ホカホカの焼き魚の上に乗せてやるんだから覚悟してよね
勢いよくレッドが駆け出します。
一気に懐へと潜り込み、そのまま強烈なボディブローを放ちま――
「おっと……痛いのはゴメンだよ……?」
「なっ……!」
ブローを放ったかと思いきや、その直前で腕を止められました。すぐさま後ろへジャンプして彼の元から離れます。
何事かと見てみれば、ダイコン頭が何かを掲げておりました。片腕で軽々と持ち上げてみせたそれは、なんと後ろに居た人質の女子生徒です。首根っこを掴まれて苦しそうに呻き声を上げていらっしゃいます。
「卑怯ですの! 正々堂々戦ってくださいまし!」
つい先程不意打ちを仕掛けようとしていた私の言えた事ではないかもしれません。けれどさすがの私だって人質を盾にするような非人道的な行為はいたしませんの! 不意打ちだって、あくまでその人質を守るための策だっただけなのです。それなのに、この怪人ときたら!
「何をバカな事を……。使えるモノは何でも使う……戦いの基本だろう? 僕としちゃあ捕虜の一人二人減ったところで、大した問題ではないからねぇ……。だけど君らにとってはそうもいかない。ゆえに、コイツらを有効に使わせてもらったまでさ……」
ギリリとその掴む手を強くなさいます。より一層苦痛の色も強くなりました。早くなんとかしませんと、人質の身が危ないです。
くぅ。やっぱり人質を取るような連中にマトモな奴が居るわけございませんの。か弱い女子供を盾にするだなんて、卑劣極まりない方ですの!
この手で成敗してやらなきゃ気が済みません。
「……最初から手加減なんかするつもりは無かったけど、さすがにアッタマに来ちゃったよ。
本気でボッコボコのぐっちゃぐちゃのべっちゃべちゃに擦りおろして、ホカホカの焼き魚の上に乗せてやるんだから覚悟してよね」
どうやらレッドも同じ気持ちのようです。お怒りテンションのせいか和風な朝ご飯と猟奇的スプラッタが織り混ざった独特な表現になってしまっておりますが、今回ばかりはそれくらいやっちゃっても構わないと思いますの。
卑劣なダイコン頭を睨み付けます。
「ブルー、アイツは私がなんとかする。気を引きつけてる間に人質の子たちの解放、頼むよ」
「む。了解ですの。加勢が必要ならすぐ呼んでくださいまし」
「うん!」
直接この手でビンタの一つや二つお見舞いして差し上げたかったのですが、ここはレッドにお任せした方が良さそうですわね。私の戦い方ではどうしても時間が掛かってしまいますから。
私とレッド、二人同時に相手に詰め寄ります。先に私が一発牽制を入れてからその後ろ側に飛び込みます。途中人質のお体を使われた薙ぎ払いがありましたがうまくかわせました。
滑り込むようにして角にまとめて座られる人質の皆さんのところに駆け寄ります。
「お前の相手はこっちだよ!」
「……ふん。まぁいいよ」
レッドの放った掌底に、怪人は空いたもう片方の手で防御いたします。人質に当たらないよう絶妙な角度から放たれる攻撃の数々に、ダイコン頭は防戦一方のようです。
すみませんがそっちはお願いいたしますの。
「皆様お怪我はございませんか? ちょっと痛いかもしれませんが、ほんの一瞬ですから我慢してくださいね」
私の呼びかけに、囚われた女子生徒さん方は小さな頷きをお返しくださいます。この様子なら大丈夫そうですわね。お口が不自由のままでは苦しいでしょうし、まずは口縄枷から外して差し上げましょう。
小さなステッキを生成いたします。せいぜい小指ほどの大きさでしょうか。
最近になって気付きましたが、手に持つステッキはある程度形状を変化させることも可能なようです。平仮名の〝し〟の字なことは普段と変わりませんが、今回のは先端を少しばかり尖らせたものにいたします。
生成したステッキを縄に刺し込み、中まで食い込ませましたら素手で思いっきり引きちぎります。編まれた太縄を引きちぎるだなんて生身のままでは到底無理な話ですが、変身後なら造作もありません。余裕のよっちゃんですの。今ならゴリラと指相撲だってできますわ。
ブチリブチリと手際よくちぎっては外してはを繰り返していきます。よくもまぁこんなにもきつく締め上げたものですわ。お跡に残ってしまってますの。乙女のお肌は縄文土器ではございませんのよ。
手枷口枷を外しながら人数を数えてみますと、囚われていたのは10人でした。皆さん体操服姿のようで、やはり部活動の最中を襲われたようです。
「ここに居る皆さんで全員ですの?
他の場所に囚われているような方は?」
「えっと、居ない……と思う。それより今巻き込まれてるあの子を、早くあの子を助けてあげて!」
「分かってますの。ご安心くださいまし。私たちが必ず助け出します。ここは私たちに任せて貴女方は早くお逃げなさい。よろしいですわね」
「分かった……!」
理解が早くて助かりますの。たった今レッドが戦っている戦闘区域とは反対の、校舎の表側に彼女たちを促します。ダイコン頭の気配を背中で察知しながら、逃げゆく後ろ姿をしかと見届けます。幸い他の怪人の反応はございません。校舎の中にでも隠れていただければ時期に安全になりますでしょう。
人質だった皆さんが完全に見えなくなってから、改めてダイコン頭の方に向き合います。
ちょうどレッドがダイコン頭から人質の女子生徒さんを奪い取ったところのようでした。
「ブルーごめん! この子受け取って!」
「ほえっ? ぅうわっととと!」
突然弧を描いて飛んできた女子生徒さんの体にびっくりしましたが、お姫様抱っこの形でキャッチいたしました。幸か不幸か投げ渡された女子生徒さんは既に気を失っていらっしゃるようです。
この受け渡し方法、さすがにちょっと乱暴過ぎません? と軽くお叱りいたしたい気持ちもありましたが、戦闘の激しさから察するにそんな余裕は無さそうですわね。きっと私が受け取ってくれると信じて投げ渡してくださったのでしょう。そう思えば誇らしくもなれますの。
彼女の手と口の縄枷も外して差し上げます。そして肩を優しく叩いて復帰を促します。
「ほら、大丈夫ですの?」
「ん……うぅ…………ハッ!?」
よかった。気を取り戻しましたわ。最初ごほごほと咳き込まれましたが、見た感じは大丈夫そうですの。大きな外傷も見当たりません。その身を傷付けないよう、よほどレッドが丁寧に戦ってくださったのでしょう。
「皆さん校舎の方へ隠れられましたわ。貴女も避難してくださいまし」
「うぅ……分かった、ありがとう」
ときおり壁に手をつきながらも、ご自分の足で歩いてこの場から離れてくださいます。本当は付き添って差し上げたいのですが、今は戦いの真っ只中です。ダイコン頭への注意を減らしてはなりません。その背中を見送ってから、すぐにレッドの近くに駆け寄ります。
「お待たせいたしましたわ」
これで人質は居なくなりましたの。私とレッドとダイコン怪人、この三人だけの空間ですわ。人質さえ居なくなればこんな方、修行を重ねた私たちには造作もない相手ですの! もう卑怯な手だって使わせません!
「ありがとブルー。一気に畳みかけるよ!」
「くぅ……やはり、なかなかやるねぇ……」
反転攻勢、今度はこちらが優位ですの。
絶対に逃しませんわ。