いきなりやってくる天空カカト落とし
あれからもう一週間が経とうとしております。時の流れというのは本当に恐ろしくて、心の準備と焦燥とを交互に繰り返しているうちに、すぐに決戦の当日になってしまったのでございます。
高鳴る鼓動を胸中に感じながら、私は玄関のドアをくぐります。
「……行ってきますの」
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
お見送りのメイドさんを背後に残し、決意を固めて我が家を後にいたしました。一歩一歩踏み締めるようにして戦場へと赴くのです。
今日も生憎の曇り空です。気温も朝からあまり変わっておりません。突き刺すような肌寒さが私の頭をスッキリと冷ましてくださいます。
「さぁ、いよいよ、ですわね」
道すがら、肩に乗るポヨに話しかけます。
「……うむポヨ。美麗、全部お前にかかってるポヨ。根性見せるポヨよ」
「もちろんですの」
今日は無理を言って朝から学校をお休みさせていただきました。正真正銘、生涯初めてのズル休みです。決闘を控えている身として、始まりも終わりも予想できなかったものですから、これは仕方なくの対応ともいえますの。
ですがこれなら時間を気にせずガッツリと戦えます。私の熱意を察してか、メイドさんも黙って許してくださいました。ご配慮痛み入りますの。
もう一度平和な日常を取り戻す為、私は戦うのです。骨折り血反吐を吐こうとも、無事に勝利してここに帰ってくるのです。既に覚悟は決めました。未練も後悔もございません。
幸いなことにここ数日の怪人の襲来はだいぶ落ち着いた感じでございました。戦闘が全くのゼロというわけではありませんでしたが、それでもゆっくりと体を休められる程度には充分に時間を確保できましたの。おかげで疲労は全く残っておりませんの。万全です。
ただ、体の具合は問題ないとしても、メンタルの方はまた話が別です。こちらの一抹の不安は拭い切れてはおりません。
戦う意志を固めたとはいえ、全ての感情の整理を出来たと言えるほど、私はオトナではないのです。いつまで経っても心のうちにある恐怖からは逃れることは叶いません。
そして何よりも、今戦えるのは私ただ一人だけだという事実もございます。予め決めていたこととはいえ、直面してしまうとやはり身震いしてしまいますわね。
今回は全部、私の手で何とかするしか道は残されていないのです。万全でない茜さんを巻き込めるはずもありません。今更怖気付いて何になりますの。
結論から言うと、茜さんの復帰は到底間に合いそうにありませんでした。
あの後すぐに体調が好転するような様子はなく、二日かけてようやく辛うじて立ち上がれるくらいに、それからまた二日程経ってなんとかギリギリ歩けるまでに回復はなさいました。しかし、それだけなのです。
私生活を送る分には問題なさそうですが、未だ体育の授業などはお休みになられております。酷使に酷使を重ねた結果、やはり茜さんは心身共に完全にボロボロの状態だったということですの。
激しい運動が以ての外だというのに、どうして怪人たちと熾烈な戦闘を繰り広げられましょうか。鎬を削って争えますでしょうか。
たとえ本人がそれでも戦うと懇願なさっても、頑なに拒む他に選択肢はございませんわ。今後のことを考えたら、内緒にしておくのが彼女の為なんですもの。
「行きましょう。これで終わりにするのです」
「……ポヨ」
茜さんもプニも、今日はご自宅でお留守番していただいております。特にプニには怪人の反応があっても決して知らせないよう、何度も何度も釘を刺しておきました。
背後を気にせず戦えるだけラッキーと思うことにいたしましょう。
大通りから外れて路地裏に入り、廃工場までの最短ルートを突き進みます。やはりこの辺には人通りはありません。全体的に薄暗く、どんよりとした空気が辺りに漂っております。
まるで海外のスラム街に迷い込んでしまったかのようです。無人の灰色の世界がそこには広がっております。
「……既に気配があるポヨ。その数……三つ、ポヨか」
「対多人数戦は初めてではございませんの。こちらが不利であることに違いはありませんが……初っ端から全力で参りましょう。ポヨ。変身を」
「了解ポヨ。いつでもオッケーポヨ」
肩口のポヨを右手で掴み、グッと握り締めながら胸元に腕を寄せます。そして。
「着装! - make up - 」
そのまま握り拳を前に突き出し、勢いに任せてガッツポーズいたします。途端にポヨから放たれた眩い光が私を覆い包んでいきます。すっかりこの体に馴染んでしまった一連の動作ですの。もはや寝起きの寝ぼけ眼のままだってすんなりと行えますの。
それくらいに身に付いた変身なのです。
徐々に光が収まってまいります。膝丈のドレススカート、裾袖のフリル、背中の大きなリボン、胸元の青い宝石、真っ白な杖。
見慣れた魔法少女の衣装です。叶うのならばこれで見納めに致したいですわね。ちょっと勿体ない気もいたします。落ち着いたら茜さんとツーショットの写真撮影してみましょうか。プニポヨが許してくれたらの話ですが。
自嘲気味にクスリと笑いつつ、すぐさま気を取り直して前を向きます。そのまま忍び足で物音を立てず、件の廃工場の駐車場付近へと近付きます。
気配を殺して物陰から内側の様子を伺うのです。何も最初から正々堂々とぶつかって差し上げる必要はございませんの。いくら魔法少女が正義の味方とはいえ、数的にもこちらが不利である以上、多少の不意打ちには目を瞑ってくださいまし。
駐車場の中央には、三人の姿形がございました。それぞれ互いに背中を向けて周囲を警戒なさっているようです。残念ながら死角は無さそうですわね。
一人目は憎き元凶、カボチャ頭の怪人です。地面から30センチほどの高さをふよふよと浮遊していらっしゃいます。
この季節は彼の旬ですからね。舐めて掛からない方がよろしいでしょう。不意打ちを当てたとして、そのまま一撃で屠れるかと問われたら甚だ疑問が残ります。後回しでよろしいでしょう。
お次は二人目。黄色の粒々がビッシリ所狭しと並んでおります。おまけにふさふさの髭を蓄えていて、なんだか熟練感が凄いですの。ええ、どう見てもトウモロコシ怪人です。
トウモロコシって茹でる前は中々硬いですわよね。防御力も高そうなイメージですわ。初撃で何とかするというよりも、削りダメージでじわじわ倒す方が効果的かもしれません。こちらもやはり後回しにいたしますの。
最後に三人目。緑色の顔はやや縦長で、独特の照り艶を放っております。帽子を被っているかと思いましたが、脳天のアレはよく見ればヘタなのでしょうか。
もっと赤や黄色の種類があってもよさそうですが、彼はオーソドックスなタイプですわね。見た感じは紛うことなきピーマンですの。ピーマン怪人ですの。旬は確か……夏でしたわよね。
体表こそ固そうですが、中は空洞で種しか入っていないはずです。当たりどころがよければ一撃貫通も夢ではないでしょう。狙うとしたら、この人が良いと思いますの。
「……ポヨ、チカラ貸してくださいまし……!」
「……任せろポヨ……!」
ぐっと足に力を込めます。地の感触を足裏で確かめつつ、膝をバネのようにして勢いよく跳び上がるのです。
廃工場の壁を盾にしておりますので、大ジャンプした姿を彼らに見られるリスクはございません。
東西南北、それぞれの方位を警戒されているとして、上下のご確認はいかがかしら。いきなりやってくる天空カカト落としに、アナタ方はしっかり反応できまして?
上空で一瞬だけ体が浮いたような感覚になりました。それも束の間に、多大なる重力を見に受けながら猛スピードで下降していきます。
目指すはピーマン怪人の頭の上ですの。
あ、決して上を向いてはいけませんからね。でないと私のスカートの中、くっきりハッキリと見えてしまいますから。