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あの頃の私とは、一味も二味も違いますのよ

 

 無心というのは恐ろしいもので、ただ足を動かすことだけに集中しておりますと、気が付いたときには既に廃工場付近に到着しておりました。


 首から上を瓦礫の隙間から出して慎重に駐車場辺りを見渡してみます。やはりここは人の出入りの少ない場所のようで、前に訪れたときと風景はあまり変わっておりません。


 中央から一つ大きな気配を感じました。どなたかが立っていらっしゃるのです。とても不意打ちできそうな様子はなく、まるで試合の対戦相手を待っているかのような、緩みのないオーラをヒシヒシと感じますの。


 これ、いつもの貧弱怪人さんが放つものではございませんわね。かつて私が対峙した……ええ、そうです。


 後ろ姿を見て更に確信いたしました。



 先日大きな凹みを作ってしまったばかりの駐車場へ、あえて堂々と足を踏み入れます。



「また、お会いいたしましたわね」


「ほう。お主か」



 そこに居たのは、私が初めて魔法少女に変身したときに一撃でダウンさせられてしまった、武人のトマト怪人さんでございました。


 幸か不幸か、この怪人は乱れた心で戦えるようなヤワな相手ではありません。この人を倒すためならと一旦胸の内を落ち着かせることができます。


 深呼吸をして、改めて対峙いたします。


 かつてお会いした時よりも、更に真っ赤に顔を熟れさせておいでです。旬の季節はとっくに終わっているはずですが、旬を過ぎて更に熟成されたか、それとも腐り落ちる寸前なのか。それは戦ってみれば分かることでしょう。


 どちらにせよこの私の手で収穫して差し上げますの。もはや貴方は潤いある食べ頃を逃した古い実でしかありません。食せないと分かられ地に捨てられ、そのまま有機肥料と化す運命なんですの。引導を渡して差し上げますの。


 いつでも変身できるようにポヨを掴みます。


「今日はあの赤い女はいないのか」


「ええ。貴方など私一人で充分ですもの」


 これは半ば本音で半ば虚勢の強がりです。強い相手に恐れ慄いていては、茜さんもすやすやと穏やかには休めないでしょう。 



「随分とナメられたものだな。まさか、ひよっこのお主だけで我に立ち向かおうと?」


「好きなだけ仰ってくださいまし。もうあの頃の私とは違いますの。正義の力を拳に込めて、貴方をボッコボコのギッタンギッタンに嬲り屠って、ついでにミネストローネに加えて差し上げますから覚悟してくださいまし」


 茜さんのいつもの口上をお借りいたします。


 魔法少女の力は思いの力。貴女を思えば思うほど、私の適合率は上がりますの。怒りに身を任せるよりずっと効果的なはずです。どうかこの私にカッコいい挑発のお言葉だけでなく、その身の加護や祝福をもお貸しくださいまし。必ずやお相手を塵と化させていただきますの。



「……ポヨ、行きますわよ」


「いつでも準備おっけーポヨ」



 ググッとポヨを握り締め、そして。



「着装 - make up - !」


 胸の前に持ってきた腕を正面へ突き出し、そのままの勢いでガッツポーズをお一つ。掌から溢れ出す光が私の身体全体を包み込んでいきます。


 フリルとリボンとサラサラふわふわな布生地、青を基調とした可愛らしい衣装が私の体に装着されていきます。今日は初っ端から全力です。小さめのステッキを出して逆手持ちいたします。きっと今から近接戦闘になりますの。メリケンサックの如く、打撃力の加点になればと思います。



「お生憎、あんまり時間がございませんの。お待ちいただいたところ大変申し訳ありませんが、手短に行かせていただきますわッ!」


 変身が完了した直後、一気に詰め寄ります。願わくばの先手必勝です。私の戦闘スタイルからすれば持久型の方が都合がよろしいのですが、今は背中に重石を抱えている身です。悠長に極限解放を待っていられません。


 全力の拳をトマト怪人にぶつけます。捻りの動作も忘れません。有無を言わさず次の一撃も放ちます。殴りとは押しより引きに力を入れた方が次の動作に繋がりやすいのです。左右他角度からのパンチに合わせて、時々膝蹴りやステッキの先端による抉りも加えることで、打撃の一連動作にバリエーションを与えます。


 一方的な攻撃によって、トマト頭もガードするしか出来ないようですの。



「なるほど。見違えるほどだ。動きに慣れとセンスが垣間見える。よほど苦大な経験を積んだと言えよう」


「誰かさん方のおかげで、ですけどね!」


 最後に蹴りを入れ、トマト頭と距離を取ります。


 連撃中のいくつかは空を切るか防がれるかでヒットまでは至りませんでしたが、囮として機能していれば本望ですの。牽制のおかげか何発かはモロに食らわせることが叶いましたし。一撃に耐えることしかできなかったあの時に比べれば雲泥の差ですの。



「だが、子娘に比べたらまだまだだな。この程度では我を倒し崩そうとは片腹痛い」


「くぅ……!」


 確かに仰る通りです。私は茜さんより強くありません。


 問題はそれだけではございませんの。以前にトマト怪人と戦っていた茜さんだって、連撃のスピードでは優るとも劣らずでしたが、結局は与えたダメージの量差、そしてその蓄積によって徐々に形勢を逆転されてしまいました。


 このままでは私もその未来を辿る他にありません。



「今度はこちらから攻めさせてもらうが、よろしいか」


 トマト頭が静かに身構えます。どのみちこうなる展開ですのね。

 悔しいですが、短期決戦は性に合わないですの。この私にも勝機が見えるのはやはり粘り勝ちか、それか以前のような交渉の先にある判定勝ちか、またもっと強くなってから改めて再対決を求めるか。


でも、今回ばかりはそれではダメなのです。次に持ち越すような選択肢はございません。こんな不毛でつまらない争いは、私自身の手で終わらせなければいけないのです。


「どうせ待ってと言っても聞いてくださいませんでしょう。耐えるのは得意ですの。せいぜい私のキメ細やかな肌に、優しく撫でるような打撃を当ててくださいませ」


「手加減は無しだ。だが簡単に気絶してもらっては困る。もう少し楽しませるがよい」


「ふん。勝手に吠えててくださいまし」


 楽しませろですって? 謹んでお断りさせていただきますの。私は全然楽しくありませんから。

 争いなんかより、もっと放課後にゆっくりショッピングを嗜んだり、他愛もないお喋りに勤しんだり、部活動に入って青春の汗を流したかったのですわ。それも一人ではありません。茜さんと二人で、です。


 憤りの気持ちを力に変え、強く拳を握りしめます。もう腹筋一つで耐えられるとは思っておりませんわ。私も貴方を倒したいのです。ただ受けるだけでなくく、避けられるモノなら避け、往なせるものなら往なし、反撃できそうなら一転攻勢させていただきますわ。

 


「あの頃の私とは、一味も二味も違いますのよ」


 飛ぶように近付いてくるトマト頭の姿を目で追い、私もまた彼に合わせて駆け出します。

 我が家で待っている人のため、私は何としてでも生きて元気に帰らねばならないのです。


 

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