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おぶぇぇえあああぁああぁッ

 

 















――頭の中でプツンという音が鳴りました。










 霞み掛かっていた記憶が徐々に鮮明になっていきます。随分と長い夢を見続けていたような、そんなフワフワとした感覚ですの。


 まるで数ヶ月の間、体は眠っていたはずなのに頭だけが起きていたような感覚ですわ。まぁそれもそのはずです。実際ほぼその通りだったのですからね。


 覚醒した頭で再認識いたします。

 私、どうやら過去の記憶の世界から現実へと戻ってきたようですの。



 いやー、それにしても本当に久しぶりですわね。この体に懐かしささえ感じてしまいますの。


 目の前は未だ真っ暗のままですが、これは頭に装着したままのバイザーのせいだと思い出します。きっとローパー怪人さんのことですから、私が起きる直前に、すでに洗脳補助装置の上蓋を開けておいてくださっていることでしょう。


 中に満ちているジェルを一掻きも二掻きもして、そのまま上に手を伸ばせばカプセルの蓋を開けられるはずです。


 しかし、あえて私は腕を組んだままジェル中に身を沈めたままにいたします。空気を胸一杯に取り込む前に、一つ考えをまとめておきたいことがあるのです。



 つい先程までの記憶は茜さんの入院初日についてでしたわね。このタイミングで目が覚めた理由も何となく分かりますの。

 この日が私の記憶の〝最後〟の中継点ということなのでしょう。


 これ以降は正直苦痛の日々でしかありません。思い出と呼ぶにはあまりに痛々しく、そして苦々しく、出来ることなら今すぐにでも消し去ってしまいたい私の黒い部分そのものなのです。


 ……いえ、実際に綺麗さっぱり消し去っていただくことも可能でした。ですが、あえて私が残していただいた記憶でもあるのです。どんなに辛く悲しくとも、どうしても遺しておかねば気が済まなかった記憶なのです。



「……あんばび(あんまり)びばぶばばいべぶばべ(見たくはないですわね)



 今になって忘れかけていた記憶がふつふつと蘇ってきます。こうして過去を振り返った今では、この先の展開も手に取るように思い出せますの。

 ……どうせなら後々までとっておきましょうか。どのみち嫌でも追体験することになるのですから。


 はぁ、なんだか億劫になってしまいますわね。ラストスパートとは言え、辛く悲しいことが待っていると分かりきっておりますと。




「……ナンダぶるー、今回ハソコカラ出ナイノカ?」


「……いべ、いばべばぶぼ(いえ、今出ますの)おばばべ(お待たせ)いばびばびばばべ(いたしましたわね)



 催促のお声がかかってしまいました。どうやら痺れを切らさせてしまったようです。すみませんの。


 ジェル面に顔を出します。上蓋を取り外し、その更に上に手を伸ばします。手探りでパイプを見つけましたので、大口を開けてそれを咥え込みます。



「おぶぇぇえあああぁああぁッ」


 もう何度目かも分からない胃肺洗浄をいたします。おそらくは次でラストになるでしょうから、そう思えばこの苦悩も許容できましょう。


「ゲホッ……ゲホッ……ふぅ」


 しっかり息を整えてからバイザーを取り外します。目に差し込んでくる外界の光が強烈に視細胞を刺激しますが仕方ありません。私ったら急激な明暗変化に弱いんですの。そんなこと重々に自覚してますの。


 強く目を瞑ったり緩めたりを繰り返しまして、そろそろ慣れた頃合いでしょうか、恐る恐る目を開けてみます。



「ようブルー、お疲れ。精が出るな」


 何故か、装置の下側にご主人様がいらっしゃいました。


「あら……こんなところで奇遇ですわね。お散歩ですの?」


「バカ言え、お前の様子を見に来たんだよ。さすがに放っておけないだろ」


「うふふ。お優しいんですのね」


 ご配慮痛み入りますの。それとも監視のおつもりでしょうか。私、過去の記憶を遡ったところで反旗を翻すようなことをするつもりはございませんのに。まったくマメな方ですわね。


 ……そんな些細なことよりも。

 もっと気になることがあるのです。


「どうしてご主人様は、そんなあられもないお姿をしていらっしゃいまして?」


 総統閣下様ったら、洗脳補助装置の目の前で素っ裸で仁王立ちなさっておりますの。下半身の漢の勲章が丸見えでございますの。眼福ですから別にいいんですけれども。

 残された軍帽だけがヤケにチャーミングに映りますわね。


 隠す素振りを微塵も見せず、堂々とご主人様がお答えなさいます。


「ここに来る途中、レッドの奴にひん剥かれたんだ」


「あら……それはその、ご愁傷様で」


 あの子ったらここ最近は思い付いたら即行動の猪突猛進っぷりですものね。自由を存分に満喫なさっておりますの。よほど心のストッパーを無くしていらっしゃるのでしょう。うふふ、後でさすがに叱っておきませんと。



「そんなことより……いいのか。この先に待ってるのは……お前にとって、トラウマそのものなんだぞ」


「ご心配なく。元より覚悟の上ですの。それに既に踏ん切りはついておりますからね。

今更駄々を捏ねたところで過去は変えられませんし、今更この身が清く元通りになるわけでもございません。

あくまでこれは……変わり映えのない毎日に与える為の、ちょっとした刺激用ですの」


「あんまり自分を追い込むなよ」


「あら、プニポヨみたいなこと仰……コホン。いえ、なんでもありませんわ」


 私ったらまた懐かしい名前を。


 いえ、懐かしさだなんて輝きに満ちた言葉は、とうの昔に私の中の怨念と憎悪が燃やし尽くしておりますの。あんなマシュマロ饅頭たちのことなんか……思い出したくもないのです。


 私の大切な人を……家族を罠に陥れた罪を、決して許しはいたしませんわ。




 さて。息抜きは終わりにいたしましょうか。そろそろ私の記憶にも決着を付けましょう。



「ローパーさん。続きをお願いいたしますの。もしよろしければご主人様もそちらで見守っていてくださいまし。もうそろそろ終わるはずですから」


「無理だけはするなよ」


「無理も何も……一度経験したことですので」



 外したバイザーを再装着し、洗脳補助装置の上蓋をゆっくりと閉じていきます。同時に装置内には新たなジェルが注がれていき、数秒も経たないうちに中を完全に満たしてしまいます。


 特異な浮遊感の中、肺と胃に酸素供給ジェルを取り入れていきます。



 さぁ、正真正銘これで最後ですの。結末まで一挙垂れ流しの大放送ですの。気合いを入れますのよ蒼井美麗! ラストスパートですのっ。



 断じて誇られるべきではない私の過去を。

 決して振り返るべきでもない私の記憶を。

 今こそ紐解いていくときなのでございます……。










――――――

――――


――





 

 

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