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怖くて、怖くて、立ち上がれそうに、ないよ

 


「つまんねぇんだよ。あまりに平べった過ぎるんだ。確かに実力こそ秀でてるがただそんだけの存在って話さ。このまんまじゃまた出来損ないの木偶の棒が出来ちまうオチしかねぇだろう。っつーわけで、総統閣下直々に、見定めに来てもらった次第だ」


 カメレオン怪人は膝まづいていた体を起こし、ゆっくりと私の方に歩みを進めてきます。


「何の、話を、してるんです、の」


「ふーん? この状況でもまだ喋れんのか。全く大したメンタルだなプリズムブルー」


 ケラケラと乾いた笑いをしながら、まるで仲の良い二人が肩を組むかのように私の首筋に腕を回しました。冷たくザラザラとした手が私の肌を微かに撫で、思わず鳥肌が立ってしまいます。



「やめてやれ、カメレオン。嫌がってる」


「へい」


 白服の男性の制止に従い、カメレオン怪人は私から離れていきました。代わりに白服の男性が一歩、また一歩と近づいてきます。

 距離が縮まるごとに、体に降りかかる圧が増していくのです。


「プリズムブルーと言ったな。それはお前か」


 その声にゾクゾクと背筋に震えが走りました。少しでも気を抜けば卒倒してしまいそうなほどの緊迫感です。


 なんとか勇気を振り絞って小さく頷きを返します。



「今、お前は何の為に戦っている?」


「…………私、は」


 ごくり、と息を呑みました。この問いかけは決して答えられないモノではございません。一言二言で終わらせてもよいのですが、どうしてか恐れ慄いたままでは私の気が収まりそうにありませんでした。

 せめて一矢は報いてやりたいと、喉の奥から一つ一つ言葉を紡ぎ上げます。


「レッドを、守る為ですの。その邪魔を、するのなら、貴方にも容赦は致しませんわ。せいぜい覚悟してくださいまし」


 ヘタに刺激するなと言われたばかりですが関係ありません。へこへことへり下り、内容を取り繕ったところで何になるのでしょうか。

 最悪私が囮になればレッドを逃すことくらいはできるかもしれませんし、ハッタリをかますくらいの意気がなければ、とてもではありませんがこの状況を乗り切れられるとは思えなかったのです。



「ケケケ。そんな震えたビビリ声出して、守るだぁ? ホントお前ら魔法少女は甘チャン共の集まりだなぁ」


「カメレオン!」


「……へいへい、分かってヤすよ」


 視界の端にしょぼくれた姿の怪人が映りました。



 ですが今警戒すべきはあちらではございません。すぐに視線を白軍服の方に戻します。


 近くでよく見てみれば、意外にも白軍服の目は真っすぐとした汚れなき瞳をしておりました。嘘も真も全てを正しく見透かしてしまいそうな、吸い込まれそうになる純黒の瞳です。


 確かに威圧されているのですが、殺意自体を感じることはできません。どうしても目を逸らすことはできず、ただただ瞳に映る自分の姿を見つめるのみです。



 ふと白軍服が微笑みを零しました。


「……大丈夫だ。強いよこの子は。んだがカメレオン、お前の言ってることもまぁ分かった。確かに色々と足りてないな。今後に期待しよう……としか今はまだ言えないが、それでももう少しだけ結末まで見届けてやってくれ」


「へいへいへい。総統閣下のご命令とあれば喜んで従いヤすよ。まぁ野菜連中に負けないことだけを祈りますわな。アイツら、新興のワリにゃ実力は中々のモンで。俺が出ていいならワンパン一捻りでしょうが、アンタもそれはお望みでねぇでしょう」


「ああ」


「ケケケ、つまんねぇのー」


 お手上げと言わんばかりの仕草をしていらっしゃいます。そのままぐるりと大袈裟に踵を返しました。



「んじゃ、命拾いしたな、メスガキども。せいぜい頑張っておくれや」


 長い舌をペロペロと左右に出して挑発しながら、カメレオン怪人が手を振ります。隙だらけのように見えていつでも振り返って反撃してきそうな手練れの背中です。決して奇襲をかけられそうな隙はありません。総統閣下と呼ばれた白軍服の方も同じ様子です。



 カメレオン怪人と白軍服の男性が離れていくにつれ、この身にかかる圧も徐々に少なくなっていきます。ほんの少しですが体も動かせそうです。


「待ってくださいまし!」

 

 そのまま黙っていても事なきを得られたことでしょう。しかしそれではまた命拾いしただけで終わってしまいます。何も分からないことが、ただ分からないままになってしまうだけですの。受け身のまま毎日を過ごすのは嫌なのです。


「貴方は……貴方はいったい誰なんですの!? どうして私たちを殺さないのです!? 貴方は、私たちの敵なのでしょう!?」


 せめて誰なのかさえ。あわよくば彼らの目的さえ。今は無理でも、会話からヒントを得たポヨらがきっと情報を集めてくださるはずです。



 私の問いかけに、白服の男性がちらりと振り返りました。


「魔法少女が正義の存在だとしたら、俺は間違うことなき悪の中心人物だろうな。だが、そんな雑把な価値観はどーでもいいんだ。

俺は部外者で、お前は当事者、ただそれだけのこと。お前はただお前の成したいことを成していればそれでいい。その先に俺が居て、俺が必要となるか、そうでないか。そんときになったらまた考えればいい」


「……言ってる意味が、少しも分かりませんの」


「だろうな」


 返ってきたのは結論をはぐらかすかのような回答だけでした。



 カメレオン怪人の能力なのか、去っていく二人の後ろ姿が徐々に風景に溶け込んでいきます。サヨナラを告げるかのように手を掲げてヒラヒラと振っているのが微かに目に映ります。


 やがて空間という名の水面が揺れるかのように、景色の向こう側に消えていきました。





 対峙していた圧が消えました。と同時に膝に力が入らなくなります。緊張の緩みが筋肉の緩みと連動してしまいます。思わず二人して内股で地面にぺたりと座り込んでしまいました。


 今になって全身にびっしりと汗をかいていたことに気が付きました。サラサラでふわふわで着心地の良いはずの衣装が、今は不快なほどに肌に貼り付いてしまっているのです。





「…………私、何にも、できなかった」



 ふと茜さんが小さく言葉を零しました。


「あんなのを、倒さなきゃいけないなんて」


 小刻みにプルプルと肩を震わす姿に、小さな身体が更に小さく見えてしまいます。


 仰る意味は分かりますの。彼らは今の私たちでは到底太刀打ちできる相手ではございませんでした。彼の身に纏うオーラを考えたら、私たちなど外を飛び交う小さな羽虫程度のものでしかありません。気にも留められることなくただただ潰されて呆気なく終わりを迎えてしまうことでしょう。



「…………どうしよ、美麗ちゃん。私怖いよ。怖くて、怖くて、立ち上がれそうに、ないよ」



 その目からは大粒の涙が零れ落ちていらっしゃいます。

 いつでも屈託なき笑顔を浮かべていらして、いかなる頑強な怪人が現れてもその細腕一本で薙ぎ倒し、どんなときも強く逞しい姿を見せてくださった茜さんの、初めて見せた弱く儚げな表情です。


 そんな姿を見て、彼女もまた、本当はか弱い少女なのだと思い知りました。きっとその身に降りかかった強烈な恐怖に、今まさに心が折れそうになってしまっているのです。



 うまく力の入らない膝を叩いて、無理矢理立ち上がります。震える足で彼女の元に駆け寄り、後ろから包み込むように抱きしめて差し上げます。


「……大丈夫ですの。貴女には私が着いてますわ。私が貴女を守って差し上げますの。だから、ご安心くださいまし」


 貴女より力も弱くて足も遅いこんな私ですが、貴女を守る為に魔法少女になったのです。痛いのは辛いですが、貴女が傷付くよりは何倍もマシですの。この身を挺して盾になって差し上げますわ。



「………………うん」


 小さく頷きを返してくださいました。今はそれだけでよいのです。













 この日を境に、怪人の襲撃はますます増えていきました。

 一日に二度や三度の招集は最早当たり前となり、魔法少女としての活動は私たちの生活を更に圧迫していきました。


 精神的にも肉体的にも、疲労と焦燥とがどんどんと溜まっていきます。


 そうして、少しの休みも取ることもできないまま、季節は肌寒く緑枯れゆく秋へと移り変わろうとしていたのでございます。

 

 

面白そうと思っていただけた方、

大変恐縮ではございますが

ブクマや感想、★★★★★評価をいただけますと

毎日の執筆意欲に繋がりますっ

今後ともよろしくお願い申し上げますっ!

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