これ完全にマイっちゃってるプニね
我が家がとても遠く感じました。着いて早々にメイドさんの姿が視界に映ります。
いつものように、玄関先でずっと私の帰りを待っていてくださったようでした。
「……ただいま、ですの」
「おかえりなさいま……せ?」
私の顔を一目見、メイドさんが固まります。
そうして私の顔をジロジロと見つめなさっていらっしゃいます。
どうしたんですの。私の顔に何か付いてますの?
「あ、いえ、すみません。その……お嬢様が、今日はやけに淡白だなと。いつもはもっとこう……感情といいますか、思ってることが全部顔に出ていらっしゃるものですから、つい」
「ちょっと、疲れてしまっただけですの。お気になさらず」
「まさかロクなツッコミも出てこないとは……!?」
驚かれているところ大変申し訳ありませんが今は全くそういう気分にはなれないのです。
小さく一礼をして彼女のすぐ傍を通り過ぎます。
いえ、通り過ぎようとしたその最中でした。
腕を掴まれて動きを遮られてしまいます。
グイと手を引っ張られ、勢いでまた正面を向く形となりました。
「お待ちくださいませ。お嬢様」
「……なんですの」
そっぽを向いたまま、答えます。
「やはり、何かあったのではございませんか? 私めでは、そんなに相談相手として足り得ませんか?」
「いえ、決して、そんなことは……」
「であれば、是非とも私めにお話くださいませ。どんなに時間が掛かっても構いません。お言葉を選んでいただいても、そのまま直球勝負でも。
全部お嬢様の言葉で、お気の済むまで、お心の内をお吐き出しくださいませ。私めはどこにも行きませんから」
真っ直ぐな瞳が私を捉えます。全てを見透かされそうな真剣な眼差しです。しかし不思議と冷たさはありません。
むしろ優しくて温かみのある、そんな柔らかい雰囲気さえ感じてしまいました。
「……美麗。今だけ許すプニ。全部聞かなかったことにしてやるプニから、好きなこと、言いたいこと、全部吐露してしまうがいいプニよ」
肩に乗るプニが今まで聞いたことのないような優しい声で語りかけてくださいます。
お二人の言葉に早くも凍りついていた心が溶け始めてしまいました。
「……う、うぅ……うぅうう……」
張り詰めていた緊張が内側から一気に緩み抜け出していくような感覚です。自然と溢れゆく涙に合わせて、私の中で何かが弾け、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていきます。
「……そのっ……あかっ……茜さんがぁ……っ」
辛うじて繋ぎ止めていた感情のダムが崩壊するのに、あまり時間は掛かりませんでした。
――――――
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――
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「なるほど、大体は理解いたしました。まぁ大方の情報はなんとなくで察しておりましたし、お嬢様が裏であれこれ活動していたことも充分認知しておりましたし。
ですがこうして直接お話いただいた以上、これでようやく私めも事件の当事者になれた、と。
そういう認識でよろしいんですのよね、プニ様、ポヨ様?」
うぅう……茜さんがぁ……茜さんが意識ないんですのぉ……。また元気に笑ったお姿が見たいんですのぉ……。不安で不安で仕方ないんですのぉぉ……。こんなの、嘘ですのぉ……。
「本来であれば完全な部外者ポヨには首を突っ込んでほしくないポヨが……美麗がこんな状態だからポヨね。今回は特例中の特例ポヨ。少しでも変な動きしたら即刻対処させてもらうポヨよ」
「……今はあんまり美麗の気に触るようなこと、言わない方がいいプニよ……」
「こういうのは始めが肝心ポヨ。舐められてしまってはヒーロー連合の名が廃るポヨ」
「うぅ……うぅええ……茜さぁん……」
どうして、どうして貴女はそういつもいつもご無理ばっかりなさるんですのぉ……お辛いならお辛いと、なんですぐ私にご相談してくださらないんですのぉ……。
そんなに私が頼りないんですのぉ……? 信用できないんですのぉ……? 当てにならないんですのぉ……?
うぅぅ、教えてくださいましぃ……。直せるところはちゃんと直しますの……。言いつけだってきちんと守りますのぉ……。
だからぁ……早く戻ってきてくださいましぃ……
すぐにでも無事のご連絡くださいましぃ……。
「あー、これ完全にマイっちゃってるプニね。一度風呂でも布団でも放り込んで休ませたほうが良さそうプニよ。変身装置のプニでもそう思うくらいに、ちょっと同情してしまうプニ」
「はぁ……正義の味方なんだから仕方ないのにポヨ。自分で選んだんだから少しは責任持ってほしいポヨ。相棒として不甲斐ないポヨよ」
「まーたそういうこと言うと……ほらプニ」
うぐっ……ひっく……茜さぁん……茜さぁん。
寂しいですの……悲しいですの……。
一人で戦うのは……もう嫌なんですのぉ……。
「そんなにお辛いなら、もういっそのこと逃げ出してしまえばいいではありませんか」
「ば、馬鹿なこと言うなポヨ。そ、それはもっと困るのポヨ!」
「ポヨの言う通りプニ。流石に困るプニよ……。ただでさえ茜が完全にダウンしてるのプニ。美麗まで居なくなったら、いったい誰がこの町を守るプニか」
「そうは仰いましても、正直私めの知ったことではないのでございます。……というのはさすがに無責任な発言だと勿論の事分かっておりますよ?
しかし正直にお伝えしましても、私めにとってはこの町の安全よりも世界の平和よりも、何よりもお嬢様の方が大事なのでございます」
……ぐちゃぐちゃと掻き混ざる感情の最中、突然ふわっと、後頭部のあたりに温かいモノを感じました。
すべすべとした何かが、サラサラと私の髪の毛を梳いていらっしゃいます。
優しくて、なんだかとっても落ち着いてしまう、これは……細くてきめ細やかなお肌の、メイドさんの御手でしたの。
「……それにほら、お仕えする方がこうも毎回ダメ人間になられてしまっては、私の手がいくつあっても足りませんからね。まして……いつまでも撫でて差し上げられるほど、時間は無限ではございませんし」
突然に撫でる手が止まります。うー、物足りないですの。さっきと言ってることが違いますの。
どんなに時間がかかってもって仰ったじゃありませんのー。まだまだ全然足りないですのー……。
抗議の目を向けてみましたが効きそうにありません。むしろ今度は私の頬をむにむにと撫でたり引っ張ったりとを黙々と繰り返されてしまいます。
じ、地味に痛いですの。止めてくださいまし。
「うふふ。とにかく冗談です。私めはお嬢様の辛そうなお姿を見たくないだけですよ。できれば毎日何事もなく、ただ笑って過ごしていただきたいだけなのです」
「うっ、うぇぇええぇぇぇえ……」
「ほーら、だからもう泣くのはおやめくださいませ。これ以上涙を流されては服がビショビショになってしまいます。あと、そのまま鼻をかんだりしたら私本気で怒りますからね」
「うっ……」
あ、危なかったですの……! 首の皮一枚繋がりましたの。すんでのところで止めて正解でしたわね。
本気のメイドさん、ホントのホントに怖いんですもの。
鬼も仏もまとめて逃げ出してしまうほどの阿鼻叫喚度合いですもの。
「コホン。ともかく、小暮様が心配なのは私めも同じでございます。お嬢様、そしてプニ様ポヨ様。私の力が必要になる際はいつでも何なりとお知らせくださいませ。黒塗りの高級車で何処へでもお連れいたしますし、お呼びとあらば如何なる場所にも駆け付けさせていただきます」
メイドさんがにこやかにお続けなさいます。
「本音を言えば、私もずっとお留守番というのは寂しかったのです」
……まったく。どこまでも調子のいい方ですの……っ。