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幸せって、何なのでしょうね

  

「…………すまんプニ。やはりプニが引き留めるべきだったのプニ」


 震えた声で、彼は続けます。


「今の茜はとても戦える状態ではなかったプニ! 壊れかけの体に鞭を打って、ごまかしごまかし戦ってくれてたんだプニ! こんなことになるくらいなら……っ!」


 その身をわなわなと震わせて、小さな体がより一層こじんまりとして見えますの。


「…………茜さん。やっぱり大丈夫じゃなかったんですのね」


「…………本来であればまだ安静にしていなければおかしい体調プニ。けれど今日、プニが今までで一番強い反応を感じたとき……つい表情に出してしまったプニ。

……茜は元々勘の鋭い子プニ。あの子に問い詰められたら、黙っているわけにもいかなかったプニよ……! だから!」


 彼女に詳細をお伝えしてしまった、と。茜さんが応援に駆け付けてくださったのはそういう経緯だったんですのね。


 プニはこちらを振り向いて悔し涙を流されました。自らに向けた怒りをどうにも放出できないのか、ただただもよもよと小刻みに震えていらっしゃいます。



 そっと、後ろから掬い上げて差し上げます。


 茜さんが来てくださらなかったら、おそらく私の身は無事では済まなかったでしょう。あなたにお知らせいただけなかったら、最悪私は死んでいたかもしれません。


 だから悔やまないでくださいまし。茜さんも自分の身を挺してまで私を守ってくださったのです。だからここに私が居られるのです。


 ……あの子の為に、今の私は何が出来るのでしょう。



「……カボチャ怪人に勝つ為には仕方がなかったポヨよ。茜が居なければやられていたのは美麗ポヨ。茜が、犠牲になってくれたのポヨ」


「ポヨ! アナタそんな言い方!」


 犠牲だなんてそんな……そんな悲しい言い方しなくてもいいではありませんのっ……!


 今回助けていただいたのは他でもない私なのです。犠牲のおかげで助かった命なんて、もぎ取った勝利だなんて、そうは考えたくないですの! 私ちっとも嬉しくありませんの!


 胸元のポヨをキッと睨み、握り締めます。


「うっ……すまんポヨ。つい口が滑ったポヨ。許してくれポヨ」


 私の意図を多少は理解してくださったのか、ポヨは申し訳なさそうに小さく点滅なさいました。



「……けど、実際問題、現実はあまり変わらんのポヨよ……」


「それは確かに、そうなんですけどもぉ……」


 思わず涙が滲んでしまいます。高熱をお出しになった際はまだ側に居て差し上げることができました。けれど今は、居場所も分からぬ遠いところに搬送され、事態も状況も何も分からないままですの。


 この私にできることは、ただ祈ることです。ですが、心の拠り所がどこにもないのでございます……。



「……とにかく、今はヒーロー連合本部からの通達を待つ他ないプニよ。いつでも動けるように、心と体の準備をしておくのプニ」


「まぁ心配するなポヨ。連合の医療設備は折り紙付きポヨ。最新鋭で最先端の、時代の先を行く機器機材が揃い踏みポヨ。そんでスタッフも凄腕のベテラン揃いポヨ。だから今は安心して……帰るポヨよ」


「ええ……そう、ですわね」


 力の入らない足を叩き起こし、震える手で地面を押し返します。ようやく足裏が地面を捉えようとした、そのときでございました。






「フゥン、アナタが野菜の連中を壊滅させた魔法少女さぁん? なぁんだ、やけに弱っちそうじゃなぁい?」


「……ッ!? 誰ですの!?」


 明確に敵意を感じられる女性の声が耳に届きました。甘ったるく耳障りな声が駐車場に響き渡ります。


 次から次へと、こちらの都合もお構いなしに……!


「どこから喋ってるんですの。姿を表しなさいまし!」


「いいわよぉん?」


 私の声に反応してか、目の前の地面からビチビチビチィと、オレンジ色の液体が溢れ出してきました。一瞬地響きが起きたかと思うと、次の瞬間には間欠泉のようにドバドバと噴き出して辺りの地面を濡らしていきます。


 念のため警戒して塀の上に避難いたします。



 辺り一帯には甘酸っぱい匂いが広がっております。ツンと鼻に抜けるこれは……柑橘系の香りでしょうか。件の間欠泉の根本には、先ほどまでは居なかったはずの人影が立っておりました。


 これまた異様な姿なのです。黒い全身タイツに、頭部がオレンジ色の球体ですの。厚みのある皮は意外に固そうで、かなりの防御率がありそうです。色艶見た目、どれをとっても今までの野菜には見えません。



「こんにちわぁ青い正義の魔法少女さん。アタクシはトロピカルなフルーツの怪人組合、トップのオレンジ・ネーブル様よぉ〜」


 腰回りを強調した奇妙な立ち姿をなさいます。


 えっと、フルーツの怪人、ですって? 


 頭の理解が追いつきませんが、とにかく即座にステッキを生成して身構えます。変身を解除していなくてよかったですの。

 あんまり気が乗りませんが、新手とあれば容赦はいたしません。



「あらぁん? ダメよ女の子がそんな怖い顔しちゃあ。んまっ、今日は挨拶に来ただけだからこちらに戦う気はないけどっ? そっちがその気ならお相手してあげるわよん?」


 指先から真上に向けてオレンジ色の液体を吹き出します。新春の水芸のようです。


 正直、魔法少女としては当然見過ごせないのですが、私個人としては……今はそっとしておいて欲しいですの。悔しいですがゆっくりとステッキを下ろします。


 私の意を汲んでくださったのか、プニもポヨも何も仰いませんでした。



「素直でオネエさん嬉しいわぁん」


「……襲撃は、これで終わりではなかったんですの?」


「ウフフフフ。確かに野菜勢は全滅しちゃったみたいだけどぉ、なにも怪人全員が滅んだとは誰も言ってないはずよぉ? 

アタクシたち、目障りだった連中を片付けてくれて、アナタたちにはとぉっても感謝してる。けれど、変わらずコッチも邪魔立てしてくるつもりなら、決して容赦してあげないんだからぁん」


 やけに胸元を意識させるようなポージングをしていらっしゃいますが、腹立たしい光景でしかありません。


「んじゃまた、そのうち戦場で会いましょう〜? アァーディオースっ、チュッ」


 一際大きい間欠泉の噴き出しの後、引き起こされた果汁の津波と共にオレンジ怪人は姿を消されました。

 肌に感じる空気感で奴の気配が無くなったことを悟ります。とりあえずの危機は去ったと言えましょうか。


 ……しかし。


 一瞬で水浸しになってしまった駐車場跡を眺めながら、私は……半ば絶望にも近しい思いを抱いてしまっております。


 もはやこれは一難去ってまた一難どころの話ではないのです。私たちの多大なる時間と体力を引き換えにようやく野菜怪人を退けられたというのに、少しの落ち着く間もなくまたこの襲撃ですの。私にはもう、穏やかな時間というものは訪れないのでしょうか。


 胸の宝石をゆっくりと握り締めます。今度はキツく締め上げるのではなく、こちらから寄り添うように……いえ、むしろ共に寄り添っていただけるようにと、そんな思いを込めての行動です。



「……今なら新手の敵に間違いないポヨね。只今連合内のデータベースを照合してるポヨ。同じく新興勢力の怪人組織みたいだポヨが……詳細は不明ポヨ。過去の活動範囲にこの町は入っていなかったはずポヨが、もしかしたら勢力を拡大したのかもしれんポヨね。とにかく数日は警戒していたほうがよさげポヨ」


「………………はぁ」


「ため息つくと幸せ逃げるポヨよ?」


「……幸せって、何なのでしょうね」


 私にはちっとも分かりませんの。求めたものが返ってこない虚しさに、どうしてか言いようのない孤独感を感じてしまいます。



 私は終始無言のまま、無感情に帰路を辿りました。

 

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