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……止めるポヨ

 


 フツフツと沸き出でる怒りを拳に込め、何度も何度もその顔に打ち付けます。


 右。左。右。左。右。左。右。左。


 殴る度に頭の中が真っ白になっていきました。脳の奥底で何かが弾けます。


「アナタたちさえ居なければ、茜さんは……!」


 それは私を繋ぎ止めていた理性の欠片か、それとも感情のダムの排水口か、はたまた堪忍袋の緒と呼ぶべきものか。

 激情に身を任せ、拳を振り上げます。そうして何度も何度も、感情の鉄槌をトマト怪人の顔に叩きつけるのです。


 許せません。許せません。許せません。


 アナタたちのような怪人が来なければ、茜さんが無理をなさって体調を崩されるようなこともなかったのです。ただただ平和に、ただただ普通の女子高生として暮らすことができたはずです。


 だと言うのに、どうしてこんな奴らのせいで……私たちの生活が脅かされてしまうんですの。決して許してなるものですか。


 親指も人差し指も中指も、薬指も小指も手の平も手の甲も、握りしめた両拳が何度も受ける衝撃によって大きな悲鳴を上げ始めております。しかし決して手を緩めることはいたしません。



 トマト怪人の皮膚が破れる音、中からトマトの果肉が飛び出す音。赤くドロドロとした果汁が絶え間なく滴り落ちる音。ときおり噴き出る液体が私の顔や拳や服を汚していきます。


 色んな音が耳に届いているはずですが、思考に至るまでの段階でシャットアウトされているのか、気にも留まりません。相も変わらずただ殴り付けるのみです。



「……止めるポヨ」


 同じように胸元から声が聞こえてきましたが、やはり理解にまでは及びませんでした。


 もはや原型を留めていないその顔に、決して消えることのない憤りを込めて拳を叩き付けるのみです。地団駄を踏む子供のように、ただただ己の感情をぶち撒けまけます。


 次第にトマト怪人は何の反応も示さなくなりました。



「……ブルー。聞こえてるポヨか」


 奴の口だった場所からも、肌だった部位からも、絶えずトマト液がビチビチと溢れ漏れ出します。そして鮮血のように流れ落ちていくのです。辺り一帯にはドス黒く濁った水溜りができておりました。


「……それ以上やっても、意味はないポヨ。ソイツ、とっくにコト切れてしまってるのポヨ」


 そこまで言われ、ようやくポヨの言葉が分かりました。ですがそれがなんだと言うんですの。もはや生きてる死んでるなどは関係ないのです。この荒んだ心を沈める為には、気の済むまで拳を振るうしかないのです!


 構わず腕を振り上げます。飛び散ったトマトの汁が腕を伝って滴り落ちてきます。そうして青かったはずの衣装を真っ赤に染め上げていきます。


 体に降りかかった液体が奴の血なのかトマト果汁なのか、もはや私には分かりません。ひんやりと肌にまとわり付く感覚がただただ不快で、穢らわしくて、ただその思いだけが私の心を更に増幅させるのです。


「だって! コイツらのせいで! コイツらが居なければ、茜さんは……っ!」


「美麗ッ! 一旦落ち着くポヨッ!」


 胸の宝石が眩い光を放ちました。たまらず目を逸らしますと、怪人のすぐ側に転がっていたステッキが目に映ります。じわじわと実体が無くなっていき、今まさに光の粒となって霧散していくところでした。ポヨとの適合率が低くなって、その形を保てなくなった証拠です。


 消えていくステッキを眺めていると、少しずつですが私の心も落ち着きを取り戻してきたような気がいたしました。



 急に体が重くなり脱力した腕がぶらりと垂れ下がります。指先からは赤い液体がポタポタと滴り落ちていきました。



 眼前のトマト怪人の顔は見るも無惨な姿に変わり果ててしまっております。つい先ほどまで息をして言葉を発していたとは思えないくらい、既に原型を留めてはおりません。



「……こんな状態なら、もう浄化の光は必要ないポヨ。けれど、このままにしておくわけにもいかないポヨ。せめて、潔く消し去ってやれポヨ」



 長い沈黙の後でした。


「………………分かりましたわ」


 私はポヨに返事をいたしました。



 赤く染まってしまった手に、魔法少女の力を集めます。いつもよりもだいぶ時間が掛かってしまいましたが、何とか力を溜めることができました。


 手から光を照射させますと、眩い青光がトマト怪人だったモノに当たります。ヌラヌラと揺らめいて、じわじわと淡い発光が体全体に広がっていきます。


 数分も経つと、怪人の体は光に包まれ、やがて蒸発していくかのように実態を失っていきました。


 つい先ほどまで馬乗りしていたはずでしたが、怪人の姿形が完全に無くなる頃には私のお尻はぺたりと完全に地面に着いてしまいます。怪人の体が光となって空に昇っていき、私の体を支えてくれるものがなくなってしまったのです。


 立ち上がる気力など、とうに残っておりません。



「美麗。終わったポヨ。帰るポヨ」


 赤く染まっていた衣装も、いつの間にか元通りの青に戻っております。ただジンジンと鈍い痛みを放つ腕だけが、先ほどの衝撃を覚えているかのようです。


「…………ええ。今日は、疲れてしまいましたわ」



 ……早く、茜さんの顔が見たいです。






















 立ち上がろうと、足に力を入れたその刹那でした。


「おやおや、だいぶご傷心のようですねぇ。お久しぶりです。いやぁその格好の貴女とは初めましてになるんでしょうか。ねぇ、魔法少女プリズムブルーさん」


 突如として、耳元から気持ち悪い声が聞こえてきました。


「……ッ! 誰ですの!?」


 反射的に振り返り、重い体に鞭打ち飛び退きます。


「あらあら悲しいナァ、お忘れですか? この声、この顔、この姿」


 一見、そこには誰も居ないように感じました。いえ、確かに誰も居なかったはずなのです。

 パチン、と指鳴りのような音が聞こえました。目の前の空間がぐにゃりと歪みます。何も無かったはずの空間に亀裂が走り、吸い込まれそうな真っ黒空間から、誰かの腕が伸びてきているのです。


 やがてそれは全形を表しました。


 黒い全身タイツに黒いマント、オレンジ色の鈍い輝きを放つ、大きな()()()()()


「貴方は……ッ」


「また秋頃にお会いしましょうとお伝えしましたよね。ええ、私、カボチャ怪人のジャックでございます。ヒヒ、フフヒヒヒ……」


 猫背姿でゆらりと立つ、カボチャ怪人の姿がそこにはありました。

 

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