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美麗、一旦お前の家に運ぶポヨ!

 

 ポヨを肩に乗せて駆け足で茜さんの後を追います。よかった、まだ玄関に居らっしゃいましたわ。既に外靴に履いて、入口のドア付近にもたれかかっていらっしゃいます。


「すみません、お待たせいたしましたの」


「ほい、ちょっとだけお待たせさせられました」


 冗談混じりに笑う茜さんを前に、私もすぐさま靴を履き替えます。少しだけ急ぎ足気味に歩きまして、彼女の横に並び立ちました。そのままゆったりと歩き出した彼女の歩調に合わせて、私もゆっくりと歩き出します。



「たまにはさ、何にも考えず朝から晩まで、ずーっとお昼寝とかしてみたいよねぇ」


「ええ、そうですわね」


「そうもいかないのが現実だけどね……」


「悲しいこと言わないでくださいまし。さっさと終わらせればきっと余裕ですの」


 もはやそれはお昼寝と呼べるのでしょうか、という野暮なツッコミは華麗に控えさせていただきましたが、沈んだ気分になるなら少しくらい茶目っ気を出してもよかったかもしれませんわね。ちなみにお昼寝したい云々については完全に同意いたしますの。今すぐにでも時間も忘れて眠りこけたいですわ。


 もちろん出来ないことでもないのです。今の状況下でも、交代制で変わりばんこにパトロールするなら特に問題はありません。しかし、先日のように同タイミングで別箇所に出現されてしまったときのことを考えますと、あまり得策ではない感じがいたします。それに二人で戦えば危険も半減しますし、その分対処の効率も上がりますし。


 ちょっと大変ですが、考え得る中での最善策ではあるのです。現に何とかなっちゃってますの。



 校門を出て、長い長い坂をスロースピードで下ります。こうしてのんびり歩いていられる時間が大事なんですわよね。危機も疲労も全部忘れて、ふっと一息落ち着けるようなこんな時間が。


 商店街の前に到着しまして、通りの人混みを眺めます。




「……あ、美麗ちゃん、ちょっと待って」


「ん? どうかなさいましたの?」


 ふと茜さんが立ち止まられました。その顔には微笑みが乗っていらっしゃいます。顔を赤らめて、何だか照れているようにも見えますの。


 プニもポヨも静かですし、怪人の反応はまだ無いはずです。もしかして教室に忘れ物でもなさいました? 点数低めだったテストの回答用紙とかですの? まったく、おっちょこちょいな方ですわね。



 そう呑気に思っていた矢先のことでした。



「……もう少し頑張れるかと思ってた……けど、やっぱダメかも。頭……クラックラ……す……」


 突然、グラリとバランスを失ったかのように茜さんが膝から崩れ落ちたのです。


「えっ!? ちょっと、茜さん!?」


 幸い咄嗟に腕を出して受け止めましたので肌を痛めるような自体には至りませんでしたが、彼女は私に体重を預けたままぐったりとして動きません。はぁはぁと荒い息まで立てていらっしゃいます。見ていてホントに辛そうです。


「あっつッ……うそ、酷い熱ですの」


 額に手を当ててみますと、まるで火傷してしまうかと錯覚するほどに彼女は熱を帯びてしまっておりました。首筋でも計ってみましたが間違いありません。体感にして40度近いと分かる高熱です。


 ああ、どうしましょう。もう少し手前なら保健室まで運べましたのに、こんな中途半端な場所では逆に運ぶのに時間が掛かってしまいそうです。それに放課後の今行ったとして、先生が居らっしゃるか分かりませんし……。



「美麗、一旦お前の家に運ぶポヨ!」


「はっ、そうですわ!」


 この坂を登るより、はたまた近くの診療所を探すより、手間暇を考えるくらいなら私のお家にお連れした方が早いですの。それに我が家には万能で有能なメイドさんが居らっしゃいます。すぐに状況を察して氷枕の一つや二つご用意してくださるに違いありませんわ。


 急いで茜さんを背中に担いで差し上げます。思い立ったが吉日です。数ヶ月前の私なら到底出来なかったであろう肉体労働も、今の私にはドンと来いですの。



「みれ……ちゃ……ごめ……」


「ぜんっぜん構いませんの! ちょっとばかり揺れますの。しんどいかもしれませんが我慢してくださいまし」


「うん……」


 背負い上げた茜さんの体は私が思っていたよりも何倍も軽く感じました。両腕で持つ鞄の方が重たく感じるくらいです。こんな細身細腕で毎日強靭な怪人たちに立ち向かっていたかと思うと……いつもこの子に頼ってばかりの自分が情けなく感じてしまいますの。

 今日だってお辛いのを必死に我慢していたことにも気付かず、お昼の戦闘をお任せしてしまいました。


 むしろ謝りたくなるのはこちらの方ですの。しかし、落ち込んでいる暇があるなら、一刻も早く茜さんを休ませて差し上げなければ。


 焦る気持ちを必死に抑え、急ぎ足で帰路を辿ります。道行きすれ違う人の何人かは不思議そうな顔でこちらを見つめておりましたが、一々気に留めている余裕はございません。



 そうこうしているうちに我が家の玄関へと到着いたしました。いつもに比べれば大分早い帰宅時間のせいか、メイドさんのお出迎えはありませんでした。


 大変お行儀が悪いですが、比較的自由に動かせる膝と足とで玄関のドアを開けさせていただきます。ポヨも地面に降り立って、扉を支えてくださいました。



「メイドさん!? いらっしゃいまして!?」


 靴を脱ぎながら大声で呼びかけます。


「あら、お嬢様。お帰りなさいませ。今日は随分とお早……どうされました!?」


 私の声に部屋の奥から顔を覗かせましたが、この背中に気付いたのかすぐさま駆け寄ってきてくださいました。流れるような動作で手枷となっていた鞄を受け取ってくださいます。


「茜さん、すごい熱なんですの!」


「今すぐお布団をご用意いたします。お嬢様、小暮様、もうしばらくご辛抱くださいませ」


「すみ……ませ……」

 

「貴女は喋らなくていいですの!」


 確か使ってない部屋がありましたわよね。人一人寝かせるのに丁度いいスペースだったと思いますの。おそらくその近く押し入れの中を探したら使っていない羽毛布団も簡単に出てくるはずです。急いでくださいまし。



「準備ができました。こちらへ」


 私が急かす必要もなく、まさに瞬く間というべき早さでした。案内された部屋へ赴いてみると、ついぞ私が想定していた場所に、私が想像していた通りのお布団が敷かれているのです。  

 ああもう、気が動転してしまっておりますので、詳しく表現できませんわ。とにかくそんな感じのベストなご対応ですの! 感謝いたしますわ!


 茜さんを優しく横たわらせたのち、大きく二度三度深呼吸いたします。心を落ち着けるその間に、メイドさんが額に貼るタイプの冷却シートを持ってきてくださったようです。無駄のない手付きでぺりぺりと保護シールを剥がして、茜さんの額に貼り付けてくださいます。



「ふむ。僭越ながら、私の見た限りでは風邪のようには見えませんね。どちらかといえば、多大な過労と心労による影響、とお見受けいたしましたが」


「そんなこと分かるんですの?」


「ええ。メイドですから。出来て当然です」


 はえー。流石ですの。凄いですの。

 どこまで本気で仰っているのかは分かりませんが、こういう緊迫した場面では冗談は言わないお方です。そもそも普段から信憑性の薄い情報を口に出したり、茶化すような発言をなさる方ではありません。だから私も全幅の信頼を置いておりますの。素直に信じてもよろしいでしょう。



「茜さん……」


 苦しそうに息を吐く彼女を見て、今は固唾を呑んで見守る他に出来ることはございませんでした。

 

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