だが断る
ここで脱いだらお相手してくださる、と。
つまりはそういうことなんですのよね!?
宝石も霞んでしまうほどのキラッキラした目を向けてみましたが、ご主人様の顔色から察するに、そういう雰囲気ではなさそうな気もいたします。
ええ、貴方が仰りたいことも分かりますとも。
総統さんがゆっくりとお語りなさいます。
「ブルー。俺はお前が好きだ。できることなら仕事も何もかも放り忘れて楽しんでしまいたい。だけどさ。今日の予定は前々から決まっている。そしてソイツは残念なことにお前じゃない。ズラすこともできない。分かってくれるよな?」
至極真剣な表情をしていらっしゃいます。
……ホントに、総統は真面目なお人ですの。
彼は真っ直ぐな眼差しで私を見つめなさいます。
「俺を愛してくれる奴には皆優劣付けず平等に愛するのが信条だ。今晩を楽しみに待ってくれる奴に背中を向けて、今俺がお前と楽しむことは、俺自身の信条が許しちゃくれない」
……むむぅ、残念の極みですの。
「勿論、承知しておりますの。ご主人様はズルいお人です。
そんな真剣なお顔を見せられてしまっては何も言い返せなくなってしまうではありませんか」
「すまんな。こればっかりはどうしても、譲れないんだ」
人一倍にワガママな私にだって分かります。
この私が順番を抜かしてしまえば、以降に他の子がそれを真似しないとも限りません。
一度オイタを許されてしまっては今後はご主人様にご寵愛をいただく為の夜の争奪戦が始まってしまうことでしょう。
文字通りの血で血を洗う戦争が勃発してしまうはずです。
正直に言ってキャットファイトで他の方に負ける気はいたしませんが、比較的平和な施設内が殺伐としてしまうのは、男性も女性も居心地が悪くなってしまうでしょうからね。
何事も平和が一番なんですの。
争いごとから逃げ出した私が言うのです。
かなりの現実味を帯びておりましてよ。
総統さんはただでさえお忙しい方なのです。
抜け駆けが許されてしまえば、それこそ時期も時刻も問わずに添い遂げ希望が飛び込んでくるようになりますでしょう。
そうなってしまっては元の木阿弥、本末転倒。
確実に普段の業務にまで支障が出ること間違いなしなのでございます。
故に、ここは素直に呑むしかございません。
それにほら、私は我慢が出来る女なのです。
溜めに溜めた我慢の解放はかなり気持ちがよいのです!
……おっと? ほんの一瞬だけ待ってくださいまし?
己の欲望にもう少しだけ素直になれたら。
どのような結末が見えてまいりますでしょうか。
もしや、争奪戦を期に他の子を全て始末して亡き者にしてしまえば、その分だけ私のお相手をしていただける回数が増えるのでは?
むしろ最終的に夜のお相手が私だけになってしまえば、結果的に毎日しっぽりハッピーになり得てしまうのでは?
きっと暇々言っていられる暇もありませんの。
搾り尽くして差し上げますの。ぐふふふふ。
ほほーう? 意外にこれは最高の考えですわよね。
ならば善は急げというもの。
今すぐ全世界の女共を絶滅させてしんぜましょう。
「――うふふ、まずは手始めに、茜からでしょうか……?」
「何がどういう思考回路でアイツが出てきたのは分からんが、よからぬこと考えてるのは見え見えだからやめなさい」
「もちろん冗談でーすのっ」
きっと半殺しくらいなら許されるでしょうが。まぁ同期で元相方のよしみもありますし、ここは水に流して差し上げましょう。
それに今の茜だけならまだしも、さすがに全人類を絶滅させられるほどの力は私にはございませんし。
実際やろうと思ってもご主人様が止めてくださるでしょうし。
「……茜……レッドか。ここ最近はアイツも楽しんでるようで何よりだな。ちと節操が無さすぎるのは問題なんだが。お前も知ってると思うが、ああ見えて心身の調整するの、ホント大変だったんだぞ」
「……ええ、そうでしたね。……あの子も、ご主人様のおかげで今は何も苦しまずに開放的に生きられているようですし。私だって一安心しているのです。あれくらい自制心が無い方が、心にも負担が少なくて済むのでしょう」
「……そうだと、俺も嬉しいんだがな」
あの子の自由奔放さは、言ってみれば心の脆さと表裏一体なのです。出会ったときからとても純粋な子だったのですから。
人懐っこくて、とにかく純真で、正義感があって。
もちろんこれらは長所なのでしょうが、一歩間違えてしまえば必ず短所にもなり得えてしまうものなのでございます。
実際、それが悪い方向に傾いてしまいましたし。
全てが良くない流れに向かってしまったあの頃。
暴走しかけたあの子を止めるにはこうするしかなかったのです。
果たしてこれが最善の手だったのか、今でも悩んでしまうことはございます。
……今はただ、彼女の感情を増幅させた情欲で封じ込めているだけに過ぎません。あの子の本質は、こんな歪な世界にあるものではありませんから。
ある意味では自由奔放さに制限をかけた形であるのです。
茜についてはそのうち触れさせていただきますの。
まだそのお話をするときではありません。
……こっほん。
まぁ、奔放さで言ったら私も人のことは言えませんので、実際これ以上どうにかするわけでもございませんけれどもっ。
あの縦横無尽さも粗雑な振る舞いも、あの子の性格だから許されているといっても過言ではありませんし。
少しばかり難しい話になってしまいましたね。
この話はいずれ深掘りさせていただきますの。
どちらにせよ欲に忠実なのはいいことなのです。
自分の欲に素直になれたら、他人の欲もまた理解できて、沢山の物事に寛容になれるのでございます。
あら? でもそれってつまり、他人の欲の為に自分が我慢する必要が出てくるってことでは?
我慢とは、本来は欲望に自由になることの反対では……?
「……ふぅむ。なかなか難しいところですわね」
一時期はぐるぐると思考の袋小路に陥ったこともございましたが、考えれば考えるだけドツボにハマってしまうだけでしたので、止めました。
なんにせよ最終的に気持ちよくなれればオールオッケーなのでございます。
「ふぅ。ともかく落ち着きはいたしました。お見苦しいところをお見せしてしまいましたわね。ですが、私の根本の欲求は解決しておりませんの。退屈なのは間違いないのです。
自由に生きると決めたはずなのに、やっていることは大抵性に自由なだけ。これって実際どうなのでしょう?」
「そう言われると困っちまうなぁ。まぁ、お前の言い分も分かったよ。一応何か考えておくからさ」
「ありがとうございますの。ふっふんっ。今日は私も言いたいことを言えてスッキリできましたし、夜の確約も得られたことですしっ」
何より怠惰な日常を盛り上げる貴重な暇潰しになりましたの。思わずにっこりしてしまいます。
「私、非常に大満足しておりますの。色々とお邪魔いたしました。そろそろ自室に戻りますわね。お仕事頑張ってくださいましっ」
「ああ。それじゃまたそのうちな」
「ええ、夜のお戯れを楽しみにしておりましてよ」
こちらこそ、ご主人様の顔が見られて嬉しかったですの。
また一週間頑張れそうです。
いえ、一週間と言わずもう数日我慢したらご寵愛いただけるんですのよねっ!?
今のうちからお部屋を綺麗に掃除しておきませんと。
私の自室に見られて困るものはございませんが、身の周りを整えておくのも乙女の嗜みなのでございます。
私は笑顔のまま一礼し、入り口の方に足を進めます。
「……なぁ、ブルー」
とそのとき、一言呼び止められてしまいました。
「はい、なんでございましょう」
振り返り、ご主人様の目を見つめさせていただきます。
「お前もさ。レッドくらいアホで奔放でイカれられてたら、きっと、楽になれてたのかもしれんな」
「……確かに、そうでしょうね。ですが、あの子も私も本質は同じなのです。
現実から逃げれなくて、甘えられる先がなくて。どうにも身動きが取れなくなったときに、都合よくあなたに救っていただいただけの存在なのです。
ふふっ。もしかしたら、私もあなたに縋って生きることで、新たな道を見つけたような気がしているだけなのかもしれませんわね」
「……お前は、ホントに堕ちてるのか、それとも元からそうだったのか。全然分からない奴だよな」
「ええ、自分でも思いますの。実際どうなんでしょうね」
くすり、と。自虐じみた微笑みが溢れてしまいます。
ですが、これだけは言えましょう。
私はあの日、あなたに窮地を救っていただいて。
それから自由に過ごす生き方を教わって、心から敬愛することを誓いましたの。
貴方の為ならば元いた世界にも平気で背を向けられますの。
お望みとあれば、己の首にだって刃を突き立てましょう。
とっくの昔にその覚悟はできております。
ここがぬるま湯過ぎるから忘れかけてしまうのですっ。
地の果てまで堕ちると決めましたのに。
この地下世界が存外温かで寛容で優し過ぎる空間だったのです。まったく困ってしまいましたの。
私は今の退屈で代わり映えのしない日々も嫌いではありませんが……もう少しだけ刺激と潤いが欲しいとも嘆いてしまっている……ある意味一番贅沢で、傲慢で、ワガママな女なのでございます。
改めてゆっくりと踵を返させていただきます。
「それでは失礼いたしますわね。お寂しいご様子でしたら、なんなら今すぐに押し倒してくださっても構いませんのよ?
……自室に帰ってしまいますがホントによろしいんですの?」
「だが断る」
「うふふーっ。ご主人様のいけずー」
振り返りざま、見えたニヒルめなその笑顔に、思わず私の心もふっと軽くなってしまいます。
ちょっと悔しいので、私もわざとご主人様に悪戯めいた微笑みを向けて差し上げてから、めいっぱいに後ろ髪を残すイメージで退室させていただきました。
ああ。お慕いしておりますの。私だけのご主人様。
ふふー。それにしても、いやぁー、言いたいことを言えましたのでスッキリいたしましたね。
あとは自室で適当に過ごして、たまーに掃除なんかでもして、ご主人様のご来訪をお待ちすることにいたしましょう。
久しぶりにウキウキるんるん気分なのでございます。
――――――
――――
――
―
ちなみに、自室に戻ってベッドの上でゴロゴロと寛いでいた丁度そのときでございました。
コン、コン、と。
私の部屋のドアを叩く音が聞こえてきたのでございます。
怪人さんならこんな事前に確認を取るような遠回しは行為はなさらないでしょうし、むしろズカズカと土足で乗り込んできて、そのまま襲いかかってくるようなワイルドさが売りでしょうし。
かといってご主人様の夜這いは今日ではございませんし……。
訝しむのもほどほどに。
「はい、どなたですの?」
今開けて差し上げますので少々お待ちくださいな。
ドアに駆け寄り、恐る恐るドアノブを捻ってみます。
「いやっほー美麗ちゃん」
扉の先に居らしたのは元相方の茜さんでした。
赤い短髪がしっとり濡れていて、パジャマ姿がとても可愛らしいご様子でしたの。
今日はまだドロドロのぐちゃぐちゃではないようです。
もしかしなくてもお風呂上がりなのでしょうか、
この位置からでも分かるシャンプーのいい香りが私の鼻腔をくすぐります。
「あら、あなたでしたか。いかがなさいまして?」
それにしても珍しいですわよね。
いつもならこの時間はもうどなたかの部屋でしっぽり楽しんでる頃合いではなくって?
「いやー、実は、さ。今からクモ怪人さんのところ遊びに行くんだけどぉ、よかったら……美麗ちゃんもどーかなって」
ほほう、なるほど夜のお誘いでしたか。
そういえばあなた、出会った頃からクモだけは本当に苦手でしたわね。どんなに小さなクモでも嫌がって、いつもいつも私が追い払って差し上げておりましたっけ。
堕ちた今でも抵抗があるとか、ちょっと可愛いところあるじゃありませんの。
とはいえ、まーた昆虫系怪人さんですか……。
いやぁ、でも? 私こう見えて緊縛プレイは5本の指に入るほどのお気に入り内容ですの。
まして糸と拘束のスペシャリストであるクモ怪人の妙技をこの身に味わえると思えば……じゅるり。
これは、一考の価値有りかもしれません。
「コホン。まぁ別に? 幸い今日はこれといったご予約も入っておりませんし。
いいでしょうっ。ぜひご一緒させていただきますわねっ♡」
夜はまだまだこれからなのでございますっ。
今晩こそはきっと長くなりそうな予感がいたしますの♡