プニからの連絡ポヨ
そんな毎日がまたつらつらと続きました。
あれから四、五日ほどが経ちまして、ようやくの週末でございます。
少なくとも今日は怪人の襲撃連絡があるまではベッドから降りる必要はございません。ずぅっとお家でゴロゴロしていられる日となっておりますの。
朝から学校に行く必要がないだけに頭も体もスッキリ爽快なんですの。気分は晴れやか、すこぶる調子もいい気がいたします。
……とは言いつつも、実を言えば今朝もまた、早くからポヨに叩き起こされまして既に三体ほど怪人を光塵と化させていただいた後なんですけれども。
早々にゴロゴロまったりとはかけ離れたスタートになっておりますの。世のお人はこれを休日出勤と呼ぶのでしょうか。
ということで、只今はお昼前、自宅のリビングにて待望の休息を味わっているところです。リクライニングソファに腰掛けて、ぽいと無造作に足を投げ出しておりますの。はしたなさについてはご勘弁くださいまし。
冷たい屋外とは異なりまして、エアコンに整えられた室内とはまさに最強の魔境ですわね。一度この温かみを味わってしまえばもう離れられませんの。ついウトウトと船を漕いでしまいます。
いけないいけない、まだ週末用に出された宿題が片付いておりませんのに……。今のうちから手を付けておかないと、いつまた怪人の襲撃に邪魔されてしまうか分かったものではありません。
ですがもう少しだけ……もうほんの少しだけゆったりしていても……バチは当たりませんよね?
薄目でお腹の上に陣取るポヨを眺めてみましたが、うるさくガミガミ言ってきそうな雰囲気はなさそうです。しめしめ、今がチャンスですのー。これを機に寝溜めしてやりますのー。
と、今にも両目を閉じようとした、そのときでございました。
「ポ、ポヨッ!?」
「ふぉぅ!?」
ちょっと! いきなり震えるの止めてくださいまし! 変な声が出てしまったではありませんの!
どうやらポヨが何かを感じ取ったらしく、私のヘソの辺りでモゾモゾと蠢いていらっしゃいます。地味にくすぐったいですの。
怪人の反応感知ならすぐにでも私に知らせるはずです。そうでないということはつまり、誰かからの通信連絡なのでしょう。ひとまずは様子を見守ります。
ほんの一分足らずでわさわさ動作は終了いたしました。間髪入れずにこちらを見つめてきます。なかなか真剣な表情ですのね。
「……美麗。良い話と悪い話、どっちから聞きたいポヨ?」
「ふぅむ?」
珍しいですわね。アナタが言葉を濁した言い方をなさるだなんて。ですがいきなり選べと言われましても困ってしまいます。
一考してみるに、沈んだ気持ちから入るのはモチベーション的に気分がよろしくないでしょう。ですのでここの選択肢は一つです。
「では、良い話からでお願いしますの」
「了解ポヨ」
彼の神妙な面持ちに、ごくりと息を呑みます。
「プニからの連絡ポヨ。茜が目を覚ましたらしいのポヨ」
「ふぉぉう!?」
また変な声が出てしまいましたが関係ありませんの!
待ってましたの! 待ち侘びておりましたの! それ間違いなく良い話なんですの!
眠気なんてとうの昔に明後日の方向へ飛んでいってしまいましたわ! こうしてはいられませんの! 今すぐにでもお見舞いに向かいましょう!
ソファから飛び起きようといたしましたが、すぐさまポヨがジャンプしてご制止なさいます。先ほどまでの神妙な面持ちは少しも変わっておりません。むしろより険しくなっているようにも思えます。
仕方なく座り直して、次の言葉をお待ちいたします。私の意を汲んでくださったのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めなさいました。
「……次に、悪い話ポヨ。どうやら精神の錯乱が酷いらしいのポヨ。とてもじゃないけど今は口を聞ける状態ではない、とのことポヨ」
「なっ、どういうことですの……?」
「ポヨも詳しくは分からんポヨが、茜の深層心理が、今は表側にそのまま出てきてしまっているような具合らしいのポヨ。幻覚、被害妄想、エトセトラ……、やはり精神的にだいぶ参ってしまっているのかもしれんポヨ。」
思わず言葉を失ってしまいます。まさか茜さんに限ってそんなことはと思っておりましたが……いえ、実際にこの目で見るまでは信じられませんわね。
静かにポヨが続けます。
「……一応、直接の面会は出来なくとも、前室までのお見舞いなら来てもいいとの伝言ポヨが……どうするポヨ? 落ち着くまで様子を見るポヨか? それとも?」
「そんなの決まってますの。会いに行くの一択ですの」
それこそ数日ぶりにお目覚めになるのです。実際タイムワープするようなモノですの。少しくらい気だって動転してしまってももおかしくありませんわ。必死に自分に言い聞かせます。
そうと決まれば善は急げです。
「お嬢様、私の手が必要でしょうか?」
さすが出来る女は違いますの。キッチン側からメイドさんが顔を覗かせてくださいました。ワンテンポもツーテンポも察知能力がお高いです。貴女の有能さに日々感謝の極みですの。
「ええ。お手数お掛けいたしますが、是非よろしくお願いいたしますの」
「かしこまりました」
私の嘆願を聞き受けて、彼女はスタタとスカートの裾を持ち上げて小走りなさいます。私もポヨをいつもの肩の定位置へと移動させ、後に続きます。
道中、戸締まりの再確認です。エアコンの停止確認よし。コタツとホットカーペットの停止確認よし。キッチン周りのガス電気水道も全く問題ございません。いつでも出発おーけーです。
一度玄関扉をくぐれば、身に感じるのは外の世界でした。冬の乾いた冷気が体全体を一気に包み込みます。
寒さに震える手を揉みながら、庭先に停まっているリムジンに駆け込みます。メイドさんがエンジンをかけるのとほぼ同時、私は後ろの座席に腰掛けましてしっかりと体をシートベルトで固定いたします。今日もまた、その卓越した運転技能を見せてくださいまし。
最速で、最短で、まっすぐに、一直線に、茜さんの元に駆け付けるのです。私の顔を見ればきっと安心してくださるはずです。
今度こそ、貴女が再起するその日まで、私はのんびりとお待ちしておりますと、優しくお声がけいたしますの。
そしてまた二人で一緒に頑張れるときの為、今はしっかりと身を休めてくださいまし、と声高らかにお伝えするのです。
貴女がまた元気に笑ってくださるその日を、私はこの世の誰よりも慎ましく願っているのですから。
焦る気持ちを必死に抑えて、私は窓の外の景色を目に映します。あいにくの曇り空がせっかくの太陽の光を遮ってしまっておりますの。
ここで雪でも降り出したらより幻想的になったかもしれませんが、それでは路面が凍って滑っての大波乱となってしまいます。ですからお願いですのお天気さん、どうかこのままを保ってくださいまし。
今にも崩れ出しそうなあいにくの空模様を眺め、私はまた一つ大きなため息を吐き漏らします。
流れる景色が今はどうしてもゆっくりに見えてしまって仕方がないのです。とても落ち着いてなんていられませんわ。