あー……よかったぁ
青白い光が剣閃となって、カボチャ怪人の背中に一直線に刻み込まれていきます。光に触れた肉体が瞬時に光粒となって霧散していくのです。
どうやらこの剣閃は浄化の光の役割も秘めているようですの。今までとは違って無抵抗な相手だけでなく、今まさに戦闘中の相手にも向けられる強力な武器と化しております。
「バカ、なッ……!? この私が……魔法少女なんかにッ……!?」
カボチャ頭が身を捩って逃れようとなさいますが、レッドがガッチリと押さえつけてそれを許しません。
「堪忍なさいまし! アナタ方野菜怪人の悪行もこれで終わりです! 私たちが居る限り、悪いことなんてさせませんわ!」
「ぐぅぅぅあ……ッ!?」
私もここぞとばかりにステッキを押し付けます。前からは絞め技を、後ろからは剣閃を同時に浴びせられてしまってはさすがのアナタでも耐えられないはずですの。
やがて、剣閃に沿って彼の肉体が綻び消滅していき、見事に上半身と下半身に分断されました。今はどちらも力無く垂れ下がっております。じわじわと光と化す箇所が広がっていってますの。意識のあるまま浄化される気分はいかほどなのでしょうか。
「最期に、何か言い残すことはありまして?」
変わらず彼の背中にステッキを突き付けながら、問いかけます。
「……フヒ、フヒヒヒ、ヒヒ……。私の野望はついぞ途絶えてしまいましたが……貴女方正義の存在が常に世の表側にあるように……悪の怪人もまた……絶えず世に裏側に生まれ出ずる存在なのですよ……カハッ……」
吐血するかのように青白い光を吐きながら、息も絶え絶え言葉を発されます。抽象的で、虚な表情で、何を仰りたいのかはまるで分かりませんが、どうしてか私の心に一抹の不安をよぎらせます。
か細く震える声でカボチャ頭が続けます。
「……これから起こるは……均衡を失った裏世界の勢力争い……それが、何を……意味、するのか……せいぜい後悔するが、よろ、しい……」
「所詮は負け犬の戯れ言プニ。覚醒した魔法少女に、叶う奴なんていないプニよ」
プニの威声に合わせてレッドが噛みつきを解除なさいましたが、カボチャ怪人にはもう指パッチンするほどの力は残っていないようでした。
「……フヒ、ヒヒ、ヒ……」
ただただ乾いた笑い声を発しながら、まもなく肩口から顔部分にかけても光の粒となって空に昇っていきました。終始不気味な微笑みを浮かべたまま、やがて彼の体は完全に消滅なさったのです。
私もレッドも、光の粒子の向かう先、空高くを見上げます。厚く覆われた雲に吸い込まれるようにして光粒が消えていきます。最後の一粒が見えなくなるまで、私たちはずっとその場におりました。
「……お疲れのところ悪いポヨが、残りの怪人も早く消し去るポヨ」
「ええ、そうですわね」
ポヨにそう諭され、私はふぅと一息つきます。できれば一度座って休みたいところですが、まだ変身は解除できません。
地面を蹴って、ピーマンとトウモロコシが埋まる瓦礫近くに降り立ちます。手に持つステッキを瓦礫の山目掛けて一薙ぎいたしました。杖先から光の衝撃波が飛んでいき、当たった箇所を眩く照らします。
間もなくして瓦礫の山がガラガラと崩れ出します。下敷きになっていた怪人たちが消え失せ、空いたスペースにコンクリ片が雪崩れ込んでいったのです。
まるで土葬しているような気分ですの。手を合わせるまではいたしませんが、これでようやく終わったんだなと実感するくらいには憐れみの気持ちも生まれてきてしまいます。
振り向くと、レッドが小さく手を振っていらっしゃいました。ようやくステッキを解除して、その側に駆け寄ります。
「今日は本当に助かりましたわ。あのままでは、私」
「いいっていいって。大事が無くてよかったよ、うんうん」
腕を組み、満足げに首を縦に振っていらっしゃいます。
「……それにしても……」
――突然、茜さんが変身を解除なさいました。
「どうしたプニっ!?」
胸元から投げ出されるような形で、プニが地面に放り出されます。彼も想定していなかったようで、着地後すぐに茜さんの方を振り返られました。
「……あー……よかったぁ……間に、合って……」
――ぐらり、と体が傾きます。
「……悪いけど、美麗ちゃん。もう……さすがに、限界みたい……あとを頼むね」
まるで電池を抜かれた玩具かのように、膝からストンと崩れ落ちます。最後の最後で力を振り絞ったのか、地面に接した際の音はやけに静かでした。
肌に一つとして傷を付けることなく、まるで映画のワンシーンのようにバタリと横たわります。
「茜さん!」
見とれている場合ではございません。
「ちょっと! しっかりしてくださいまし! こんなところで休まれてはっ……! 目を開けてくださいまし!」
肩を揺すります。うっすらと微笑みを顔に貼り付けたまま、全く微動だになさいません。それどころか……!
「うそ、そんな……茜さん、息してないですの!」
「た、直ちに本部に連絡プニ! とにかくSOS信号を送るプニ!」
「りょりょ了解だポヨ!」
「美麗は救命措置プニ! 早くプニ!」
「は、はい!」
高熱で倒れた時の方が何倍もマシに思えました。あのときはまだ辛うじて意識はありましたし、命の危険だなんてそこまでの話では……しかし今回ばかりは違います。プニもポヨも、動揺の気持ちを全く隠しておりません。
私も何が何だか分からないまま、プニに指示されるがままに心臓マッサージを繰り返します。まるで今が夢か現実か、自分がどこに居て何をしているのかさえ、半ば上の空のような心持ちになってしまっております。
……どうして、こんなことに……。必死に茜さんの胸を両手で押しながら、空虚な思いだけが私の中を駆け抜けていきます。
間もなくして、遠くの空からバリバリと風を切るヘリコプターの音が聞こえてまいりました。時間としては3分と経っていないはずです。しかし、私にとってあまりに長すぎる悪夢のような時間でした。
その姿形が近づいて来るにつれ、辺りには強い風が吹き荒れます。
ヘリが駐車場の中央へと着陸なさいますと、すぐさま中から白い医療服の男性が二、三人降りてきました。タンカーを持っていらっしゃいます。
「ほら君、もういい、一旦離れて離れて!」
マスクで顔の大半を覆った男性が、私を半ば無理矢理に引き剥がします。
「あのっ! 私も一緒に」
「悪いがそれは出来ない。とにかく刻を争う事態なんだ。後ほど搬送先をその装置に連絡しておくから、君は後から病院に合流しなさい」
「あっ……」
他二人が手慣れた様子で茜さんをタンカーに乗せてヘリへ運び入れると、マスク姿の男性もすぐさま中に乗り込みました。ほんの一分も経たないうちにまた離陸して、どこか空の彼方へと消えていきます。
ぽつん、と。この広い無機質な駐車場跡に私一人だけが取り残されてしまいました。
もはや足腰に力が入りません。とてもではありませんが、立っていられる気力がないのでございます。
ただただ力無く座り込む私と、固まったまま動かない変身装置二体。辺りには沈黙の空気が漂っております。
「…………美麗。黙ってて、すまないプニ」
一人背を向けたままのプニが、ついに重い口を開きました。