戦う理由
早々に怪人討滅から戻ってまいりました。さすがにこの時間では大した目撃者も居らっしゃいませんでしょうから、帰りも同じく魔法少女姿のまま、自宅の門をくぐります。
先程の戦闘についてはもはや語るほどの事件でもございません。何の被害も出さずに速攻で片付けましたの。私も成長いたしましたわね。
今では並の雑魚怪人では相手にもなりません。全てワンパンチで即ノックアウトなのです。超高火力発光ステッキの即効浄化も大いに役に立っておりますの。戦闘の効率化に貢献してくださっておりますわね。
さきの戦闘を思い返します。今回倒したのはパイナップル怪人、マンゴー怪人、それにスターフルーツ怪人でしたっけ。やけにトロピカルでサマータイムな三銃士でしたわね。季節的に適さないならこんな冬場に活動しなきゃよろしいですのに。自業自得ですの、まったく……。
朝日のお出ましと共に帰宅です。
まだ学校の始業開始までには時間があります。もう一眠りさせていただくことにいたしましょう。凝りに凝った首元をポキポキと鳴らしながら、静かに玄関扉を開きます。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
あら、玄関にメイドさんが立っていらっしゃいました。こんな早朝から内箒を片手にお掃除とは本当に精が出ますわね。……それとも。
「おはようございます。もしかして起こしてしまいました……?」
「いえいえ。私も早々に目が覚めてしまったものですから。お嬢様こそ、今日も早くからお勤めお疲れ様にございます。温かいスープをご用意しておりますが、お召し上がりになりますか?」
「ほえー……ありがとうございますの。是非ともいただきますの……!」
ご配慮、この心に染み入りますの。今変身を解きますから少々お待ちくださいまし。
胸のポヨに手をかざし、変身解除を祈ります。一瞬だけ体ががふわりと宙に浮いた後、身を包んでいた衣装が即座に光と化し、元のパジャマの形へと再形成されました。
モコモコでふわふわの生地が私の体を包んでくださいます。やっぱり冬場のパジャマはいいですわね。落ち着きますの。
「いやはや、泣く子も黙る早着替えにございます。先程のお上品な魔法少女姿ももちろん素敵でございますが、こうしたラフな普段着姿も、より親しみが深くて可愛らしくて、とてもよくお似合いでいらっしゃいますね」
私の変身解除を眺めていらっしゃったのか、感心したかのようにパチパチとご拍手なさいます。
「うふふ、お目汚し恐れ入りますの」
「とんでもない。お嬢様はどんなお姿でもお美しゅうございますよ」
お世辞か本気かはさておいても、こうも褒められては悪い気はいたしませんわね。
「……あんまり変身姿を一般人に披露するもんじゃないポヨよ。あくまでヒーロー連合の技術は企業秘密ポヨ」
「むっ。メイドさんは私たちのよき理解者ですの。頼もしい協力者ですの。これくらい別にいいじゃありませんの」
「…………それはそうポヨが、連合にも規約があるポヨ。誰それ構わず公開してよいものではないポヨ」
私の胸から肩の上に移動したポヨが、なにやら抗議のジャンプを繰り返しなさっております。
そうは言ってもですね。
「私の時はだいたいスルーだったじゃありませんか」
私が魔法少女になる前だって、茜さんの口からも沢山のご情報を教えていただいたり、アナタ方の口からも直接ご説明をいただいたり、おまけにこっそり茜さんの戦闘風景を覗きに行ったりしたじゃありませんの。
あれだって立派なルール違反じゃございません?
私の言葉にポヨが少しだけたじろぎます。
「ぐぬぬぬぬ……あ、あれはまだポヨには相方が居なかったゆえに、プニの奴が良しと言えばそれが判断の軸になったポヨ。
しかし! 今のポヨには一変身装置としての責任があるポヨ。守るべき社会には守るべき秘密があるポヨ。正義と平和のためには従うべきルールが」
「はいはい、モチモチの体でお固いこと言ってるんじゃありませんのー。さっさと朝ご飯食べますわよー」
ポヨを摘み上げて左右に伸び伸びいたします。朝からお説教を食らってはとてもではありませんがやってられませんの。
「ポヨぅ……こっちは真面目に話しているというのにポヨ……!」
そもそも第一に聞き飽きましたの。あなたのお説教もそんなお固いルールのことなんかも、私にはほとんど関係ないことなのです。あんまり眉間に皺を寄せておりますと老けが進みますわよ。
機械に老いはないとしても、きっと不調やらエラーやらバグやらが溜まってしまいますの。
ただでさえこちらは寝不足でイライラしてしまうんですの。これ以上私の感情を刺激しないでくださいまし。自分本位で誠に申し訳ないのは分かっておりますが、私の相方として、その辺のご配慮をしていただきたいものですの。
でないと私……早々に戦う理由を見失ってしまいそうになってしまいますわ。
だって、私の戦う理由の茜さんは今、ある意味ではもっとも安全な場所でゆっくりその身と精神をお休みになられているのです。
ヒーロー連合本部の管轄下なら、身の安全だって保障されているに等しいのでしょう。怪人たちに直接寝込みを襲われるようなリスクもないはずなです。
私の役目としては、彼女が再起するその日まで、彼女の守りたいこの町を、彼女の代わりに守って差し上げるだけですの。
それでも完璧とまでとはいかずとも、誰も死なず、苦しまず、悲しまない範囲なら、少しくらい楽をしたっていいんじゃありませんこと?
私一人だけ身を粉にして戦っていたら、きっとそのうち私も茜さんと同じように倒れてしまうに決まっておりますの。
そうならないよう、普段からもちょっとくらい息を入れる余地があっても誰も怒らないのでは……?
手を抜かずに気を抜く方法、何かありませんかしら。
なーんてことをふと思ってみたり思ってみなかったり、ですの。そんな虫のいい話、いくらなんでもどこにも転がっていないですわよね。ええ分かっておりますとも。
「お嬢様? スープが冷めてしまいますよ?」
「ああ、すみませんの、今そちらへ向かいますのー」
メイドさんからのお声がけにリビングへと駆け込みます。ともかく身を温めてから一休みいたしましょう。
今日も今日とて女学生として、そして魔法少女として身を粉にして励んでやりますの。それが今の私の役目であり、この身に課せられた使命なのでございますから。
床から足裏に伝わる冷たさに、体の芯から凍えきってしまいそうです。早く温かいスープをいただきましょう。
はぁ……今日も一日長くなりそうですの……。