また一週間後にお会いしましょう
何でまたこんなタイミングでカボチャ怪人が現れるんですの。無心のままトマト怪人をやっつけたのはいいのですが、不覚にも連戦のことなど少しも考えておりませんでした。これは怒りに身を任せてしまったツケなのでしょうか。
内心のピンチを悟られないよう、平常を装いながら相手の隙を伺います。正面に佇むカボチャ怪人から片時も目を離しません。
心身共にこんな沈んだ状態で二連戦を強いられてしまうとは、あまりに勝ち目が薄いんですの。薄過ぎますの。今やステッキだって満足に生成できない状況ですのに。さっきから全く頭が働いてくださいません。
まだ奥の手の発動を残しているのが唯一の救いと言えますでしょうか。不安定なメンタルでは普段より大分効果が薄くなるでしょうが、不意を突いて一撃入れるくらいならなんとか叶えられそうです。
極限解放して適合率が上がればラッキー、ダメならその先のことはまた後で考える、くらいの捨て身な気分ですの。
「おおっと、そう身構えていただかなくとも結構ですよ。今すぐ戦うつもりはありませんから」
しかし私の緊張を他所に、カボチャ怪人は大袈裟に両手をヒラヒラとさせて、すっと音を立てずに私から距離を取られました。
「……どういうことですの」
「フヒ、フヒヒヒ。今は、戦いませんよ、ええ今は。ウチの大事な幹部を屠られて、それでも黙っているというのは確かにオカシな話。されど事はそう簡単ではありませんのでしてね……フヒヒヒ……」
不気味に笑いながら話を続けられます。相反するテンションの違いに、次第に冷静さを取り戻していく自分がいるのが分かります。一周回って動揺が平然に変わりそうですの。
このままいけば……いえ、こんなことを考えているうちは平常心なんて夢のまた夢ですわね。この頬を伝う冷や汗がいい例です。
諦めて彼の話を理解することに集中いたしましょう。
「いやはや、貴女方お二人には大変手を焼かせてもらった。おかげで同志たちのほとんどは討滅され、気が付けば野菜型の怪人は私とほぼ数人を残すのみとなってしまいました。
このままでは全滅も目に見えております。しかし、我々もタダでは引き下がれませんからね。近々決死の総攻撃を仕掛けようと、今日はその宣戦布告に来たのです」
再度私を威圧するかのようにイヤらしく微笑みを浮かべられます。
「…………どうしてまたわざわざ。勝ちたいのであれば、以前みたいにまた不意打ちしてくればいいではありませんの」
「フフヒヒヒ、最後くらいは華々しく散るのが怪人というものです。ほら、番組の終盤に爆発四散するのが世間のオキマリというものでしょう?」
そう仰るのなら言葉の通り今すぐここで塵と化してくださいまし。私も茜さんもその方がありがたいのです。アナタ方野菜怪人にはいったいどれだけ頭を悩まされてきたことか。正直視界に映すだけでも大変不愉快極まりないんですの。
……はぁ。駄目ですの。やはり落ち着けという方が無理なんですの。意識していなければすぐにでも手が出てしまいそうですの。
己の腕を押さえつけながら、キッとカボチャ頭を睨み付けます。
「……ヒヒヒ……まぁ今のは半分冗談です。
私が言いたいのは、このまま手堅く勝ちを迎えたとて、いずれは他勢力に潰されてしまうのが時間の問題だということ。そうかといって、このまま大人しく負けてやるほど今の私は甘くも弱くもないということ。この季節なら思う存分全力を出せますからね」
言いたいことが分かりませんわ。不用意にまた肉薄して来ましたので拳で牽制いたします。ふわりと身軽な様子で避けられてしまいました。ちょこまかと目障りな方ですわね。
私を嘲笑うかのように、ちょうど手の届かない位置で話を続けられます。
「これを機に、堂々と貴女方を叩きの潰してしまえれば、さすがに他勢力の方々も我々を認めざるを得ないでしょう。
そうです。各地に名馳せる魔法少女の両名をっ、この手で完膚なきまでに叩きのめして差し上げてっ、我々の名を! 力を! 思いっきり世に知らしめてやりたいのですよ! フフヒ、フヒヒヒヒ……!」
狂ったように高笑いをしながら、まるでオーケストラの指揮者のように腕を大きく掲げられます。羽も翼もないのに、そのまま空中をふよふよと漂うのです。もはや実態のない、オバケのヒトダマを見ているかのような気分になりますの。
ストンと地に降り立ち、そして仰々しく一礼なさいます。
「余裕綽々、泰然自若。我々は逃げも隠れもいたしません。お強いアナタ方もそれは同じでしょう?
というわけで、また一週間後にここでお会いしましょう。死闘のときを楽しみにしておりますよ……フヒ、フヒヒヒヒ……」
身を隠すようにマントを翻すと、次にはバチッと指を鳴らされました。乾いた破裂音と共に一瞬で姿形を消されます。
同時にこの身に感じていた圧も薄れていきました。カボチャ怪人が去った事実を場の空気から本能的に汲み取ります。
さすがに緊張が解れたのか、無意識のうちに完全に腰の力が抜けてしまいました。尻餅をついてしまいます。もはや立ち上がることも叶いません。仕方なく地面に体重を預けたままにいたします。
アスファルトの硬い感触が私を反発してきますの。確かに危機は去ったはずなのに、心のモヤモヤは一向に晴れてはくださいません。
「…………まったく。次から次へと。やってられませんわ」
空を見上げてみれば、真っ黒な雲が一面を覆い尽くしておりました。太陽の光を完全に遮ってしまい、辺りを夕夜のように暗くしておりますの。私の心持ちと同じです。遠くまで広がった雲には、一向に晴れ間を見せる様子はございません。
「……今にも、ポツリポツリと降り出してきそうな、そんな空模様ですわね」
「風邪引く前に帰るポヨよ。ほら、変身解くポヨ」
「…………ええ、そうですわね」
返事をしたものの、あまり心は動きませんでした。ぽっかりと胸に穴が空いてしまったような気持ちです。もしこのまま雨に濡れられたなら、少しはこの凝り固まった頭も冷えて、冷静になってくださいますでしょうか。
ああ、降りそうで降らない天気がもどかしいですの。
空を見上げてぼーっとしていると、さすがにポヨが痺れを切らし始めたのか、私を促すように淡い点滅を繰り返してきました。
渋々変身を解除いたします。光が解けた後、この体をよく見てみれば生身の箇所には相応なダメージが残ってしまっておりました。殴り合いの残響が青痣となって体表に浮き出てしまっているのです。
しかし、不思議と痛みはありません。あるのは多大な倦怠感だけです。解除したはいいものの、立ち上がれるようになるのはもう少しだけ先になりそうですの。
腰を下ろしたまま、宝石からモチモチに戻ったポヨを手の平に乗せて顔の高さまで持っていきます。
「……ねぇポヨ。お願いがありますの」
「なんだポヨ?」
怪訝そうな顔で私の顔を覗き込みます。
「今のカボチャの話、出来ればプニにも茜さんにも、内緒にしててくださいまし。全部、私が片付けますから」
「なっ……あまりに無謀すぎるポヨ。茜を気遣う気持ちも分からないでもないポヨが、まだ一週間猶予があるポヨ。あの子の再帰を待ってからでも判断は遅くはないはずポヨ」
「……ええ、確かにそうかもしれません……ですけど」
ふと、くすりと自嘲の苦笑いが零れてしまいました。
「どうしてでしょうね。今の私は誰にも負ける気がいたしませんの。痛みも何も、感じられませんから」
そのままポヨを肩に乗せて差し上げます。
空いた手の平で拳を形作り、そして強く握り締めてみます。握り締めれば締めるほど、己の手の肉に爪が食い込んでしまいます。確かに皮膚を傷付けているはずなのに、どうしてだか痛みを感じなくなってしまっているのです。
ちょっとした精神の不調か、それとも脳の一部が壊れてしまったのか。
「……美麗。この話は後にするポヨよ。まずは帰ろうポヨ。ゆっくり休んで美味しいご飯を食べたら、少しは気持ちも落ち着くはずポヨ」
「……ええ、そう祈りたいですの」
ただただ気怠いだけの体をなんとか持ち上げ、足を引き摺りながら少しずつ帰路の道を辿ります。一刻も早く帰って茜さんの容体を見たいはずなのに、どうしてか体は望むようには動いてくださいません。
体の不調を理由にしながらも、間違いなく今の私の姿は見せたくないと、そう思ってしまう自分がいるのです。
私、ホントに弱い女ですわね……。
いつも以上に我が家が遠く感じてしまいました。