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これからは私一人だけの戦いなのです

 




一一その後のことは、正直あんまり覚えておりません。


 ポヨに指示されるがままに怪人を倒し、特に何も考えず浄化をし、メイドさんに付き添われながら帰宅したような気がいたします。


 それから自然とベッドに駆け込んで、そして……。




 どれくらいの時間が経ったでしょうか。

 一時間か、二時間か、それ以上か……。


 眠りにつくことも叶わず、回らない頭で考えごとをしようにも、頭の奥底には薄暗いモヤが掛かっていて、ぼーっとしてしまいまして……。

 

 布団を深く被っているせいで酸素が回らない、というわけではなさそうです。



「お嬢様。お腹、空かれませんか?」


 メイドさんの声が私の耳に届きます。どうやらベッド脇に立っていらっしゃるようですの。


「……別に、減ってませんの」


「さっき鳴っていらっしゃいましたよ。大層おっきな音で、ぐるるるると」


「…………気のせいですの」


 そういえば、今日はお昼ご飯を食べておりませんでしたわね。朝から出撃、昼過ぎも出撃……こんな生活をしていて、お腹が空かないわけありませんの。


 けれど、放っておいてほしいのです。心を落ち着けてからとかそういう話ではなく、ただ、今はそっとしてほしいのです。


 直接的な言葉ではなくとも、このお声掛け自体がメイドさんの優しさなのだということは分かっておりますの。

 素直になれない私が子供なだけで、悪いのは私なのです。どうしたってこのまで意固地になる必要は何一つとしてないのです。



 私……弱いですの。そして無責任ですの。


 現実から逃避したいはずですのに、やっぱり心の奥底では独りにはなりたくないのです。誰かに構ってほしいのです。このどうしようもない寂しさを埋めてほしいのです。


 けれど、今は何もしたくないのです。このベッドから動きたくないのです。誰にもこの顔を見せたくないのです。


 矛盾しているのは自分でも分かっております。でも、これからどうしたらいいのか……本当は何をしたいのか……具体的には少しも思い浮かばないのです。



 心の中にポッカリと大穴が空いてしまっているような、そんな気持ちでした。



「では、夕飯はハンバーグがよろしいですか? それともヘルシーなお野菜鍋にいたしましょうか。ああ、たまにはお寿司の出前を取るのもよいかもしれませんね」


「………………う、うぅうー」


 そのご提案、正直悩ましいですの。頭にガツっと栄養を入れるならお肉でしょうし、乙女の健康を考えたらお野菜ですし、血液サラサラ気分もサラサラなら断然お魚ですし……。上手いところを突いてきますわね、さすがメイドさんですの。


 早速私の心が揺れ動いてしまいましたが、まだ布団から出るには弱いのです。もう一押しほしいですわね。デザートの選択肢とか、もっとそういうのがあれば……!




 ようやく気持ちが前を向き始めた、そのときでございました。


「…………美麗。休んでるところ悪いポヨが、本日三度目の怪人の反応ポヨ。起きるポヨ」


「………………また、ですの……?」


 どうやらポヨも近くにいらっしゃるようです。朝早くが一回目、お昼頃が二回目でしたわよね。確かに夕方から夜にかけて、もう一度襲撃があってもおかしくはありません。

 あのフルーツ怪人らに、こちらの都合は関係ないのです。


「さぁ、早く支度するポ――」


「ポヨ様!」


「ポ、ポヨッ!?」


 突如、聞いたことのないような怒声が耳に届きました。何事かとお布団を少しだけめくり、辺りの様子を伺います。



 机の上にいらっしゃるポヨを、メイドさんが睨み付けているところでございました。



「貴方、見て分からないのですか!? 今日はもうよいのではありませんか!? これ以上お嬢様にご無理をさせて、いったい何になるというのですか!?」


「ぐぬぬ……そうは言ってもポヨ。怪人と戦えるのは美麗だけポヨ」


「そういって、お嬢様まで倒れられたら、どうご責任を取られるおつもりなのです!?」


「一般人は黙ってるポヨ! そっちこそ、美麗が戦わないせいでこの町の誰かが被害を受けたら、どう責任を取るつもりだポヨ!?」


「質問を質問で返さないでください!」


「お前こそプニ!」


「もう! もう止めてくださいましッ!」



 見ていられません。勢いよく布団をはぐります。

 メイドさんもポヨも、驚いた顔でこちらを見つめなさいます。



「私が戦えば! 全部丸く収まるのでしょう!? そんなの分かってますの……!」


 自分に課せられた責任なんてとっくの昔に認知しておりますの。〝もう戦いたくなんてありません〟なんていう言葉は、胸の奥にじっと抑え込みます。



 ……が、どうしてもうまくいきません。

 真意とは反した表面だけの台詞に、私自身が混乱してしまい、自然と追加の言葉が零れてしまいます。


「……わか、分かってますの……ぉ……!

いやですの……もううんざりなんですの……。

誰かが傷付くのも、誰かが苦しむのも……!

でも……でもっ……! どうして私がっ……」


 まるで涙のように、半ば反射的にポロポロと、ありとあらゆる言葉がこの口から溢れてきてしまうのです。


「わた……私だって茜さんのそばに居たいですの! その手を握って安心させたいですの! なのに、どうして! どうして私が……戦わなければいけませんのぉ……!」


 もう支離滅裂ですの。話の順序も伝えたいことも、全部が全部、訳が分かりませんの。


 どうして、私が戦わなければ、ならないのか。


 どうして……私が……っ。



「お嬢様……」


「……それが、正義の味方だからポヨ」


 言われなくても、そんなのっ……!

 ポヨの言葉に、拳を握り、グッと堪え、堪え……。



「う、うぅう……うぇえぇえええ。分かってますのぉ……。いぎ、ますのぉ……やりまずの……。私がっ……ぜんぶ、片付げ、ますのぉ……それでっ……それがっ……」


 堪えられませんでした。止め処なく涙が溢れてきてしまいます。

 

 自分のどこにこんなに溜まっていたのか不思議に思ってしまうくらいです。泣いているはずなのに、どこか冷静な自分が居るのが気持ち悪く思えてしまいます。



 止めたいのに、全然止まってくださいませんでした。



「お嬢様っ……!」


 メイドさんが駆け寄って抱きしめてくださいます。けれど、私はあえてそれを振り解きます。


「だいっ……じょぶ、です……のっ……」


 彼女を手を借りずに、部屋の出口に、そして我が家の玄関へと歩みを進めるのです。涙で滲んで前が何も見えませんが関係ありません。


 ごめんなさいですの。

 本当に、ごめんなさいですの。


 もはやこれは私の意地でも決意でも正義感でもありません。言ってしまえばこれは、ちっぽけな見栄と諦めです。


 私が魔法少女になってしまったが故の運命として、素直に何も言わずに受け入れますの。力あるものの役目として、逃れられない使命として、見事全うして差し上げるだけなのです。


 茜さんが再起するその日までずっと……、私が全部抱え込むのです。そうすれば、それだけで全てが丸く収まるのでしょう?


 そんなこと……ずっと前から分かっていたことじゃありませんの。今更……何を言ったところで……!



「うぇええ、うぇえぇえぇええ……」



 後を追ってくるポヨが何かを呟いておりましたが、私の泣き声にかき消され、うまく聞き取ることはできませんでした。


 玄関扉を閉める直前、不安そうなメイドさんの顔が目に映ります。その顔を見て、私もより一層哀しい気持ちになってしまいます。ですが、これ以上メイドさんにご迷惑をかけるわけにはいきません。



 戦場には、メイドさんはいないのです。

 それに、今は、茜さんも。



 これからは私一人だけの戦いなのです。










































「――あの一般人、こっちの事情にイチイチ首を突っ込みすぎだポヨ。やっぱり、早めに手を打っておかないと、ポヨね」



  

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