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開けてみてもよろしくて?

 









「――お嬢様、起きてくださいませ」



 聞き慣れた声が私の脳を揺さぶります。しかし、頭の奥までは届いていないのか、何を言っているかまでは分かりません。ふにゃふにゃと思考が歪んでおります。いわゆる夢見心地というものです。



「…………ふぁ……はふぅ……」


「朝でございますッ!」


「ぴぇあっ!? 寒っ!?」


 体に掛けていた布団をめくられてしまいました。急に訪れた肌寒さに驚き覚醒してしまいます。昨夜は蒸し暑くて寝苦しかったせいか、ラフな下着姿で眠りについてしまっていたのです。



「おはようございます。お嬢様」


「ふぁ……もう朝ですの……? 全然寝足りませんの。毎朝毎晩寝不足の嵐ですの……」


 眼前にはいつものメイドさんが立っていらっしゃいました。今日も三角メガネがキリリとお似合いです。



「お嬢様がお疲れなのは私も充分理解しております。されど、学生の本分は勉学にございまして。学校を休まれてしまっては、私もお父様に顔向けできませんので」


「貴女も雇われの身ですものね……心中お察しいたしますわ」


 働かねばならない者の気持ち、今は少しは理解できるような気がしますの。お給金を得るためには自分のお仕事を全うせねばなりませんものね。


 私が駄々を捏ねても何も始まりません。さっさと起床いたしましょう。


 腕を伸ばし、首を鳴らし、ひょいとベッドから立ち上がります。修行のおかげかだいぶ身軽にはなりましたが、代わりにここ最近はホントに筋肉痛が治りません。もう歳なのかしら。まだピチピチの中学生だといいますのに。



「ああ、そうでした。お嬢様」


「ふぅむ? なんですの?」


 リビングに向かおうとしていたそのときでした。急にメイドさんから呼び止められます。


「こちらをお受け取りくださいませ」


 手渡されたのは、綺麗にラッピングされた小さな箱でした。マグカップが入りそうなくらいのサイズで、青色のリボンとラメシールで煌びやかに装飾されております。別に今日は誕生日でも何でもない日ですが、どうしたことでしょう。


「えっと、開けてみてもよろしくて?」


「もちろんです。こちらはですね、毎日毎日私に起こされてしまってはお嬢様も人として心苦しい部分があるかと思いまして。今日はそんなお嬢様の自立を、陰ながらお助けするアイテムを、私自らご用意させていただきました」


 むむ。楽しげに話されるのは別に構いませんが、なんだか妙に引っかかる物言いですわね。中学生にもなって毎朝起こしてもらってる私が言うのもなんですし、ここは素直に引き下がりますけども。


 ペリペリと慎重に外装を剥がしてみると、中から現れたのは青いハート型の時計でした。全体的に丸みを帯びていて、こじんまりとして、何とも可愛らしい代物です。盤面はアナログの単身長身式ですが、隅っこにデジタル表記も付いていてとても使いやすそうです。


 上部には小さな突起が付いておりますが、こちらは察するに目覚まし機能のオンオフボタンでしょうか。


「どうぞ、押してみてください」


 彼女に促されるがままに、ボタンを押してみます。すると。


『お嬢様。起きてくださいませ。朝でございます。お嬢様。起きてくださいませ。朝でございます』


 背面のスピーカーから発せられたのは、ついさきほど聞いたばかりのメイドさんのお声でした。リアルと何も変わらない声色に思わずクスリと微笑みが零れてしまいます。


「ふふっ。これでは今とあんまり変わらないじゃありませんの」


 生身に起こされるか、機械に起こされるかの違いです。お布団を捲られないだけ時計の方がやや有利でしょうか。ですが耳元で大音量で鳴られ続けられても迷惑ですので、中々いい勝負かもしれません。



「僭越ながら、昨晩音声を吹き込ませていただきました。いかがでしょうお嬢様。少しは元気が出ましたか?」


「ええ、ええ。バッチリですの。おかげで目も覚めましたわ。コレ、是非とも使わせていただきますの」


 ベッド脇のサイドテーブルに乗せてみます。青が冴えて華やかになりますわね。いい感じです。素晴らしいプレゼント、大切に使わせていただきますわ。



「では、お嬢様。改めましておはようございます。既に朝食の準備が出来ております。先にお顔を洗われてからお召し上がりください」


「了解ですの」


 鼻腔をくすぐる香ばしい匂いが私の部屋にまで届いてきております。これはきっとベーコンエッグの香りに違いありませんわ。ちょっとだけお醤油をかけて、そうしてパンにでも乗せて、サックリパクパクいただきたいですの。


 こうしてはいられませんわね。お腹の虫が騒ぎ始める前に準備を済ませてしまいましょう。早足でリビングへと向かいます。





――――――――

――――――


――



「では、行ってきますの」


「ええ、いってらっしゃいませ」


 今日も今日とてメイドさんに見送られながら、学校までの短い道のりを辿ります。


 夏休みが明け、まだまだ残暑が残る秋ですが今日はあいにくの曇り空です。そこまで気温が上がらないのはいいことなのですが、この蒸し暑さだけは何とかしていただきたいものですの。


 早いところ木枯らし1号さんに秋冬の訪れをお知らせいただきたいものです。そうしましたら喜んでコタツで丸くなりますのに。今の私に庭を駆け回れるほどの元気はありません。ただでさえ毎日のようにこの町を飛び回っているのですから。



 ふぅ。できればあまり日中は怪人さんには出て欲しくないですわね。せいぜいお昼休みの間にしていただくか、放課後まとめての方が時間的にも精神的にも余裕がありますの。


 もっと予告状とかルーティーンがあったらこちらも楽ですのに。そういうのが無いからこそ、毎日のパトロールを強いられてるんですけどね。ホント良い迷惑なんですの。さっさと絶滅されていただけないかしら。一気にまとめて出てこられるのも大変でしょうから、ものは考えようですが。


 流れる風景を眺めながら物思いに耽ります。



 あの恐怖の日からも、野菜怪人たちは事あるごとに私たちの町を襲ってきました。人参やジャガイモなんていう主流なカレーの具材から、セロリやラディッシュ、ベビーレタスのようなお洒落なものまで多種多様です。

 これまでありとあらゆる野菜怪人たちのお相手をしてきたはずです。もはや倒してきた種類で大型のサラダバーを開けるくらいですの。


 それだというのに、この毎日毎日変わらないの戦闘の数々……どこから湧いて出てきているのでしょうか。最近はもう大元から叩かねば解決しない気さえしております。出所をパトロール中に見つけられたら嬉しいのですが、手掛かりは未だ無しですの。



 そうこうしているうちに学校に着きましたわ。一学生として今日も勉学に励みましょうか。何事もないことを祈るばかりです。

  

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