それ悪役側の台詞だと思うよ
校庭を見渡してみましたが、人っ子一人気配がございません。せめて運動部の方くらいはお外に居らっしゃってもよさそうですのに。この状況、既に避難なさった後なのか、それとも……。
あまりよろしくない想像が私の頭の中を過ります。
「今のうちに変身しとこっか。念の為ね」
「……ええ。何だか胸騒ぎがいたしますの」
この場にいた方々が皆人質として囚われてしまっている可能性もありますの。その場合、一刻も早く見つけて助け出すのが先決ですが、このまま生身で行って元凶の怪人と対峙するわけにもいきません。
残念ながら怪人さんの皆が皆、私たちの変身を待ってくれたり見惚れてくれたりするほど、魔法少女事情は甘くはないのでございます。
それに人質を取るような狡猾な考えの持ち主は、いつだって冷静に、そして冷酷にこちらの隙を突いてくるのです。少しの油断が大きな命取りになってしまうことが多々あるのです。
ごくりと息を呑み、ポヨを握り締めます。茜さんもプニをその手の平の中に収めました。
そして。
「「着装! - make up - 」」
同時に変身の決め台詞を言い放ちます。
眩い光がお互いの体を包み込んでいきます。
少し宙に浮くような感覚の後、魔法少女の衣装が形成されていく感触が肌に伝わってきます。体感で言えばほんの数秒にも満たない一瞬の出来事なのですが、この間においては普段より感覚が鋭くなっている気がいたします。
まるでいつもはあまり使っていない脳の部位が変身を契機に活性化していくような、人体のリミッターが少しずつ解除されていくような、何故だかそんな風に思ってしまうのです。
徐々に光が収まってまいりました。
プリズムレッドの可憐な衣装姿が目に映ります。
「学校の裏側から強い反応プニ!」
「急ぐポヨ! 気を付けるポヨ!」
「「了解!」」
宝石化したプニポヨからの伝達に威勢よく答えます。
敷地内をぐるりと半周して校舎裏に回り込み、建物の影から裏手の様子を伺ってみます。
どこかに不審者は、不審者の方は居らっしゃいま……あ、居ましたわ。一発で分かりました。どう見てもあの人ですの。
「……ハァァ……なぁんでまたこーんなにアッツい季節に働かなきゃいけないかなぁ……。こーんな作業、旬の奴らがやればいいと思うんだけどなぁ……。はぁぁあ……不機嫌にもなっちゃうよなぁ……。早いとこ終わらせて土に埋まってたいよ……」
何やらブツブツと独り言を呟きながら、後ろを向いて手作業なさっていらっしゃいます。
特徴的なのはその頭部でしょうか。
とんでもなく面長の怪人です。頭が大根になっているのです! この怪人、きっとカメレオン怪人が話していた野菜連中の一人に違いありませんわ。
遠目から見てニメートル弱の身長ですが、背丈の三分の一程を顔部分が占めておりますの。根っこの部分が顔だとしたら葉っぱの部分は髪の毛となるのでしょうか。怪人事情に疎い私にはイマイチ分かりません。
容姿にだいぶ気を取られてしまいましたが、その後ろをよく見てみれば、体操服姿の女子生徒たちが数人固まって座っていらっしゃるようです。皆等しく腕や口を縛られているようで、涙目のまま恐怖を顔面に貼り付けていらっしゃいます。一刻も早く助けて差し上げませんと。
幸い後ろを向いていらっしゃいます。気付かれていない今が最大のチャンスですわよね。
誠の真剣勝負にはズルも不意打ちもございませんの。いつだって生きるか死ぬかの二択です。まして人質を取られてしまっていては、正義の使者としての正々堂々さより、まずは確実に安全に勝ちをもぎ取ることを最優先いたしますの。
抜き足差し足忍び足、ゆっくりと確実に距離を詰めていきます。姿勢を低く保ち、足音を立てず、衣擦れの音も起こさず、その場の誰にも気付かれないよう気を配りながら少しずつ怪人さんに近付き、手頃な物陰に隠れます。
どうやらレッドさんは校舎の影に隠れたままのようです。大きく深呼吸していらっしゃいます。慎重になるのも分かりますの。人質がいる以上こちらがピンチなことに変わりはありませんからね。
着実に距離を縮めているおかげで、後数回ほど木陰や物陰を経由できれば、そのまま駆け出して彼の背中に強烈なジャンプキックをお見舞いして差し上げられそうです。目的地まで後少しですわ。
と、浅はかにそう思っていた、そのときでした。
「そこまでだよ!」
「え、ちょちょちょっとレッドさん!?」
プリズムレッドさんが校舎裏から颯爽と姿を現したのです! 堂々と仁王立ちし、その逞しさで存分に強者感をアピールなさいます。
いや、カッコよく登場するのは別によろしいのですが、今私がやろうとしてたこと理解していらっしゃいました!? 中途半端な立ち位置に佇む私はどうなりますの!?
誰もがプリズムレッドの方を向いているかと思いきや、怪人も捕虜の女性たちも皆、その手前の私の方に注目していらっしゃいますの。
皆さんそれぞれ、えっと誰? 何でそこに居るの? と言わんばかりの目をしております。
「……え、あ、と、魔法少女プリズムブルーも! たった今この場に参上ですの! この私が来た以上、どんな悪事も決して許しませんわ! 堪忍してくださいまし!」
こうなったらもう誤魔化す他にありませんのーっ!
幸いにもすぐさまレッドさんが駆け寄ってきてくださいました。その横に並び立ち、二人でビシッとポーズを決めます。よかったですわ。これで少しは予め決めていた感を演出できますの。
ダイコン頭がゆらりと振り返りました。
「ふぅーん……。君らが今話題の魔法少女二人組か……やっぱりどこにでも現れるんだね……まるでハエのようだ」
ふぁさりとその葉っぱを揺らします。
「こっちのセリフですの」
「そうだそうだ! お前たちがいっつも街を荒らしに来るせいで、こっちはいい迷惑なんだよ!」
「君ら邪魔しに来るからじゃないか……」
「それはあなた方がっ!」
くぅ、このままでは水掛論ですの。平行線ですの。押し問答のまま前に進めませんの。そんなに口答えされるようならこちらにだって考えがありますわ。
「どうやら力尽くで黙らせるしかないようですわね……!」
「ブルー、それ悪役側の台詞だと思うよ」
「なっ……図られましたわ」
だ、誰ですの、墓穴を掘ったなどと仰る方は。もしや捕虜の方ですの? そんなこと仰るとその縄、この争いが終わってからも解いてあげませんわよ。
「んまぁでも、戦うしかないってのは私も同意なんだけどね。それじゃ行くよ、ブルー」
「ええ」
気を取り直してダイコン怪人の正面に身構えます。こちらはいつでも準備おっけーですの。