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あの子を守る為なら、私は

 

 トマト頭の繰り出す重い一撃を適度に受け流しながら、隙を見て私も細かな軽撃を与えます。


 私にも見えますの。多少の被弾は仕方がないんですの。


 大事なのは致命傷を負わないこと、そして、相手にそれを行えるだけの猶予を与えないこと。狙うはただそれだけです。

 

 一進一退の攻防は10分を過ぎても、20分を過ぎても終わる様子がございません。しかし、徐々にですが攻勢は変わってまいりました。


 と言いますのも、先ほどからこちらの方が圧倒的に被弾率が少ないのです。そして手数の数だけ有利なのです。更には私は耐えれば耐えるだけピンチがチャンスへと変わっていく奥の手もございますの。


 もしかするとコレ、私の方が優勢なのでは……? とさえ思ってしまいます。


 以前目にした茜さんとトマト怪人の戦闘を思い出しても違いは明らかなのです。


 これは私が強くなったのもそうですが、トマトの旬の季節ではなくなったことも関係しているかもしれません。


 確かに体力こそ削られてはおりますが、疲労の蓄積率を考えればまだまだ全然戦えます。たった今戦闘中だというのに過去を振り返る余裕さえあるのです。



「貴方の方こそ……この程度ですの?」


「クッ……!」


 次第に私の攻撃の方が怪人にヒットしていきます。確実に相手の手が緩んだのです。スピードも落ちたのです。これでは奥の手を出す必要さえありません。


 無機質に、無感情に、半機械的に相手の隙を見つけては確実なダメージを与えていきます。



 30分とも40分とも、もしかしたら1時間以上殴り合っていたのかもしれません。長い長い一進一退の果てのことでした。


 いつのまにか攻戦一方となり、ただただトマト頭のことを殴りつけるだけの、無意味な時間と成り果てていたのでございます。



「もし。何とか言ったらどうなんですの?」


「グッ……」


 今となってはもう、苦戦を想定していた相手に、かつてあれ程までに脅威を感じていた相手に、何をされることもなく、ただただ弱い攻撃の処理をしては反撃を加えていくだけの〝作業〟と化してしまっております。


 つまらない、とさえ思ってしまいました。


 これまで戦闘を楽しんだことなど一度としてありません。討滅後は充実感こそ感じてはおりましたが、あくまでそれは無事撃退できたゆえの安堵から生じていたものです。


 ですからこれは初めての感覚です。安心ではありません。


 むしろ期待を裏切られてしまったかのような不満感です。怒りとも憐みとも違う、ある種の失望にも似たような感情とも呼べるでしょうか。


 この人から茜さんを守る為に魔法少女になったのに。あまりにも呆気ない力量差を感じてしまったのです。


 どうして私はこんな無駄な時間を、無闇に費やしてしまっているのでしょうか。こんな時間が無ければもっと茜さんのお側に居られましたのに。こんな怪人さえ現れなければ、私たちの学生ライフはもっとずっと華々しいものに変わっておりましたのに。


 考えれば考えるほどに、どんどんと頭の中が暗く冴え澄み渡っていきます。


 怒りに満ちた絶え間ない攻撃を繰り返していると、やがてトマト怪人の手は完全に止まってしまいました。






 ついに、トマト怪人が膝をつきます。


「……恥を承知で、頼みがある」


「……?」


 ふと彼が声を漏らしました。

 私も一時的に手を止めます。不意打ちが来るかとも思いましたが、その様子はございません。


「先の挑発を詫びよう。お主は強い。とても、強くなった。対する今の我は察しの通り本調子ではない。()うに旬は過ぎ去った。今回は、見逃しては……もらえないだろうか」


「はぁ? 今更命乞いですの? みっともない。強きお方がするものではありませんわ」



 そう仰りたい意味も分かります。

 全力を出せない状態ほど悔しいものはないでしょう。



 ……ですが。


 貴方の再起を次の夏まで待てと? つまりはまた一年後、本調子になったときに相手をしてくれ、と? 


 茜さんと私に、こんな辛く、悲しく、虚しいことを来年まで続けていろ、と。そう仰るんですの?


 ……何舐めたことを仰ってるんですかこの怪人(ひと)は。



「ふざけないでくださいまし。アナタ方怪人のせいで、私たちがどれだけ大変な思いをしてきたか。どれほどの時間を費やしてきたか! 私が赦すとお思いで?」


 怒りに身を任せ、もう一本特別なステッキを生成し、彼に肉薄いたします。


「んグゥアッ……ッ!?」


 目にも留まらぬスピードで、ザクリと彼の脇腹に先端を尖らせたステッキを突き立てました。


 そのまま力任せにグリグリと捩じ込んでいきます。

 肉を抉り、骨をも削らんとする痛烈な一撃です。


 彼は苦痛に顔を歪ませ、身を捩って私から離れられました。その脇腹からは確かに赤い液体が滴り落ちていらっしゃいます。


 深く突き刺さったステッキを抜き取り、無造作に地面に投げ捨てられます。カランカランという無機質な音が辺りに響きました。あえて一瞥もいたしません。


 無感情に、彼を見据えます。



「残念ながら、この世界は生きるか死ぬか。スポーツマンシップなどと言うモノはございませんの。……一度貴方に見逃していただいた私が言えた話ではございませんが、世は常に無情なのです」


「……クッ、見損なったぞ。卑怯者め」


 脇腹を抑え、ズルズルと後退されていきます。足腰に力が入らないのか、無様に後ろ側に倒れ込まれました。


「何とでも仰いまし。私はもう手加減はいたしませんの。慈悲も猶予もございません。私たちの生活を脅かす方は、誰であろうと徹底的に叩き潰すまでですの」


 たとえこの手を赤く染めることになろうとしても。あの子を守る為なら、私は。



「だから……無様に死んでくださいまし」


 逃げ場を塞ぐようにして距離を詰めます。


「…………怪人よりも、よほど悪だなお主は」


 血反吐を吐きながら、彼は最も容易く壁際に追い込まれてくださいました。


「いいえ、私は正義です。私が魔法少女として怪人と戦う限り、私の行動は善なる行為として許されるはずですの。

せいぜいあの世で懺悔してくださいまし。怪人として世に生を受けたこと。怪人としてこの町に手を出したこと。怪人として、茜さんと私に歯向かったこと」


 たじろぐトマト怪人の飛び掛かり、そのまま馬乗りになりました。負傷して弱った彼の力では私を振り解くことはできません。


「というよりアナタさっきからうるさいです。お黙りなさい」



 間髪入れずに彼の顔を殴り付けます。


「……悪、魔め」


「黙れと言ってるんですの!」



もう一度頬を抉るように拳を打ち当てます。


 反抗的な目が気に入りません。私の何が間違っているというんですの。これは全て茜さんを守る為の行動なのです。私は正しいですの! 全部正しいに決まってますの!

 

 そうしてまた、無慈悲に拳を振りかぶるのです。

 

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