決意の炎
お風呂から上がりました。脱衣所に用意されていたモコモコの部屋着に着替え、私は濡れた髪をそのままに、足早に茜さんの待つ客間へと急ぎます。
頭には一旦タオルを巻いておきます。後で変な癖が付く前にドライヤーで乾かして櫛で梳いて綺麗に整えれば案外なんとかなりますの。そんなことより茜さんの方が何倍も何十倍も優先事項なんですの!
客間の扉を開き、中の様子を確かめます。嬉しいことにすぐに目が合いました。
「あ、美麗ちゃんおはよう。さっきはごめんね。ついフラっときちゃって」
間違いなく目を覚まされた茜さんがそこにいらっしゃいました。バツの悪そうな苦笑いをこちらに向けてきております。
気丈に振る舞ってはいらっしゃいますが、目の下に大きなクマを作って、力無くお布団に横たわっているようにも見えます。とても本調子とは思えません。
しかし。
「うっ……うぁっ……あかっ……あかっ」
凍り固まった私の感情を溶かすには十分過ぎるお姿でした。また貴女の声が聞けて嬉しいです。貴女の笑顔が見れて嬉しいです。
「え? え? どしたの? なんでそんな顔するの!? 全然状況が分からないよ?」
「うぇえええ……茜さぁーんっ……」
耐えられず茜さんのお布団に飛び込んでしまいました。感情の激流が一気に押し寄せてきます。全く涙腺の制御が効きません。
ボロボロと零れ落ちる涙が容赦なくお布団を濡らしていきます。ついさっき温めた手で抱きしめて差し上げると誓ったはずですのに、逆に涙冷やしてしまってどうするんですの。
もう……もう……どうか止まってくださいまし!
「ごめんね、心配かけちゃったね。それはそれとして美麗ちゃん、顔、上げて?」
変わらずお布団に横たわったまま、優しいお声掛けをいただきます。こちらはお布団に顔を埋めたままですの。
「うううー……嫌ですの。こんな顔、絶対見せられませんの……」
「あはは……結構重くて苦しいんだよね……」
ごめんなさいの! けれどもう少しこのままで居させてくださいまし! 私、寂しかったんですの! 不安で不安で仕方なかったんですの!
嫌々と子供のように首を振ります。いつもならこの辺で頭を撫でていただけるところですが、今日は一向にその手が伸びてくる様子はございません。
不思議に思って首を上げてみます。
「あーっとね。もう大丈夫だから安心してねって、ホントは言ってあげたいところなんだけど……さ。正直言うと、身体、まだ全然力入らなくて。完全復活には程遠いみたい」
より一層の苦笑いを浮かべた茜さんの顔がそこにはありました。顔色もいつもよりも青白っぽく、心底辛そうな様子が今になって伝わってきます。
「あっ……と、ごめんなさいですの」
すぐさま茜さんの体から離れます。真横の位置に座り直させていただきました。
「ううん、いいんだ。美麗ちゃんが居てくれて本当によかった。こちらこそ、心配かけちゃったね。ゴメンね」
「何言ってますの。水くさいですの。私と茜さんの仲じゃないですか。お互いに信頼してなきゃ背中なんて預……あ、そうですの! 私、ちょっとだけ怒ってましたの!」
「あはは……泣いたり笑ったり怒ったり。忙しそう」
「もう! 誰のせいで……うふふ」
自然と微笑みが溢れてしまいます。確かに泣いたり怒ったり笑ったり、こんなにも激しく感情を動かせるのかと思うと自分でも疑問に思いますの。
少々はしたないですが涙を袖で拭い、頑張って真面目な顔を取り繕います。そして。
「夜の襲撃のこと、プニポヨから聞きましたわ」
茜さんが倒れてしまったそもそもの原因について、私の方から切り出させていただきます。
「謝るのは私の方ですの。私にお気遣いいただいたばっかりに、貴女が体調を崩されてしまって……。でも、少しくらいご相談いただいてもよろしかったんですのよ? 私ったら、何にも聞かされておりませんでしたから……」
「……うん。元はと言えばさ、私が美麗ちゃんを巻き込んじゃったのが原因でしょ? 魔法少女の活動が、美麗ちゃんの負担になっちゃうのはなんか違うよなーって。それでずっと引っ掛かってたんだ」
心底申し訳なさそうな顔で、茜さんが続けます。
「だからゴメン、私の独断と偏見で内緒にしちゃってた。今回のは完全に私のエゴだし、自己管理も何もできてない弱さの表れっていうかなんというか……うーん。とにかく面目ございません。どうかっ、この通りです!」
ぎゅっと目を瞑って、ぺこりと首だけでお辞儀をされてしまいましたが、確かに誠心誠意の心意気は伝わってまいりました。
反省していらっしゃるようならよろしいのです! 貴女と私は一心同体、一蓮托生、運命共同体の二人で一つの魔法少女なのです! どちらかが欠けても成立しないパズルのピースなんですの!
……コホン。ここで咳払いをお一つ。
「ご安心くださいまし。貴女のせいではありませんのよ」
そのまま頭を撫でて差し上げます。ちょっとびっくりしたような様子でしたが、目を細めて気持ちよさそうに受け入れてくださいます。あ、そうですわ。
「ふっふふーん。そんな茜さんに朗報なんですの。私ったらめちゃめちゃ強くなったんですの! なななーんと!」
「なななーんと?」
「あの時のトマト怪人、本日、無事に倒しましたの!」
「ホント!? あっ痛つつ」
驚きのあまり急に起きあがられようとしましたが、バランスを崩してまたお布団にお倒れになられました。崩れて捲れたお布団を掛け直して差し上げます。
一瞬苦痛に顔を歪められておりましたが、すぐにワクワク期待に満ち溢れた顔に戻られました。
……きっと、そのときの勝ち方については、あんまり触れないほうがよさそうですわね。茜さんの性格的にも、決して良い顔はなさらないでしょう。
ですから今は、貴女に都合の良いことだけを。
「戦いの終盤、敵さんが零しておりましたわ。野菜の怪人もだいぶ数が減ったので、これからは襲撃も控えるって。これってつまり、私たちの勝利ってことじゃありませんのっ?」
半ば嘘をついた形になってしまいました。確かに間違ったことは言っておりません。ほんの少しだけ拡大解釈をしただけです。カボチャ頭が現れて、宣戦布告された部分を伏せてあるだけの話です。
これが……優しい嘘であることを祈るばかりですの。
「……えっと……それじゃもう、私たち、怪人たちに怯えなくていいの? 普通の女子高生に戻れるの?」
すん、と彼女が弱気な部分を見せました。こんな奥手な茜さんは、あの白軍服の襲来時に見た、怯えて泣きじゃくっていたとき以来です。
やはり何事も不安だったのでしょう。ときおり垣間見せるこのお姿こそ、茜さんの本質なのです。普段はただ気丈に振る舞っていらっしゃるだけなのです。
「ええ……きっとそのはずですわ」
優しい微笑みを投げかけて差し上げます。改めてしかと刻み込むんですのよ蒼井美麗! 茜さんに並び立ち、支え助けるとその胸に誓ったのでしょう?
「あと少しの辛抱ですの。残存勢力をサヨナラしてしまえば、あとは丸く収まるはずですの。
だから今はこのスーパー魔法少女プリズムブルーな美麗ちゃんに全部安心してお任せいただいて、茜さんはさっさとお身体を治して元気になってくださいまし」
ぐっと力強いガッツポーズをお見せして、改めてもう一度サラサラと頭を撫でて差し上げます。
「うん……うん、そうだね。えへへ……なんだか安心するね。美麗ちゃんの手」
ピクリ、と手が止まってしまいます。
つい先ほどトマト怪人を殴り殺したこの汚れた手で、茜さんの頭を撫でてしまっているのです。変に動揺を悟られてしまわないよう、あくまで平然を装います。
「あ、当たり前ですのよ。私の手は、勝利の女神に愛された慈愛に満ち溢れた手なのですから」
思わず撫でていない方の手を背中に隠してしまいました。私の狂気は、もう表には出せませんの。
もう後には引き下がれません。こんな弱った茜さんを戦場には立たせるわけにはいきませんの。
これから出てくる敵は全員、この私が全部まるっと片付けて差し上げますの。
未だ赤く腫れ上がったままの拳を握り締め、決意の炎を胸の内に燃やします。
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