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荒れる心と、冬の空。

 








 あれからまた数日が経ちました。


 茜さんは未だ目を覚まされておりません。


 私はというと、以前にもまして慌ただしい日々を過ごしております。



「美麗。起きるポヨ」


 今日もまた、定時の目覚まし時計が鳴る前に青色マシュマロに叩き起こされました。胸の上で何度もジャンプされては無視して眠り続けることもできません。


「…………ふぁ…………あふ……」


「来たポヨ。襲撃の反応だポヨ」


「……分かってますわ……今、行きますの……」



 腕を伸ばして時計を手に取ります。ただ今時刻は朝の五時。まだ日の出も前だと言うのに、怪人らは関係無しにやって来るのです。



 正直に言って野菜怪人が現れていた頃の方がマシだったのかもしれません。彼らの出現時間はだいたい日中でしたし、夜中だって毎日ではありませんでしたし。

 場所だってそうですの。主に郊外や寂れた地域からでしたので、実害に及ぶまでにもそこそこの時間が掛かっておりました。もしかしたら秘密裏に外側からじわじわと触手を伸ばすという作戦だっただけかもしれませんが。


 彼らの心構えに関しても、共感はできずとも多少の好感を持つことは出来ました。野菜怪人は各々が皆己の強さに誇りを持っていたのです。戦士として華々しく散っていく姿には、私も相対していた者として一つの敬意を払っておりますの。



 けれど、フルーツ怪人たちは違います。



 奴らは朝だろうと夜だろうと、平気でいきなりに街中を襲います。誰かに見られていようとまるでお構いなしなのです。

 そして何より許せないのが、彼らは基本的に外道だということ。放火や誘拐なんてのはもはや朝飯前、いとも簡単に、それも集団で堂々と卑劣な行為をやってみせますの。


 それが何より……私の癪に触るのです。


 確かに私を弱らせるには良い作戦だと思います。人海戦術で攻められてしまっては太刀打ちできませんもの。幸い個々の怪人たちの力は弱いので今は何とかなっておりますが、いちいち見過ごせないやり方にフラストレーションが溜まる一方ですの。



「…………ふわぁ……あふ」


 大きな欠伸をしながら、ゆっくりと体を起こします。


 少し布団をめくるだけで冬の冷たい空気が流れ込んできてしまいますの。叶うのならばこの温もりから離れたくないです。ただでさえ充分な睡眠を得られておりませんのに。


「…………はぁ……」


 自然と大きなため息が零れてしまいます。ええ、分かっておりますの。私が出なければこの町の誰かが泣きを見ることになるのです。それは私の、そして茜さんの本意ではございません。


「ですが……ねぇ」


「何ボヤボヤ言ってるポヨか。急がないと被害が大きくなるポヨよ。さっさと変身して向かうポヨ」


「……了解、ですの」


 事態は急を要しております。悠長に支度している暇はありません。そんなことは分かっておりますの。

 このままベッドの上で、胸の上で跳ねていたポヨを掴んで強く握り締めます。そして。



「着装 - make up -」


 半ば開き掛けの瞼のままいつもの変身文句を呟きました。


 私の身体を淡い光が包み込んでいきます。身に纏っていたパジャマが光の粒と化し、そのままフリルスカートやリボンの形に変化していきますの。


 現地で変身するよりも事前に身を整えてから向かった方が色々と効率がよろしいのです。魔法少女の姿ならある程度の寒さも軽減できますし、おまけにこのぬくぬくパジャマを脱いで着替える必要もございません。その点だけは感謝ですわね。


 ほんの数秒後には、いつもの戦闘体勢に切り替わっておりました。ベッドから立ち上がり、自室のドアを開きながら宝石化したポヨに問いかけます。


「今回の場所はどこですの?」


 もしかしたらメイドさんはまだ寝ていらっしゃるかもしれません。あんまり大きな音は立てない方がよろしいでしょう。


「商店街のど真ん中ポヨ。大変なことになる前に片付けるポヨよ」


「ホント、ムカつく奴らですわね……!」


 こんな朝っぱらから町のど真ん中を襲撃しなくてもよろしいじゃありませんの。そんなにも自分らの存在をアピールしたいのでしょうか。単なる自己顕示と承認欲求ならもっと別の方向に向けて欲しいですの。ほら、奉仕活動とか慈善事業とか、そういうのだったら私も喜んで見逃しますのに。


 はぁ……腹が立って仕方ないですの。



「美麗、言葉、汚くなってるポヨ」


「…………気を付けますの」


 淑女たるものこんなではいけませんわね。分かっておりますわ。けれど、こちらの心中もお察ししてほしいですの。

 感謝もされず、誉められず、それでも頑張っている私を少しは労っていただいてもよろしいんじゃなくて?


 ポヨの体では頭撫で撫では出来ないでしょうから、せめて肩を揉むなり背中で跳ねるなり、私の疲労軽減に貢献していただけると嬉しいんですけどね。いえ、変身装置に求めること自体間違っておりましょう。


 かといってメイドさんにお願いしてまた気苦労をお掛けするわけにもいきませんし……やっぱり億劫ですわ。しんどみの極みですの。やってられませんの。



「……行ってきます」


 音を立てないようにして、ゆっくりと玄関扉を開きます。ドアの隙間から一気に外気が流れ込んできました。はえー……空気の冷たさが身に染みますの。刺すような寒さですの。既に指先が悲鳴をあげてますの。是非ともステッキにカイロ機能を追加していただきたいですわね。


 こんなことで弱音を吐いていたら、茜さんに笑われてしまうでしょうか。







――朝は怪人の出現報告に叩き起こされて、さっさと倒しては学校に行く支度をして。


――日中は学校に通って、空き時間でなんとか怪人を討滅して。


――放課後は何度も街中をパトロールして、随時怪人を撃滅していって。


――夜は少ない時間でご飯を食べてお風呂に入って宿題を片付けて、大してゆっくりする間もなくまた怪人退治に召集されて。



 こうした時間に追われる日々を、茜さんが倒れたあの日から、私はただ淡々とこなしているのです。もはや感情なんてモノはこの生活が始まってからすぐにどこかに消え失せてしまいました。



 実りのない生活、彩りのない生活、無味乾燥な生活……。


 一緒に戦ってくださる方も居なければ、その笑顔を見たい方の状態も芳しくはありません。


 乙女と、荒れる心と、冬の空。



 ……本当に、いつまでこんな生活を続ければよろしいのでしょうか。


 

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