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おててがイテテですの

 


「今度はこっちの番ですの。ご覚悟はよろしくて?」


 先程とは比べ物にならないくらいの速さで詰め寄ります。そのまま拳に力を込め、抉るようにその腹に捩じ込みます。


「ングゥゥアッ!?」


 衝撃で離れようとするその体をステッキの取っ手で無理矢理引き止め、そのままアッパーカットで宙に浮かせ、トドメにステッキを野球のバットの要領でフルスイングいたします。


 バチコーンという子気味いい音が頭の中で鳴りましたが、実際に鳴り響いたのは妙に肉々しい打撃音です。青痣骨折間違いなしの威力に、タケノコ怪人の体が斜め45度の綺麗な放物線を描いて飛んでいきます。向かう先には中々大きなサイズのジャングルジムがございます。



「ふぅ。我ながらナイスホームランですの」



 ものの数秒も経たないうちに、ゴガーンという激しい金属衝突音がこの公園一帯に響き渡りました。ジムの天辺丁度に落下したせいか、接地するパイプのそれぞれから等しく土煙が巻き起こります。衝撃の激しさを体現しているかのようです。



 一息つくとドッと疲労が溢れてまいりました。いつの間にやら膝も子鹿のようにプルプルと震えてしまっておりますの。完全にオーバーヒートしちゃってますわね。まぁ無理もございません。ただでさえ疲労困憊の中、体内の力を振り絞って放つ渾身の必殺技なのですから。


 片膝をつきながら少しずつ息を整えます。額に垂れる汗を拭いながらステッキを消滅させます。このサイズを維持するのは疲れるのです。



 さてさて。今の攻撃は私プリズムブルー必殺の三重奏です。威力もトップスピードも今までとは段違いのスーパーパンチ、無防備な体に放たれる強烈なアッパーカット、そして溜めに溜められたステッキのフルスイングによる痛快な殴打。舞い踊るように放たれた一連動作は、相手に防御する暇を一切たりとも与えません。

 

 もちろんこんな大技は一日にそう何度も放てるわけはなく、ある程度ピンチに追い込まれなければ扱うことも叶わず、一度の戦闘で出せるのもたったの一回きりという厳しい制約もございます。


 これを完璧に防いでみせたのはプリズムレッドのただお一人です。正真正銘のバケモノですわ。



「くぅ……おててがイテテですの。全く力が入りませんの」


 殴るこちらの手にも相応に負荷がかかります。ステッキから伝わる重圧で腕が悲鳴をあげてしまいますの。確かに相手に強烈なダメージを与えることは出来ますが、同時に諸刃の剣でもあるのです。


 ポヨ曰く、適合率が90%を超えればある程度の衝撃は無意識に軽減できるようになるとのことでしたが、現在がMAX86%だとして、残りの4%を詰めるのにいったいどれだけの時間と労力が掛かることでしょうか。それほどまでに九割の大台は遠く険しい道のりで、未だそのきっかけや片鱗を掴み取ることは叶っておりません。



 少しずつ砂塵が晴れてまいりました。


 ジャングルジムの上にはぐったりと倒れ込んで動かないタケノコ怪人の姿がございます。恐る恐る近寄って確認してみましたが、一ミリとして動き出す様子はありません。一撃でノックアウトとは、随分とクリーンヒットしてしまったものですわね。


 謙遜するわけではございませんが、やはり旬ではない怪人さんだったというのも関係しているでしょう。こちらも少なくないダメージを負ったとは言え、本当の意味でのピンチに陥るほど苦戦する相手ではございませんでした。


 

 ジャングルジムを掴みながら、油の切れた機械のようなぎこちない動作でゆっくりと立ち上がります。とにかく体が重いのです。もはや鉛の塊を背負ってる感覚ですの。


「ポヨ、さっさと終わらせてレッドと合流いたしましょう」


「そうポヨね」


 怪人を倒した後にやることは一つ。二度と悪さできないようこの世からサヨナラしていただきますの。


 胸元のポヨを握り締めます。今から行うのは浄化の光のチャージです。青い光が手の平に集まっていき、少しずつその輝きを強くしていきます。血潮が透けるほどの発光を薄目で見据えつつ、ポヨからの合図を待ちますの。



「ほい。準備できたポヨよ」


「了解ですの。それでは」


 ポヨから手を離しまして、ジャングルジムの天辺に向けて青い光線を発射いたします。タケノコ怪人の胴体にしっかりと当たるよう角度を調整いたします。

 完全に気を失われておりますので今更逃げられることもないでしょうが、これも世の安全のためです。彼から目を離したりはいたしません。


 やがてタケノコ怪人の体は淡く青色に発光し、光の塵と化して空に消えていきました。

 これにて私側は討滅完了ですわね。





「それでは茜さんのところに向かいまし……っとと」


 戦闘終わりで気が抜けてしまったせいでしょうか。少々バランスを崩してしまいました。すぐさま体勢を立て直します。


「しっかりするポヨ。もう限界ポヨか?」


「ちょっと疲れただけですの。まだまだ全然やれますわ。それよりレッドの方は?」


「おそらく今も戦ってるポヨね。だいぶ弱まってはいるポヨが、まだ反応が残ってるのポヨ」


「それでしたら私たちも応援に参りましょう」


「もちろんポヨ」



 一度変身を解いてもよいのですが、それでは移動スピードも跳躍力も大きく落ちてしまいます。疲れ切っているとはいえ、このまま屋根の上を飛び繋いで現地に向かった方が何倍も早そうです。

 夏バテしたときのような全身の気怠さはありますが、この程度でダウンしてしまっては魔法少女の名が廃りますの。レッドが未だ戦っているというのにこの私が休んでいい理由はございませんわ。

 

 膝の屈伸を二回、上体の前後屈を二回いたします。よし。筋肉痛も関節痛も関係ありません。早くレッドの元に向かいましょう。





――――――

――――


――






「この辺でしたわよね、確か」


 廃工場の駐車場を覗けるベストスポットのことですの。崩れた屋根を吹っ飛ばされ、トマトに狙われ、初めて魔法少女に変身したあの場所ですわね。


「……見当たりませんわよ?」


 戦闘できるスペースというと、この辺くらいしかございませんでしょうのに。


「ポヨ。本当に反応はここからなんですの?」


「位置座標的には……間違いないポヨが」



 そうは仰いますが360°辺りを見渡してみてもレッドの姿は見当たりませんの。おかしいですわね。




「ブルーそこ離れてーッ!」


「ほえ?」


 突如として声が聞こえてきたのは頭上からです。


 見上げるより先に一歩後退りいたします。直勘が嫌な予感を告げてしまっておりますの。



「よいしょっとッ!」


 私のちょうど目の前に、レッドが直立のまま降ってきました。膝を曲げて上手い具合に衝撃を吸収していらっしゃいましたが、それでも地面には大きな衝撃が伝わります。

 地響きと共に周りの瓦礫がガラガラと音を立てて崩れ落ちました。



「うわっ結構ボロボロじゃん! 大丈夫!?」


「ええ、見た目に反してそこまでは。これはもういつものことですから。レッドの方こそ、怪人さんはどちらに居らっしゃいますの?」


「そろそろ降ってくると思うよ」


「ふぅむ?」


 レッドが空を見上げます。

 私も彼女に習って天を仰ぎ見ます。


 真上に広がる入道雲の中に小さな黒点が見えました。時が経つにつれてその黒点がだんだんと大きくなっていき……




 やがてそれは人の形となって、眼前の駐車場に落下いたしました。

 

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