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その小さな言葉は

 

 病院裏口に到着いたしました。


「それではお嬢様、私はまたここで」


「ええ。いつもすみませんの」


 運転席にメイドさんを残し、建物の入口へと走り寄ります。 

肩の上でポヨが一回跳ねますと、傍に立っていた警備員さんが無言で扉を開いてくださいました。二回目にして既に顔パスレベルですの。少しの時間も惜しい私にはありがたいお話ですが。


 殺風景な通路を抜けて、大きなエレベーターへと駆け込みます。一瞬ふわりとした感覚の後に、足先から重力を感じました。まるでこの先には行かない方がよいのだと空気が警告を発しているかのようです。


 階数表示がないので今がどの辺に居るのかは分かりませんが、とにかく酷く、長い時間に思えてしまいました。



 軽い振動を感じた後、エレベーターの扉が開きます。扉の隙間から白一色の世界が目に映り込んでまいります。


「茜さん……っ!」


 服の裾が捲れるのも気にせずに、私はガラス窓まで一気に駆け寄りました。






――窓の向こう側の光景に、言葉を失ってしまいました。




 最初に目に飛び込んできたのは、茜さんの身体とベッドを繋ぐ数多の〝拘束具〟です。


 彼女の両腕、両足には頑丈そうな鉄製のリングが装着されており、鎖を通じてベッドの四つ足それぞれに固定化されております。

 同じように首にはベッドに直接繋がれたチョーカーが、腰周りには厚めの黒革でできたベルトが何重にも巻き付けてありました。


 これでは少しも身動きが取れないではありませんか。無骨で無機質であまりにも強烈すぎるインパクトに、なんというか、その……可哀想を遥かに通り越して、ある種の悲惨ささえ感じてしまうのです。



 もちろん先日に見た茜さんだって、決してすやすやと心地よく眠っていらしたわけではありません。

 よく言い表しても、真夏の寝苦しい中でなんとか睡眠にありつけた日のような、それくらいのご様子でした。


 けれど、今日の茜さんは根本的に異なっているのです。


「ングゥ……あがァッ……嫌ぁ……嫌だ……っ」


 ギッと目を瞑りながら顔を苦痛に歪め、今まさに体枷を取り外さんと暴れていらっしゃるのです……っ!

 しかし無理矢理動こうとすればするほど、肌に取り付けられた枷はより深く食い込み、その都度痛々しい赤筋を残します。


「ちょっと!? コレどういうことですの!? 


 手首や足首の接点には無数の生傷が見え隠れいたします。目に映る無数の青痣に、いたたまれず唇を噛んでしまいます。


「ッ……どうして……こんな……!」


「こうでもしないと、自分もこの部屋も、全部壊してしまうからプニよ」



 ガラス窓の向こう側、ベッド脇のモニター上にプニがおりました。大きく弾むようにしてガラス窓のすぐ向かい側にやってきます。


 ガタン! とベッド自体が揺れました。プニの動きに怯えたかのように茜さんが大きく身じろいだのです。


「……嫌ぁ……来ないでぇ……もう……戦いたく……ないっ……嫌ァッ!!」


 無理矢理引っ張られた腕に合わせて、傍に置いてあった点滴スタンドが音を立てて揺れ動きます。

 無意識下でも絶えず拘束から逃れんとするそのお姿に、思わず目を逸らしてしまいました。


「プニッあなたッ!」


「……慌てるなプニ。そのうち、鎮静剤が打ち込まれるプニ……」



 彼の言葉に合わせ、チョーカー部分に取り付けられたランプが怪しく点滅いたします。次第に掲げられていた彼女の腕が力無く垂れ下がっていきました。


 決して穏やかとは言えませんが、先ほどよりはずっと落ち着いた表情になられます。寝落ちしたというよりは気を失ったと言うべきでしょうか。



「……勘違いするなプニ。決してプニのせいではないプニ。昨晩目を覚ましたときからずっとあんな感じだプニよ。

発作的に暴れては鎮静してをもうずっと繰り返しているのプニ。おそらくは無意識下の幻覚に苛まれているんだろうプニが……」


「なっ……」


「……あの生傷も、それが原因で出来たプニね。精神的に不安定なせいで己の力を正しくを制御できていないのプニ。

もちろんプニが与えている力を一時的に抑えてやることも考えたプニが……ただでさえ弱りきった茜が更に力を失えば、生命エネルギーにも影響が出る可能性があるプニ。

……悔しいプニが、今は現状維持しか手段がないのプニ……」


 ポヨがその体を凹ませます。心なしか声も震えていらっしゃいます。こんなに力ない姿を見たのは初めてですの。


 彼もまた私と同じく、弱々しく茜さんを見つめていらっしゃいました。



「……この様子では、運良く悪夢から目覚められたとしても、近日中の復帰は絶望的だポヨね」


 肩に乗るポヨが静かに呟きます。失意に落ち込む私とプニに更に追い討ちをかけるかのような……いえ、私より冷静でいらっしゃるからこそ正しく分析ができるのでしょうが、でも、それでも……っ。


「そんなのって。そんなのってあんまりではありませんの……? いったい茜さんが何をしたっていうんですの……?」


「…………まったくだプニ」


 どうしようもなく、言葉が出てきません。



 足に力が入らなくなってしまいました。壁を伝うようにして膝から崩れ落ちてしまいます。


 壁を拳で叩いてみても、中からは何の反応も返ってきません。意味のないことだとは分かっております。けれど、行き場のない思いを吐き出す為には……こうする他に何もできないんですの。

 ただただ固くて無機質で冷たいだけの感触が、私の拳と膝に伝わってまいりました。







 どれくらいの間、そうしていたでしょうか。


 突然、ポヨが肩の上で震え出しました。


「…………美麗。落ち込んでる中悪いポヨが、怪人の反応を検知したポヨ。急いで向かうポヨ」



 何度も何度も、私を促すかのように肩の上で跳ねております。


 ……嫌ですの。もう少し茜さんのお側に居させてくださいまし。お辛い姿を目に収めようとも、この場から離れたくないのです。せめて、もう少しだけ茜さんを感じられる場所に居させてくださいまし。


 悄然としたまま首を横に振ります。


「お前がやらなきゃ誰があの町を守るポヨか!」


「…………けれど」


「美麗ッ……!」



 仕方なく、俯いたまま、静かに立ち上がります。


 この場から立ち去る前にもう一度茜さんのお姿を目に焼き付けます。痺れを切らしたポヨから促しがかかるまで、ずっと、ずっと、茜さんの顔を見つめておりました。







 無心で、車まで戻りました。



「お嬢、様……?」


 何も言わずに車に乗り込みます。


「……はぁ。仕方がないポヨね。出血大サービスポヨ。状況と場所はポヨの方から説明しといてやるから、お前は今のうちに頭を整理しておくのポヨ。

泣いたって悲しんだって現実は変わらんのポヨ。お前はこの町のヒーローとして、変身ヒロインとして、己の責務を全うするポヨよ」



 確かに耳には届いているはずなのに、半分も頭に入ってきません。



「………………ですの」



 イヤ、ですの。


 私の口から発せられたはずのその小さな言葉は、悲しくも車のエンジン音にかき消され、誰にも届くことなく儚く霧散していきました。

 

 



感想、評価、レビュー諸々お待ちしております。


 

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