皆の思いをこのステッキに乗せて【挿絵有り】
瓦礫に衝突する直前、ふわっと優しげな香りに包まれたような気がいたしました。
少しでも痛みに耐えようとぎゅっと目をつむっておりましたが、いつまで経ってもその衝撃が伝わってくる様子がございません。
恐る恐る目を開けてみますと……。
「お待たせっ。正義のヒロインの登場だよっ」
「あかっ、レッドさん!? どうしてここに!?」
眼前にはプリズムレッドの愛らしいお顔がございました。いつの間にか体も支えられてしまっておりますの。正確にはレッドに背中から両腕で抱え上げられ……ってちょっとこれ、お姫様抱っこじゃありませんの!?
「ピンチに駆け付けるのが私の役目でしょ? プニちゃんから聞いたの。ここで戦ってるって。あんまり責めないであげてね。ホントに渋々って感じだったから」
その言葉と共に胸元の赤宝石がチカチカと申し訳なさそうに明滅なさいます。後ろめたさからか、言葉は発されませんでした。
レッドが笑顔のまま優しく地面に立たせてくださいます。パッパと埃を払い、改めて正面に向き合います。
「あのっ、お身体は大丈夫なんですの……?」
「私のよりも〜自分のを心配した方がいいんじゃない? ほら、ブルーの膝、こんなにもプルプル震えちゃってるよ」
無邪気な悪戯っ子のようにツンツンと突いてきます。
「こ、これはっ……!」
むむむ武者震いですの。気にしないでくださいまし!
ニコニコ顔で変に回答をはぐらかされてしまったような気も致しますが、正直助かりましたわ。あのままでは私、私……!
いや待ちなさい! 今泣き付くのは早いんですの! 憎きアイツを倒したら、そしたら安心してボロっボロ泣いてやりますの!
「ぜ、全然何ともないですの! とにかくありがとうございましたわ! 気を取り直して一緒に倒しますわよ!」
片手で目元を拭いながら意気込んで差し上げます。
「まったく、素直じゃないんだから」
くすりとレッドさんが微笑みを零されました。その顔を見て、どうしようもなく嬉しくなってしまいます。やっぱりこの感じ、安心いたしますわね。
お互いに頷き合った後、改めてカボチャ怪人の方に向き直ります。シンクロするかのようにグッと拳を握り締めると、真っ先にレッドが啖呵を切りました。
「ここであったが百年目! やいカボチャ怪人! お前なんかギッタンギッタンのバッコンバッコンに叩きのめして、ドロドロのポタージュ状にしちゃって、そのまま鍋で煮込んで温めて飲み干してやるんだから覚悟してよね!」
どんな相手にでも果敢に挑まれる勇気と、側に居るだけで心の底から湧き上がってくる安心感。そうですの。この感じを待っておりましたの。
周りにも元気を分け与えるような言葉の勢いに、こちらの疲労も吹っ飛んだような気がいたします。
「ついでに輪切りからのイチョウ切りにして、そのまま衣に包んで油でカラッと揚げてやるんですの! ちょっと塩を振りかけたら最高ですの!」
私もテンションを合わせ、同じように捲し立てました。
レッドが居てくださるならどんな強敵だって倒せますわ! ペアでコンビでツインな魔法少女だからこそ感じられる、お互いへの信頼の表れですの。
「フヒヒヒ……お待ち申し上げておりました。ようやく主演が揃いましたね。それでは、これよりショータイムの第三幕の始まりということで……」
「そんな舞台は要らないよ!」
「クッ!?」
跳躍によって一瞬で距離を詰められます。そのまま固めた拳を脇腹に打ち付けられました。無慈悲ですの。
自分は申されるだけ申して、相手の話は一切聞かないこの空気の読まなさ、私には到底真似できません。
正義の鉄槌というよりもはや只の制裁とも呼ぶべき見事な正拳突きに、私はツッコミも忘れて感心してしまいます。
一撃性よりもスピードに特化しているのは、そんな茜さんの素直さによるのかもしれません。
二撃目、三撃目の為に再び跳躍なさいます。
「美麗ちゃん、奴は私が食い止めるから、隙を見て一発デカいのをお願い!」
こちらには背中を向けたまま、瞬く間にレッドがカボチャ頭に連撃を加えていきます。
「そうだプニ! 狙うは短期決戦だプニ!」
「全力でキメるのポヨ!」
「了解ですの!」
先程は奴にかわせるだけの余裕を与えてしまいましたからね。レッドさんが注意を引いてくださるのであれば、私は安心して力溜めに集中できますの。
たとえこの戦闘にレッドさんが加わったとしても、力の差を考えれば状況はジリ貧のままなのです。攻撃に耐え続けるだけではトマトとの初戦時とあまり変わりはございません。
私たちの唯一の勝機は一撃必殺を当てることです。できる限りの全力を彼にクリーンヒットさせ、一発KOに持っていくのです。
今回は私がその役割を担います。責任重大ですが、レッドが共に戦ってくれるのであれば不安なんか一ミリも沸いてきません。
背中を任せてくださる事実こそが私に自信と喜びを、そして前を向く力を生み出させるのでございます。
私はもう一度ステッキを握り締め、同じくそっと目を閉じ、溢れんばかりの〝思い〟の力を込めていきます。ゆっくりと、そしてじっくりと、必要のない外界の感覚は全て遮断して、ただ念じることに集中いたします。
瞼の向こう側に確かな青白い光を感じますの。豆電球ほどしかなかった朧げな光が、徐々に焼き付くほどの強い光に変わっていくのです。
やがてその発光が限界まで高まったと確信したとき、私はゴクリと息を呑み、開眼いたしました。
「……こんな感覚……初めてですの……!」
ステッキから溢れる光が私の体をも包み込んでおります。私自身も同じように明るく光り輝き、それに伴って手の感覚も足の感覚も、全てが羽のように軽くなっているのが分かりますの。
遠巻きで戦っているレッドとカボチャ頭の姿が少しスローにさえ感じてしまいます。感覚が極限にまで研ぎ澄まされ、二人の息遣いが手に取るように分かります。
まるで私だけ、時間の流れが早くなったかのような、そんな奇妙な感覚です。これが本当の極限開放なのでしょうか……!?
ちょっと地面を蹴り出しただけで、いとも容易くお二人に近付けてしまえます。
駆け寄った私に気が付いたのか、レッドが突然にその攻撃を止め、絡め取るようにしてカボチャ頭の両腕にしがみつきました。指パッチンできないよう、右手側には自らの指を絡み押し当て、左手側にはそのままガブリと噛み付いていらっしゃいます。
「クゥ……ッ!? 卑怯ですよプリズムレッド! 離しなさいッ!!」
カボチャ頭も私の放つオーラを察知したのか、絡み付くレッドを剥がそうと躍起になっていらっしゃいます。空いた両足で必死に蹴り外そうといたしますが、彼女は微動だになさいません。
「ヤらほっら! はほえほろうれあもえようろみあはえようろ、えっらいりはらひれやるもんは! おれあいウルー! ほれれ、おありり!」
「お任せくださいまし」
正しく聞こえずとも分かります。こんなにも体を張っていただいているのです。ここでしくじるわけにはいきません。
ジタバタともがくカボチャ怪人の背に回り込み、縦振り上段の構えで大きくステッキを掲げ上げます。
私の、茜さんの、プニの、ポヨの、皆の思いをこのステッキに乗せて。
「一刀両断、ですのぉおおお!」
ステッキを刀に見立て、カボチャ怪人に目掛けてズバシュッと一気に振り下ろしました。