今のは会心の一撃ではありませんよ
ドサリ、というトウモロコシ怪人の落下音が聞こえました。この程度ではまだまだ倒すまでには足りないでしょうが、適切にダメージを与えていけば必ず勝機が見えてくるはずですの。
手応え的にはトウモロコシ頭もピーマン頭も、今の私の敵ではありません。やはり気を付けるべきは主犯格のカボチャ怪人ただ一人です。できれば彼とは一対一にまで持ち込みたいですわね。
パッパと手払いしつつ、次の攻撃の為に姿勢を整えます。怯む相手には追い討ちですの。
すぐさま駆け出し、膝を押さえてうずくまるピーマン頭に一発蹴りを放ちます。イメージはサッカーのPKシュートです。勢いよく飛んでいった先には今まさに立ち上がろうとしていたトウモロコシ頭の姿がございます。
的当てゲームよろしく、ちょうどバッテンの形に折り重なって瓦礫の中へ突っ込んでいきました。間もなくして大きな土煙が上がります。少しの間そこで大人しくしていてくださいまし。一息付いたらもう一人追加して差し上げますの。
そのときでした。パチパチパチ、と私の頭上から拍手が聞こえてきたのです。
「いやはや、流石は数多の怪人たちを退けてきた魔法少女ですねぇ。彼らとはそもそもの実力が違う。お見逸れいたしました」
カボチャ怪人がふよふよと余裕そうな顔で宙に浮いていらっしゃいます。この人にはまだ攻撃を入れてはおりません。
「次はアナタの番でしてよ」
「それは、どうでしょうか」
ふわり、と音も無く地に降り立ちました。あまりに異様な空気に体が勝手に身構えてしまいます。
「やはり雑魚ではなく、私が直々に出なくてはダメそうだ」
そう言うと、彼は視線をこちらに向けたまま首筋から細長いツルを出現させました。何本か束になったそれは、葉先を鞭のようにしならせて瓦礫の奥底へシュルシュルと伸びていきます。
「何を、企んでますの……?」
瓦礫に埋もれた二人を引っ張り上げるのかとも思いましたが、一向にそうなる様子はございません。
むしろ植物が水を吸い上げるが如く、ツルがごくごくと波打っております。ツル先から首元へと定期的にコブ状になって液体状のモノが送られていくのです。
視線の先、瓦礫の隙間から先程吹き飛ばして差し上げた二対の怪人の手が見えます。なんと、見る見るうちにシワシワに干からびていくのです。
しばらくは悶えるように震えておりましたが、やがて完全に動かなくなりました。今や切干大根のようにスカスカですの。
「アナタ、まさか……!?」
代わりにカボチャ怪人から感じる〝圧〟が強くなっていきます。あの白軍服までとはいきませんが、背筋に冷たいモノが走るには十分過ぎる緊迫感です。
これはもしや、お仲間を養分に、自身にエネルギーとして取り込みなさった……とでもいうんですの?
「お仲間を何だとお思いで!?」
「大丈夫、殺したわけではありません。この戦いが終わったらお返しいたします。そもそもの話、優秀な人材以外は最初から無用の長物。旬を過ぎた彼らも、私の力になれて本望でしょう」
けろりと物申されましたが、何を仰ってますのこの怪人は。不気味な笑みを張り付けたまま、カボチャ頭が淡々と続けます。
「ほら、〝冬至南瓜に年取らせるな〟という言葉もありますでしょう? 一番力を発揮できるときにただ全力を出す。至極当たり前のことです。その為には多少の犠牲も付き物なのですよ。
ええ、ええ、幸いにも私は、比較的長持ちする野菜ですからねぇ、フヒヒヒヒヒ……」
「外道ですの。悪党の極みですのッ……!」
茜さんとコンビを組んできた私だから分かります。力とは単純な1足す1ではありませんの。個々が2となり3となり、それが互いに掛け合わさって、初めて何倍もの力を発揮できるようになるものですの。
それだというのに味方から直接力を奪い取るだなんて、そんなの……絶対相容れませんの。
「では改めまして。ショータイム第二幕といきましょう。トリックオアトリート」
パチッという指鳴りの破裂音が聞こえました。と、同時に急に地面の感覚が無くなります。
「へっ?」
頭上に居たはずのカボチャ怪人が、今は私の下にいらっしゃいます。
今度は私と場所の入れ替えですの!?
重力には逆らえずに自由落下してしまいます。乙女の習性か、つい翻ろうとしたスカートを手で押さえてしまいました。
「おやおや……随分と、余裕そうですねぇッ!」
突然目の前に現れたカボチャ怪人から、空を切り裂くような鋭いパンチが飛んできます。落下の最中では左右に避けることも叶いません。一瞬の隙を突かれて、防御も遅れてしまいます。
仕方ありません。腹筋に力を入れま――
「うぐぁっ、おっ……もぉ……ッ!?」
とても腹筋だけで耐え切れるものではありませんでした。カボチャ頭の拳がダイレクトに腹に突き刺さります。咄嗟に力を入れたとはいえ、とんでもない衝撃です。
勢いを殺せず、背中から勢いよく地面に叩きつけられてしまいます。
目まぐるしく景色が変わる最中、胃液の逆流を気合で押さえ、咳むせ返りながらも急いで立ち上がります。このまま追撃を受けるわけにはいきません。半ば転がるようにして体勢を整えました。
「げほっ、げほっ」
「美麗、大丈夫ポヨか!?」
「……ご心配なく……ちょっと油断しただけですの。次はしくじりませんの」
とにかく新鮮な空気を肺に取り込みます。
コイツ、先日のトマト怪人なんか目ではありませんわ。断トツクラスに強い怪人ですの。
先程のパンチだって今まで受けてきたどんな攻撃よりも重い、桁違いの一撃なのです。まさに怪人三人分の力が乗っているといいますか、とても腹筋一つで受け切れそうな代物ではございません。
もし消耗戦になったら、先に力尽きるのは間違いなく私の方ですわ。擦り傷でさえ致命傷レベルですの。
「今のは会心の一撃ではありませんよ。あくまで……フヒヒ、挨拶程度のジャブだったのですが、お気に召されましたか?」
「……ふん、おかげで目が覚めましたの。感謝いたしますわ」
強がりの言葉を吐きますが、頬を伝う汗に焦りの気持ちが表れてしまっております。なりふり構っている暇はございませんわね。
不意打ち、騙し討ち、砂かけ目潰し上等ですの。玉砕覚悟で貪欲に勝ちを拾いに行かなければ、待っている未来は無駄死にただ一つですの。
ここからが正念場ですのよ、蒼井美麗。
「ポヨ。そろそろ解放いけますの?」
「すまんがまだポヨ。確かに今のは痛かったポヨが、さすがに一発じゃ足りないポヨ。
無理難題なのは分かるポヨが、ギリギリまで耐えてくれポヨ。けれど耐えるだけでもダメだポヨ。あくまで互角、でないと発動までにゲームオーバー必須ポヨ」
「ぐぅ、なかなか難易度高いですわね……!」
こんなの初めてですの。牽制でさえ高ダメージに成りかねないキツさだといいますのに、それを正面から何度も耐え凌がなければいけないだなんて。
夜な夜なメイドさんがやっていたTVゲームを思い出します。少しだけ高い場所から落ちても終わり、敵に触れても勿論終わり、例え避け続けていても体力切れで即終わり……。
「それでも、やるしかないですの」
敗走の選択肢はありません。死なば諸共です。必死に前を向く気持ちを奮い起こしますが、緊張で肩が強ばってしまいます。苦戦必須、ですわね。