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なんということでしょう

 


「あーもうコレ、ホントに邪魔だなぁ……ッ!」


 突如として聞こえてきたのは、心の底から不機嫌そうに呟く茜の苛立ち声でしたの。


 そしてもう間もなく。私が身構える前に。


 ベリベリベリッ、ゴキ、バキャッという……強烈なまでの破壊音もッ!?



「へっ?」


 トタン屋根と鋼鉄製の大黒柱をまとめて叩き折ったのかような凄まじい破壊音が、私のすぐ横から聞こえてきたのでございます!



「あ、どうしよう。壊しちゃったかも。それも壁ごと」


「え、うそ、あなたマジですの?」


「ちょっとだけ力入れたら、そりゃもうバキっと」



 うっそホントのホントに!? 乙女の細腕であの壁を!?


 にわかには信じがたいのです。たしかこの建物、基本は鉄筋コンクリートwith強化漆喰加工の造りになっていたはずでしたけれども!?


 クモ怪人さん製の糸の粘着力もさることながら、それを壁ごと引き剥がしてしまうとは。


 なんたる化け物じみた怪力をお持ちなのでしょう。


 さすが、頭のネジと体のリミッターが外れた女子は一味も二味も違いますわね。


 素直に心底驚いておりますと、そのうちにペタペタとこちらに歩み寄ってくるような足音が聞こえてまいりました。



「えっと美麗ちゃん? もしかしてソレ自分じゃ外せない感じ? 外すの手伝ってあげよっか?」


「え、ええできることなら是非。しかしどうかお手柔らかにお願いいたしますの。間違っても私の腕を粉砕するのだけは止めてくださいまし」


「あははは、あは、あは。そんなのするわけないじゃん。

さすがに分かってるって。あははははは」


「ぜぜぜ絶対でしてよ!?」


 そうは仰ってもあなたの笑い声、いつも感情が伴っていないから怖いんですの!


 冗談が冗談に聞こえませんのっ。


 この子と本気で握手しようものなら、私のお手々なんて丸めた新聞紙よりも小さくクシャクシャに潰されてしまうのではありませんこと!?


 緊張して萎縮してしまう私の細腕に、ほのかに温かくて柔らかな茜の手の感触が加わります。



「……えと、それじゃちょっとだけ痛いかもだけど我慢してね。……よい、しょっと」


 茜の引っ張る力に応えるかのように、拘束糸がビチビチギチと鈍い音を立てております。



 え、あ待って、痛い、うそこれ本当に痛い。

 え、待って、待って待って、ちょ、え、え? え!??


 腕が? え? 粘着糸に、え? 壁、あ、ええ!?



 既に思考が追いついておりませんが、どうやら茜の引き剥がそうとする力と腕に接着する糸の強靭な粘着力とが見事に反発を繰り返し、私の腕の痛覚をダイレクトに刺激しているようです。


 しかしどちらもガッチリと離してくださいません。


 しかもこれ毛根に対して大ダメージですの。

 少しでも生えていようものならきっと接置面ごと根こそぎ奪い取っているレベルですの。


 まぁ幸い私はムダ毛処理をしておりますのでほとんど無問題ですけれどもっ。


 それでも痛いモノは痛いんですのッ!


 もはやそんな思考をしているほどの余裕もございませんでした。



「う、ぐぐぐぐぐぅ……うぎゃああッ!?」


 今耳元からビチビチビチィッ! っていう痛々しい音が聞こえてきましたの!


 ガチめに皮膚が持ってかれる寸前でしたのぉぉ……っ。


 極限にまで張り詰めていた粘着糸でしたが、最後の根比べに負けてくださいました。短く千切れるような形で私の腕を解放してくださいます。


 ううう、皮膚組織がヒリヒリと悲鳴をあげておりますの。


 しかも茜が握っていた箇所も地味に跡になってしまっております。


 本気の本気で軽くゴリラ並みの握力でしたのぉ……。


 しかしまだ救出できたのは腕一本だけなのです。

 残るはもう片方の腕と両足を合わせて、三箇所。


 このままでは同じ苦痛が繰り返されてしまいます。


 これ以上乙女のお肌を虐めるのは、さすがの被虐嗜好持ちの私でもシンドみが深いのです。


 あ、後は自分でやりましょうか。

 腕一本でも自由になればこっちのものですはさ。


 もう茜の我武者羅かつ遮二無二な怪力などを駆使せずとも何とかなるはずなのでございます。


 ふっふん。私も茜ほどではないですが、多少なりとも体のリミッター(・・・・・・・)は外していただいております。


 こんな単純な糸の解除など、小手先の技術があればッ!

 視界を奪われていたとしてもおブランチ前ですのッ!


 ベタつく粘着糸の支点と力点と作用点が手に触れるだけで伝わってまいります。


 さぁさぁ、私の指技、ご堪能なさいましっ!



 と、意気揚々と気合を入れてから。

 やっぱり何だかんだ揉みくちゃに格闘して、数分の末。


 ついに、壁から解放されましたの……っ!


 最後の足の粘着糸を揺り解いたとき、半分宙に浮いていたことを忘れて着地に失敗しかけましたがなんとか大丈夫でした。


 尻餅の痛みは己の勲章と同義なのです。

 こっほん。そういう体裁にさせてくださいまし。


 熱闘のあまり忘れかけていた目隠しも外します。



「……うっ。まぶっ」


 思わず目を細めてしまいましたが、やっぱり目が見えるのって素晴らしいことですわよね。


 さっきまで暗く何も見えない状態でしたので、瞳孔の調節に地味ぃに時間がかかっておりますが、少しずつ視界にクモ怪人さんの陰鬱とした部屋が映り込んでまいります。


 もちろん目隠しによる想像妄想プレイもよいのですが、普段生きるためには視覚から入る情報が欠かせません。感動でございます。


 眼孔の筋肉が充分に落ち着いた後、私は再度辺りを見回しました。



「うっわ、結構派手にやらかしちゃいましたわね……」


 ああ、なんということでしょう。


 リフォームの匠(壊し屋の茜)の手によって、クモ怪人さんのお部屋はあの陰鬱でジメジメとした密封空間から、風通しの良い開放感溢れる素敵空間に生まれ変わっておりました。


 何を隠そうクモ怪人さんの部屋の壁、茜の腕と足の接着していたであろう箇所に、大きな穴が空いてしまっているのでございます。


 まるで巨大なスプーンで抉り取ったかのような椀状の穴跡は、もはや芸術の域を越しておりますわね。


 しかもどうやらこの穴、最深部分は部屋の外側にまで貫通しておりますの。廊下側の光が漏れ入り込んでしまっているらしいのです。


 暗々としていたはずのお部屋が、心なしか明るく照らされております……っ。


 足元に転がるこの破片は、さっきまで茜の腕にくっつけていたコンクリート塊でしょうか。


 ゴトリとその身を床に鎮座させて、その重量感を固く物語っていますの。


 ふふふ。完全にやってしまいましたね。



 もしかしてこれ、まだ私が漏らし散らかしたほうがまだダメージが少なかったのではなくて?


 お小水よりも廊下の後光が漏れ入っている方がずっと大問題なのでは?



「……あー、コレ真面目にやっべぇですの」


 今からルームサービスをお呼びすれば、クモ怪人さんがお帰りになるまでには修理が間に合いますでしょうか。


 未だベタつく腕を摩りながら、私は頭をフル稼働させてみます。


 別に放っておいてもお咎めはありませんでしょうけど、素晴らしい悦楽を与えてくださったクモ怪人さんとは良好な関係であり続けたいものですからね。


 うーん、と頭を抱えようにも、少し曲げるだけで寝違えた首にビリリと神経的な痛みが走ってしまいます。


 こんなときはいっそのこと、お風呂で頭も首も心も、リフレッシュさせたほうがよいかもしれません。


 聞いたところによれば、蜘蛛の糸って熱に弱いらしいですし。ベタついた体の外側も内側も、みんな綺麗に洗い流してしまうのがベターかと思われます。


 ふっ。とにかく今は善は急げでしょう。

 ほら、ボヤボヤしている暇はないのです……っ!



「茜、とりあえずお風呂にでも逃げ込みませんこと?」


「もしかして現実逃避したいの? 私このまま部屋に戻ってもう一眠りしたいんだけどなぁ……」


「そんな全身ベッタベタのドロッドロで何言ってますのッ。ほーら。でないとここの後片付けをさせますわよ? どちらの方がよろしくて?」


「うぇー……分かったよ……行くよー……」


 うふふ。素直でよろしいですの。


 幸いにもお互い粘着糸に塗れているので単なる素っ裸には見えません。上下の秘部もうまい具合に隠れております。


 このまま大浴場に向かっても問題はないはずです。


 たとえ途中で他の怪人さんにすれ違ったとしても、さすがにこんな糸まみれの事後女には誰も手出しはなさらないでしょうし。


 この状況、見られた時点でマズいのですし。

 とにかく細かいことは後で考えることにいたします。


 決して面倒事から逃げているのではありません。

 これはあくまで戦略的撤退なのでございますッ!


 穴から漏れ入る後光を横目に映しながら、私たちはそそくさと隠れるようにしてクモ怪人さんの部屋を後にさせていただきます。


 

 皆さま、お一つ認識を改めてもよろしくて?


 お風呂は全てを解決してくださいますの。

 この薄汚れた悩みからも。そして罪悪感からも。


 ……もう一度だけ言わせていただきますの。

 決して逃げ出したわけでは、ございませんの!

 

 

 

お待たせいたしましたお風呂回

……といいたいところなのですが、

なんと! まだなのです。


お次はちょっとした幕間を挟ませてくださいまし。

 

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