、学校に行って、怪人を倒して、浄化して、帰宅して、怪人を倒して、浄化して、少し寝て。


 そして朝早く起きて、怪人を倒して、浄化して、学校に行って、怪人を倒して、浄化して、帰宅して、怪人を倒して、浄化して、少し寝て。


 今日も朝早く起きて、怪人を倒して、浄化して……。


 ずっとずっと、この繰り返しなのです。



 文字通り今朝の怪人退治は済ませました。すぐさま我が家に戻った後は朝食を済ませ、制服に着替え直してから学校へと向かいます。


 ずっしり重く感じる通学鞄を手に持って、少しも動こうとしない膝を叩き起こして、半ば無理矢理に立ち上がるところですの。靴を履くのも一苦労です。

 

 少々頭痛と目眩がいたしますが、最近はこれがデフォルトです。今は動けないほどではございませんが、もう少し酷くなったとしても、ポヨに力を分けてもらえれば抑えられるはずでしょう。


 まだ……まだ……やれますの。自分に言い聞かせるのも慣れてしまいました。もう少しマシな効力のある言葉を考えませんと。



「……あの、お嬢様、大丈夫ですか? 顔色があまり優れないように見えますが」


 右足を靴に収めている最中でございました。後ろからメイドさんにお声がけいただいたのです。


「大丈夫ですの。ご心配なく」


 振り返り、笑顔を取り繕います。嘘をついているわけではありません。

 貴女のおかげで、私は今日もなんとか立っていられますの。冷え切った心に唯一生まれた、安心という名の温泉なんですの。


 今朝の朝ごはんも美味しゅうございました。ほかほかの白ご飯に、骨まで食べられる柔らかな焼き魚に、出汁の香る具沢山なお味噌汁。温かくて、身体の芯まで染みるような味がいたしました。食欲不振に陥りがちなこの生活で、唯一私が終始満足して食べられる献立でしたの。



「……ですが、もう何日もろくに熟睡されていないのでは……? その、今日くらいは学校をお休みになられてもよいかと思うのです。担任様には私から連絡を入れておきますから」


「いえ、学生の本分は勉学ですの。おサボりしていい理由にはなりませんわ。それにタフさがウリの蒼井美麗ですから、こんなのお茶の子さいさいですのよ」


 鞄をワシワシと持ち上げて、健在さを猛アピールいたします。肩と手首が悲鳴を上げておりますが決して顔には出しません。この人を心配させてしまいますからね。


 回らない頭で何が学べるというのでしょう。そんなツッコミは不要ですの。自分が一番分かっておりますから。



「……そう、ですか。では、どうかお気を付けて。少しでも気分が悪くなるようでしたらご早退いただいてもよいのですからね。すぐにお迎えに上がりますので」


「うふふ、リムジンで学校にいらしては目立ってしまいますのよ。クラスメートの皆様から妬み嫉みの目で見られたくはありませんわ。

では、今日も元気にっ、行ってまいりますの」


「行ってらっしゃいませ。あ、今日は傘をお忘れなく。夕方から一雨来るらしいですから」


「了解ですのっ」


 メイドさんに促され、傘立てに刺さっていたビニール傘を手に取ります。一見安めの品に見えますが、その実は撥水加工の施された高級品なんですの。これさえあれば雨の中でも前が見られますの。


 小さく一礼し、玄関の扉を開きます。ひっそりと傘を杖代わりにして体重を預けます。


 体調不良を悟られないよう、今できる精一杯の笑顔を向けたのち、私は我が家を後にいたしました。










――――――

――――


――






 

 さて、時は飛びまして夕方ですの。つまりは放課後ですの。つつがなく授業が終わりましたの。ほとんどは上の空のねむねむ状態でしたが、ひとまず今日も乗り越えられましたの。


 ここで朗報です。今日は珍しく学校に居る間の襲撃はございませんでした。拍子抜けです。いや……これはむしろ、嵐の前の静けさともいうべきなのでしょうか。


 そろそろ出現の連絡が来ても良い頃合いだとは思います。それまで図書室か保健室かで待機していてもよさそうなのです……が、少しでも体と心を休めるなら、今のうちに我が家に帰ることも視野に入れた方がよさそうですわね。



 下駄箱の位置から外を眺めてみますと、今朝方にメイドさんが仰ったとおり、空はあいにくの雨模様でした。


 冬の冷たそうな雨が淡々と地に向かって降り注がれておりますの。ザーザー降りというわけではございませんが、靴下の湿りを覚悟したほうがよさそうですわね。



 ふぅむ。いかがいたしましょう。もう少しお空の機嫌が良くなるのを待つべきか、多少の濡れは覚悟してもこの雨の中を歩いて帰路につくべきか……。


 せっかく傘を持ってきているんですから、使ってみましょうか。それにこのまま待っていたとしても、弱まらなければ時間の無駄ですし。




 と、そう思い立ち、下駄箱に手を掛けようとしたそのときでした。



 手に持つ鞄が震え出したのです。振動はポヨからの合図です。

 

 ええっと、周囲に人影は……おや、ラッキーですの。私の他にどなたもいらっしゃいませんの。


 鞄の中からポヨを取り出して差し上げます。



「怪人、ようやくお出ましなんですの?」


 この雨の中とはまた億劫の極みですわね。凍える前に片付けてしまいましょう。体が冷えて頭痛と目眩が悪化したら目も当てられませんもの。


「ああポヨ。間違いなく怪人の反応ポヨ。ただ、それはそうなんだポヨが……その、レーダーの示した位置が、ポヨね……」


「……? どうかなさいましたの?」


 雨を気にしていらっしゃるんですの?

 どこであろうと颯爽と駆けつけて、さっさと容赦なく片付けるだけですの。あ、もしかして場所が遠かったり? 濡れる時間が増えてしまったり? 局所的に土砂降りになってしまったりしてるんですの?



 私の疑問顔を見ても、ポヨは真剣そうな表情を崩しません。



「……いいか美麗。落ち着いて聞くポヨ」


「んもう、勿体ぶらないで教えてくださいまし。なんですの?」


 珍しいですわね。ポヨのこんな顔。

 

 ごくりと息を呑み込みます。



「出現予想地が……お前の家だポヨ……!」


「……私の……は? なんですって!?」



 瞬間、頭をよぎったのはメイドさんの安否についてでした。こうしてはいられません。一刻を争いますの。


「ポヨ、なりふり構っていられませんの。今すぐ変身ですの!」


「お、おうポヨ」


 どうかご無事で居てくださいまし。


 靴を履き、地を蹴り飛び上がるように駆け出します。傘、やっぱり使えませんでしたわね。この移動スピードの風圧には耐えきれず、支えの骨が折れてしまうのが目に見えておりますの。


 せいぜい活用方法としたら、鞄を取っ手にかけて、移動の妨げにならないようにすることですわね。


 とにもかくにも急がなければ。雨に濡れつつ校庭を走り抜けます。変身自体は走りながらでもなんとかなりますの。


 焦る気持ちに、重い足腰が今は少しだけ軽く感じました。

 

 

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