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顔面蒼白で、恐怖に引き攣った顔


 レッドが降って来た時とは明らかに異なる壮絶な地響きが辺り一帯に伝達いたします。受け身を取るか取らないかでこうも大きく変わるものなんですのね。


 駆け寄って見てみると、空から落ちてきたのは玉ねぎ頭の怪人さんでした。半分ほど地面にめり込んだままうつ伏せていらっしゃいます。アスファルトの割れ方が妙に芸術的ですの。切り抜いたように凹み崩れておりますの。



 つんつんとつま先で小突いてみても、全く反応がありません。それどころかピクリとも動こうとしませんの。


「……ちょっとやりすぎちゃったかも」


「……ええ。どうやらそのようですわね。早いところ終わらせてしまいましょう。私もお手伝いいたしますわ」


「うん。ありがと」


 二人して胸の宝石を握りしめ、浄化用の光を溜めていきます。チャージに掛かる時間はさほど変わりませんが、二人で放てば照射する時間が半減させられますからね。逃げられる心配が無いのであればこの選択肢を取るのもアリなのです。


 そのまま何事もなく無事に光を溜め終わりました。私とレッドの手からそれぞれ青と赤の光線が発射されます。道中螺旋を描きながら怪人を明るく照らしていきます。



「そういえば玉ねぎって、季節はいつ頃でしたっけ?」


「多分秋……だった思うけど、でも新玉ねぎなら春先だよね。どちらにせよ今は旬じゃない、とは思う」


 ご回答いただいたレッドの表情には少しだけ疲労の色が見えましたが、それでも苦戦に至るような相手ではなかったようです。ひとまずは安心ですの。やはり経験則的に言えば、季節外れの場合ならそこまで手強くはならないのでしょうか。


「ちなみに私の方はタケノコでしたわ」


「それじゃそっちも旬ではなさそうだね」



 終始にこやかな会話を続けているうちに、玉ねぎ怪人さんの浄化が終わりました。体の端から光の粒と化して空中へ霧散していくのをこの目で然と確認し、凹んだだけになってしまった地面を眺めます。


 二連戦の戦闘もようやく終わりとなりました。ダイコンもタケノコもそして玉ねぎも、そこまで手強い相手では無かったのが幸いでしたわ。


 この調子なら案外今後もなんとかなりそうな気がいたしますが、更にこれ以上相手が強くなってしまうと流石に考えものですの。

 毎日身を粉にして町のために動くレッドの負荷を、もうこれ以上増やしたくはありませんわ。



「とにかく、今日はお疲れ様だったね。あとちょっとだけパトロールしたら、今日はもう上がっちゃおっか。さすがに疲れただろうし」


「ええ。是非そういたしましょう」


 翌日は筋肉痛間違いなしですの。一刻も早く温かなお布団に埋もりたいですの。でもその前にはお体の方を清めねばなりませんわね。心地良く寝るためには、先に気持ちよくキレイになるのが一番なのです。


 あ、そうですわ、私良いことを思い付きました。



「茜さんさえよろしければ、その後我が家のお風呂でひと汗流していきません? どうぞ湯船に浸かってゆったりとご寛ぎくださいまし」


「うわぁ本当に!? 私美麗ちゃん家のおっきいお風呂好きっ! なんかめっちゃ細っかい泡いっぱい出てくるし」


「ふっふーん。ウルトラでファインなミストバブルのことですわね。お肌すべっすべのつるぴかりん製造器ですのよ。なんたって特注なんですの」


 秘密裏にこの世の秩序を守っているんですもの。少しくらい日常のお風呂で贅沢をしたってバチは当たらないはずです。日頃の上質なリラックスが上質な結果を生み出すんですの。決してお嬢様身分にモノを言わせて機能を追加していただいたわけではございませんわ。



「それじゃもう変身は解除していっか」


「そうですわね」


 今日は三人もの怪人を討滅させたのです。これ以上湯水のようにポンポン湧いて出てこられたら困ってしまいますの。



「いやちょっと待ってくれプニ」


 変身を解除しようとポヨを握り締める直前のことでした。唐突にプニが制止の言葉を挟んだのです。


「もー、今度は何だっていうんですの?」


 まったく次から次へと、ホントに一息つく暇もございませんわ。ついお風呂の話をしたせいか、既に頭の中はお休みモードに切り替わってしまっておりますの。手短にお願いいたしますわよ。



「何かが……何かが近付いてくるのプニ」


「何かって何ですの?」


「ポヨも感じるポヨ。怪人とは違う……だけど、怪人みたいな、異質な反応ポヨ」


「やけに抽象的な表現ですわね」


「ん? 待つポヨ。近くに怪人の反応もあるポヨ。この反応は……!?」



 慌て出すポヨを他所に、ふぅと大きめのため息を溢します。仕方ありませんわ。怪人だか変人だか知りませんが、この場の秩序を乱す方なら容赦はいたしませんの。


 くっと気持ちを切り替え、戦闘態勢に移ろうとした、そのときでした。





 突如として私の体に、背筋を直接凍らすかのようなとんでもなく鋭い悪寒が、頭の天辺からつま先までを貫き駆け抜けていったのです。



 感じたのは体の芯から冷え固まらせるような絶対的な恐怖です。人としての理性ではなく、生物としての本能がこのままでは危険だと、この場から今すぐ離れろ、と告げてくるのです。


 しかし私の足は一歩として動こうとしてくれません。もはや金縛りというにはあまりに理由が明確過ぎます。遥か彼方から感じる重圧に押され、一切の身動きが取れないのです。


 なんとか横目で見てみましたが、私のすぐそばに居らっしゃる茜さんも同じご様子でした。それどころか私以上に顔面蒼白で、恐怖に引き攣った顔をしていらっしゃいます。


 私よりも確実に強い方が、私よりも確実に強い恐怖を感じなさっているのです。非凡な強者ゆえにその更に上の絶対的な力に怯え震えてしまっているのかもしれません。こんな余裕の無いお顔、今まで一度も見たことがございませんの。



 私の耳に、コツリ、コツリという固いブーツ底が奏でる特徴的な足音が聞こえてきます。踵を踏み込むその度に、辺り一帯に乾いた音が響き渡りますの。こんな足音一つでさえ強烈な存在感を放っているのです。威圧感の塊がだんだんと近づいてくるのが肌で容易く感じ取れてしまうのです。



 身動きの取れないまま、直立硬直したまま、目線だけを必死に動かしてその対象を探し出します。瓦礫の向こう側にその存在の姿がございました。


 真っ白な軍服に、真っ白な軍帽、おまけに靴までが純白という違和感たっぷりな男性です。廃工場という灰色と茶色の世界に、唯一ポツンと浮かび上がるかのように真っ白な異様な人物が至極強烈な存在感を放っているのです。



「……いいかポヨ。アレと戦おうだなんて決して考えるなポヨ。とにかく全力で逃げるのポヨ。アレは今の二人じゃ到底太刀打ちできない、言わば遥か高みの存在ポヨ」


「馬鹿を仰いまし。逃げろですって? 出来たらもうとっくの昔にやってますの。出来ないからこそ……こうして、全く動けないんじゃありませんの」


 逃げるのは決して恥ではございません。華々しく散るより自尊が大事ですの。私がやられてしまったら誰が茜さんを守るというのですか。茜さんがやられてしまったら誰がこの町を守るというのですか。


 そう言いたいのは山々ですが、あいにく今は奮起のフの字も浮かんできません。恐怖という名の足枷を、また威圧と言う名の拘束具を嵌められてしまった私たちには既にどうすることも叶わないのです。


 それほどまでに、私たちの心は震え上がってしまっているのです。


 

 もはや絶望的と呼べるほどの状況下、突然眼前の廃工場の壁の一部がぐにゃりと歪みました。錆び付いたトタンの切れ端が徐々に色褪せていきます。その場の風景が水を垂らした水彩画のように、濁り霞み滲んでいくのです。


 やがて、滲んだ空間は人の姿を形取りました。



「よう。また会ったな、ケケケ」


 そこに現れたのはいつかのカメレオン怪人でした。仰々しく膝をついて、一歩ずつ近付き来る白い軍服姿の男性を迎えます。



「ほら、ウチのトップが直々にお出ましなんだ。こんなこと滅多にないんだぞ。大層光栄なこった。んだが相見(あいまみ)えるにはあまりに図が高い図が高い。とりあえずひれ伏しとけ魔法少女ども」


「別に構わないよ。そのままでいい」


 その発声を耳にしただけで、ビクゥッと体が大きく反応してしまいます。これ以上この声を脳に届けたら恐怖でおかしくなってしまいそうですの。何も考えられなくなってしまいますの。


白い軍服姿の男性が、カメレオン怪人の横に並び立ちました。



「私た、ちを、どうする、気ですの」


喉奥から必死に言葉を絞り出します。


「凄いな。この子ら、俺のことを正常に認識できてるってわけか」


「どうやらそうらしいですぜ。一丁前に恐怖を感じやがってる。旦那のソレ(威圧)は分かるやつにしか分からんシロモノだ。その点で言やぁ、コイツらは既に合格ラインに乗ってると言ってもいい」


 よくわからない抽象的な単語がカメレオン怪人と軍服男性の間に飛び交います。



「んだがなぁ、閣下」


 カメレオン怪人が続けます。

 

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