深夜のプロレス第二ラウンド
前回の後書きでお風呂回だよ!
と言葉軽めにお伝えしたのですが、
筆が思ったより進んでしまいました。
すみません。まだです。
――次に意識が戻ってきたとき。
そこは静寂に包まれた世界の中でございました。
これは……翌朝? になるのでしょうか。
私、ひっそりと目を覚ましてしまいましたの。
さて、ここでまず違和感が一つ。
瞼を開けたというのに目の前が真っ暗です。
夜闇というよりは目の周りを直接何かが覆っているような感覚ですの。
目隠しをされているというのが本筋でしょうか。
「……ふわぁあ、まったくなんなん……おぁ痛ッ!?」
ふとあくびをしようと首を上げたところ、グギィッ、という首関節が軋み鳴ったような鈍い音が響き渡りました。
同時に強烈な神経痛も走ってしまいます。
両方の刺激が私の覚醒を強く促してきましたの。
「痛つつつ、まったくなんですの? ふぁ……あふ、ぁ痛っ」
少しでも首を動かそうとすると鋭い痛みが走ります。
どうやら寝違えてしまったようですわね。
変な体制で寝てしまっていたせいでしょうか。
ただ、それもおかしな話なのでございます。
実は私、昨晩きちんと眠った記憶がないんですの。
朧げな記憶を辿るに、いつの間にか気を失ってしまったかのような、そんな微かな覚えはございます。
こんな寝起きの頭で考えてみてもハッキリとは思い出せません。いったい全体何事でございましょう。
「……あら? 体が、少しも動かない?」
更に違和感がもう一つ。手足を動かそうとしても、何か強くベタついたものが手首足首をガッチリと覆っているようで、うまく抜け出すことができません。
この身はしっかりと重力を感じているはずですのに。
地に足は付いていないという至極異様な感覚。
ただ完全に宙に浮いているわけではないようで、背中には固く冷たい感触がしっかりと伝わってきております。
えっと、こちらは壁……でしょうか。
ということはもしかして私。
――壁面に張り付けにされてしまっておりまして?
あー、何となく思い出してきましたの。
私、昨日はクモ怪人さんのところで昼夜お世話になっていたのでしたわね。
この状況、つまりはアレなのです。
昨日の緊縛拘束プレイがそのまま続いている感じですの。
「……もしもーし、近くにどなたかいらっしゃいまして?
あのー、お願いがありますの。よろしければ手足の拘束と目隠しを外してほしいのです。私、目が覚めましたの。そして冷静になりましたの。今回はこれで終わりにいたしましょう?
もちろんそういう天邪鬼な懇願プレイではございません。単純明快、至極真面目なお話でございますのーっ!」
そうですの。クモ怪人さんとのプレイが白熱するうちに、途中から完全に被虐嗜好のスイッチが入ってしまったのか、自ら拘束目隠しを要求したんでしたっけ。
興奮のあまり最後の方は終始はしたないワードを叫びまくりでしたので、クモ怪人さんも大変だったと思います。
思い出すだけでも背徳的で甘美で素晴らしい体験だったのですが、冷静になってみると少し恥ずかしくなってしまいますわね。
それはともかく、でございます。
「……あ、えっと、本当に誰もいらっしゃらなくて?」
何度か問いかけてみましたが少しも反応がありません。
まったく。周りに誰も居ないとはどういうことでしょう。
もしやクモ怪人さんは既に外回り営業へと出かけられた後なのでしょうか。
もう、それなら拘束解いてから行かれたらよろしかったのに。きっとすやすや気を失う私に気を遣っていただいたのでしょう。
なんと気遣いと優しさを感じさせるお方でしょうか。
だとしてもこの首の角度だけは直してほしかったですわね。
……ん? んんんんぅ!?
ということはちょっと待ってくださいまし?
もしかして私、クモ怪人さんがお戻りになられるまでずっとこのままの体勢でいなければならないのかしら?
今は何時なんですの?
そしてあと何時間この体勢でいればよろしいんですの?
身動きひとつ取れないのでお手洗いにも行けません。
いずれは終始垂れ流しの状態になってしまいますわよ?
ただでさえ昨夜の情熱がお腹の中にたっぷりと残っておりますのに……。
再度ジタバタしてみましたがクモ怪人さん自慢の粘着糸はいっこうに外れる様子がございません。
分かってますの。これが彼の武器なんですもの。
こんな両手足無防備な私なんかに外されては面目丸潰れでしょう。
仕方がないですわね。そろそろ覚悟を決めましょうか。
私が故意に汚してしまったものはあとで責任を持って綺麗にするとして、戻られたあとで謝るもよし、もし私の恥ずかしい姿に興奮なさられたのなら、そのままプレイ二日目に突入するだけなのです。
ただ、深夜のプロレス第二ラウンドが始まるその前に、できることなら一度横になってお休みをとらせていただきたいのですけれども……っ!
この強靭な粘着糸相手に効果があるとは思っていませんが、もう一回だけ悪あがきしておきましょうか。
「誰かー! ホントに誰かいらっしゃいませんの!?」
ジタバタしながら、できる限りの大声で叫びました。
されども、部屋の中に虚しく響き渡るだけなのです。
と、そのときでございましたッ!
真横からガサゴソという音が聞こえてきたのですッ!
「ふぇあああぁ……なんだよもう、うるさいなぁ……」
「そのお声は!? 茜ですのね!
もしもし! 聞こえていらっしゃいまして!?」
そこに居らしたならさっさと返事してくださいな!
ちょっとだけ不安になってしまったではありませんか!
ふふふ。私ったら焦りのあまり茜の存在をすっかり忘れておりましたの。
昨日は彼女も一緒にしっぽりぐっしょり楽しんだではございませんか。
私以上に朝に弱い茜のことです。
今の今までずっと眠りこけていらっしゃったのでしょう。
ですがこれで一安心ですわね。
このまま茜に下ろしてもらえばいいんですもの。
と、安堵してしまったのは一秒前の私でございました。
「……あれ、なんでだろ、動けないや」
「まさかアナタも同じ磔になっていらしたりッ!?」
おうふ。茜も同じ状況でしたかそりゃそうですわよね!
私一人だけ張り付けっておかしいですもの!
美味しくいただけるモノが揃っているならば、両方やっておくのが筋というものですわよね!
虚しく壁に張り付けられた、か弱き乙女がただ二人。
身動きなんて、とれるわけもなく。
「万事、休す、ですの……」
ああ、こんなのって、あんまりですの。
このまま放置されて、いずれ排泄欲も我慢できなくなって、私から生まれ出でる汚い惨物を壁へ床へとびちびち垂れ流してしまう未来が待っているだけなんですの……。
あ、どうしましょう。ちょっと興奮してしまいました。
お漏らしお焦らしプレイだなんていつ以来でしょう。
いえ、思い返せばつい最近総統閣下に強制させられたことがありましたっけ。あの人、スイッチ入ると意外に大した加虐的嗜好の持ち主ですからね。
そう考えるとなんだか新鮮味も薄れてしまいます。
ここは思いきって膀胱炎になるまで我慢して我慢して我慢の限界に挑戦してみるのも一興かもしれません。
体内のちょっとした炎症なんて、結社ご自慢の科学医療班がなんとかしてくれるでしょうし。
空虚な思考だけが辺りを支配いたします。
さすがにそろそろ諦め――
と、またもやそのときでございましたのッ!!!