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熱ッ……つつつ……はふぅ


 ノロノロとした足取りでしたが、なんとか我が家まで戻ってまいりました。道中のことはあまり記憶に残っておりません。終始地に足が付いていないような感覚でした。



「……ただいま、戻りましたの」


「お嬢様! ご無事で何よりです!」


 玄関にはメイドさんが立っていらっしゃいました。すぐさま駆け寄って手を差し伸べてくださいます。あれから私をずっと待っていてくださったのでしょうか。


「あの、茜さんは?」


「……残念ながら、まだ。けれど確実に回復に向かっておいでです。容体もだいぶ落ち着きましたし、今はよく眠っていらっしゃいます。このまま何事もなければ、そのうちには目を覚まされるかと」


「……なら、よかったですの」


 今すぐお話が出来なくて残念に思う私と、こんな姿を見られなくてホッとしてしまった私の両方がいるのです。本当にもう自己嫌悪なんですの。どうにか持ち直したいところですが、感情制御のピースが上手く嵌まってくださいません。


 無表情のまま数秒が過ぎてしまいました。



「……お嬢様。見たところだいぶお疲れのことと思います。よろしかったら一度、気晴らしにお風呂に入られませんか?

帰ってきたときの為にと、熱々の一番風呂をご用意してございますよ」


 そんな私を気遣うように、メイドさんはにこやかに微笑みながらご提案くださいました。温かな表情と心意気に、少しだけですが私の心もふっと軽くなったような気がいたします。


「ありがとうございますの。では、是非」


 彼女に手を引かれ、玄関を後にいたします。









一一一一一一一

一一一一一


一一





「熱ッ……つつつ……はふぅ」



 頭に畳んだタオルを乗せ、湯船に浸かります。浴槽の縁に寄りかかり、そのまま首ごと預けます。


 打撲で痣になった箇所がしみますが、それが逆に私の脳を心地よく覚醒させてくださいます。今後に思いを馳せるのにちょうど良い刺激でしょう。痛みを感じるようになったというのは、ある意味では喜ばしいことなのです。



「……いい湯ですの、うふふ」


 少々熱めの湯の中でちゃぷちゃぷと波立たせて遊んでいると、少しは気持ちも落ち着くような気がいたします。自然と微笑みが零れるくらいには平常さを取り戻しておりますの。確かにポヨの言った通り、疲れている時は休むに限りますわね。



 我が家のお風呂は人二人が容易に浸かれるほどの広さを誇ります。おまけにシャワー横に付いているボタンを押せば浴槽側面からマイクロバブルを吹き出させることも可能です。


 金曜日や土曜日など、週末にパトロール終わりに茜さんと共に帰った時は、ついでにお風呂もご一緒したものですの。

 あの子は特にこのマイクロバブルがお気に入りのようですわね。肌に泡が纏わりつく感じが気持ち良くて面白いんだとか。駄々を捏ねて機能をご追加いただいた甲斐がありましたわ。



 そんな日々の記憶を思い出しながら、私は自らの肌を撫でていきます。細かな泡を刷り込むようにして、お湯を浸透させていくのです。魔法少女になってからは傷の治りが早くなったとはいえ、毎日のように乙女の肌を傷付けるのは相応な覚悟が必要なんですの。


 今日は特に拳を酷使しすぎてしまいました。今もなお赤く腫れてしまったままなのですが、もう少しお湯に浸かって、この後もぐっすり眠ったら患部も好転してくださいますでしょうか。今になってジリジリとした痛みを感じさせるの、止めてほしいんですの。



 お湯の中で手の平を閉じたり開いたり、また指の一本一本を入念にマッサージしておりますと、脱衣所の方から足音が聞こえてまいりました。


 曇りガラスの先に現れた人影が蛇腹扉を数回ノックなさいます。



「お嬢様、ご入浴中に失礼いたします」


 声から察するにメイドさんのようです。それもそうでしょう。この家の中で自由に動ける方などこの人以外ありませんもの。


「どうかなさいましたの?」


「小暮様が目を覚まされました」


「ッ! すぐに上がりますわ!」


 大事が無かったようで安心いたしました。うかうかしていられませんわね。あの子の笑顔を見られれば私のメンタルもだいぶ安定するはずです。こうしてはいられません。


 勢いよく湯船から立ち上がります。



「あ、いえ……小暮様が、私のことは気にしなくていいから、ゆっくり浸かってきてね、と」


「…………まったく。茜さんったら」


「実はお嬢様に報告に来ること自体止められてしまったのですが、それはさすがにとお伝えしまして。そうしましたら、このように伝言をと」


「いえ、ご報告感謝いたしますの。お言葉に甘えさせていただきますわ」


 くすりと微笑みを一つ、もう一度湯船に浸かり直します。そうして肩までしっかりと浴槽内に身を落として、体を芯から温めますの。あの子に触れる際に冷たい手先のままでは可哀想ですから。


 自ら疲労で倒れても、次に目を覚ましたその直後から、誰かのことを気遣えるその心。私、本気で感服いたしますわ。優しい貴女のことを思えば荒んだ心だってすぐさま一面の花畑に変えられますの。私の何よりの精神安定剤ですの。


 こうなったらのぼせる直前までお風呂を堪能させていただいて、そのままほっかほかの体で抱きしめて差し上げますの。

 体調もそこまで悪くないようなら、我が家で一風呂浴びていってくださいまし。ついでに栄養のつくご飯も召し上がっていったらよろしいのですわ。なんなら最高級の羽毛布団に包まれて、朝まで休まれていっても構わないくらいですの。



 うふふ。恥ずかしいです。茜さんの再起でこんなにもテンションが上がってしまっている自分自身に、ふと気が付いてしまって。


 ……ですが、どうしましょうね。今日の戦闘のお話を、起床直後の彼女に伝えるべきか伝えないべきか。


 まずは顔色を見てから決めた方が、というポヨの言葉を思い出します。茜さんがすぐに動ける状態か否かという情報もさることながら、ようやくお目覚めになった彼女に、またいきなりしんどいお話をお伝えするのもどうかとも思いますの。


 まずは世間話程度の当たり障りないところから入って、話が盛り上がってきたらトマト怪人をやっつけた話に切り替えてみましょう。そういうアプローチでも決して遅くはないはずです。カボチャ怪人の宣戦布告については、またその次の段階の話なんですから。


 私がお風呂から上がる前にポヨの方が余計なことを言っていないことを祈るばかりですわね。


 本当にどうしましょう。やっぱり早く上がった方がいいのかしら。大きな悩みどころです。ブクブクと泡を吐きながら頭をフル回転させてみましたが、有用な結論は出そうにありません。


 知恵熱とお風呂の温度、どちらが高くなるのでしょうか。高揚しつつある肌を眺めながら、私は少しずつ体温を上昇させていくばかりなのでございます。

 

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