…………私、頑張ってますの?
車に駆け戻りますと、メイドさんが後部座席のドアを開けてくださいました。身を屈めて中に乗り込みます。
「小暮様のご様子、いかがでしたか?」
席につく最中、運転席から振り返るようにしてメイドさんから質問を投げかけられました。シートベルトを締めながらお答えいたします。
「あんまり芳しくはなさそうでしたわ。まだ目を覚まされていないようですの。今後もしばらくは様子見が必要とのことで……」
「そうでしたか……。小暮様、お元気さが取り柄のような方でしたのに……」
心底心配そうな顔で共感してくださいます。その顔を見て、私もまた現実を再認識してしまいます。もう一度物寂しい気持ちになってしまいました。
一度は吹っ切りましたが、やはりあの子の側を離れたくない、という思いが生まれてしまいます。今回はプニにお任せいたしましたが、私ももう少し見守って差し上げるべきだったのでしょうか。しかし今更また病室に戻るわけにもいきません。
「あの、よろしければ、また連れて来ていただいてもよろしくて?」
「もちろんです。いつでもお声がけくださいませ。では、一度我が家に戻りましょうか」
「ええ、お願いいたしますの」
私の声にメイドさんが正面に向き直り、車のエンジンを掛けなさいました。細かな振動が私の体を揺らします。バックでゆっくりと発進なさいます。
名残惜しげに窓の外の病院を振り返り眺めます。そこでようやく日がだいぶ傾きつつあることに気が付きました。家に着く頃には完全に真っ暗になっていることでしょう。
聞き慣れたエンジンの音を耳にしながら、私は座席の背もたれに身を預けてようやく一息つきます。病院から離れますと、どっと疲れが溢れてきてしまいました。
「…………ホントに、長い一日でしたの」
自然とため息も溢れてしまうものです。
カボチャ怪人を倒してやっと一段落つけるかと思いましたのに、その直後に茜さんが倒れたり、フルーツ怪人からの宣戦布告があったり、お見舞いに赴いたりと……次から次へと物事が畳み掛けて参りまして、もはや脳の処理が追いついておりませんもの。
このままパンクさせたまま走り続けていては、必ずどこかでボロが出てしまいまそうです。今はなんとか落ち着けているようでも、きっとベッドで横になって、本当の意味で冷静になったとき、平静を保っていられるかは分かりませんわ。
遠巻きの街並みが目に映ります。
既に葉の落ちてしまった街路樹の隙間から、ちらほらと薄暗い街灯が見えました。どこか物寂しげで力なくて、憂いを感じてしまいます。
そのうちに、窓ガラスには雨がパラつき始めました。次第に雨粒の量が増えていき、外の風景をまたじわりじわりと滲ませていくのです。
今は車のエンジン音と、パラパラと天井に降り注ぐ雨音と、定期的に左右に揺れるワイパーの音だけが私の耳に届くようになっておりますの。
「……ねえ、ポヨ」
ふと、孤独感に苛まれて誰かに声を掛けたくなりました。メイドさんでもポヨでも、どちらでもよかったのかもしれません。
「ん、どうしたポヨか?」
私の顔を見上げるようにして応えてくださいます。すみませんわね、気まぐれに付き合わせてしまいまして。
「…………私、頑張ってますの?」
「おま、何を言ってるポヨか。最初の頃の自分を思い出してみるポヨよ。何にも出来なかった小娘が、今やこの町一番のエースポヨ。大黒柱ポヨ。唯一無二のキーパーソンだポヨ」
箔を押すように励ましてくださいます。
「そう……少し、安心いたしましたの……」
ゆっくりと目を閉じます。
「美麗、もしかして眠いポヨか」
「ええ……ほんの、少しだけ……」
ほんの少しという言葉とは裏腹に、徐々に意識が薄れていくのを感じます。なんとか目を開けようといたしますが、瞼もかなり重くなってしまいました。きっと一分と保っていられないと思いますの。
体に感じる心地の良い揺れと、この身に蓄積された疲労とが私の思考を急激に鈍化させていきます。オレンジ色の車内照明もあまり気にならなくなってきました。
斜め掛けのシートベルト側に首を倒し、フカフカの背もたれに体重を預けます。
「……あの、お家に着いたら、起こしてくださいまし」
「かしこまりました。お嬢様がお風邪を召されませんよう、少し暖房を上げておきますね」
「……ありがとう……ございますの……」
実際のところ、この眠気が体の疲労によるものか、それとも精神の疲弊によるものなのかは皆目検討もつきません。ただただ重い体のせいで記憶さえも混濁していき、夢とも現実とも分からない、ふわふわとした感覚に陥ってしまいます。
つい今の今まで明確に起きていたはずなのに、今まで見ていた景色が全て夢だったかのような、そんな朧げで曖昧で奇妙な感覚ですの。
まるで、今の自分は本当の自分ではないような……。
あれ……私、何を言ってますの……?
早々に寝ぼけ始めているんでしょうか。
ゆっくりと目を閉じる最中、最後に窓ガラスに反射する自分の姿が映ります。どこかまだ幼げで、無垢で、未だ汚れを知らなそうな容姿です。
愛おしさと、哀しさと、少しばかりの懐かしさを覚えながら……錯綜する認識を他所に、やがて私は、完全に意識を手放してしまいました。
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