夏休みになりました
サンサンと照り輝く太陽。
茹だる外気温。
滝のように流れ出る汗。
ペタペタと纏わりつくシャツの感触に心底うんざりしながら、只今私は商店街の揚げ物屋さんの軒下にて涼を取っている最中です。
横には茜さんもいらっしゃいます。Tシャツに短パン姿という、とてもラフで少年的な格好をしておりますの。身軽そうで羨ましいですわね。Tシャツ姿なのは私も同じですが、下はスカートを履いておりますので時折足に張り付いてしまいます。薄くもフワフワな布地が実に鬱陶しいのです。今度新しいお洋服をおねだりしてみましょうか。
さて、閑話休題も程々にいたしまして、時節は夏休みになりました。この町にも本格的な夏が到来し、より一層の賑やかさを感じさせます。
歩道を走りゆく少年たちの元気な姿に心微笑ましくなりますが、それを穏やかな気持ちでニコニコと眺めていられないのも現実です。これは日々襲い来る怪人たちのせいだけではありません。
今の私の一番の敵は、この暑さなのです。
空から降り注ぐ容赦ない熱線はアスファルトの路面を介して反射して、日陰にいるはずの私たちに届いてきます。もはや外とは逃げ場のない地獄の世界と化しておりますの。
「あっづいですのー……溶けちゃいますのー……ドロドロの有機物と化しますのー……残った骨は海に流してくださいまし……」
「美麗ちゃん、ホント根性無いね」
横の茜さんが涼しい顔でケラケラと笑います。
揚げ物屋のおばさまには大変申し訳ないのですが、私の真後ろからは揚げ油のパチパチ跳ねる音が絶えず聞こえておりまして、それがまた更に暑さを助長してしまっているのです。
周辺の街路樹に止まるアブラゼミの鳴き声と、お店の揚げ物油のフルコーラスセッションは、騒々しいを通り越して喧しいほどにこの耳に突き刺さります。気が遠くなってしまいますの。この調子では周りに目を向ける余裕などあるはずもございません。
そんな状況下だと言いますのに。
「おばちゃん、コロッケ一つ。出来立てのお願いね」
「あいよ。ちょいとお待ち」
「そんなっ、嘘でしょう……!?」
頭垂れる私を気に留める様子もなく、茜さんは至極マイペースに手に持った財布から小銭を取り出していらっしゃいます。
少なくとも私の胃はこんな暑い中で熱いモノを食べられるほどタフな造りはしておりません。それどころか、ほかほかのコロッケが喉元を通り過ぎるのを想像しただけでげんなりしてしまうくらいです。
だと言うのにこの人、よりにもよって熱々の出来立てをご所望するだなんて……。
「正直、正気を疑いますの……」
「美麗ちゃん。何を思ってそう言ったかは分からないけど、きっとロクでもないことなのは間違いないから、私とおばちゃんにゴメンなさいしようね」
「うぅっ……暑さのあまり配慮に欠けた思考回路に陥っておりましたわ。反省いたしますの。この通りですの」
「気にせんでええのよ。悪いのはみーんな、この暑さのせいなんだから。毎日毎日こんなに暑くちゃ、ホント商売上がったりよ」
店員のおばさまが大きなため息を吐かれます。
そうですわよね。暑さにうんざりしてしまっているのは私だけではないのです。辛いのは皆同じなのです。
「私は暑いのそんなに苦じゃないし、コロッケもメンチも出来立てがいつだって美味しいんだから、毎日食べに来てるんだよっ」
「羨ましいですの……」
「ありがとう、でも今日は何もサービスできないよ。売り上げ、あんまりよろしくないからねぇ」
心中お察しいたします。私も何か貢献できたらと思いましたが、あいにく心と体がうまく連携を取れておりません。このお気持ちだけ受け取ってくださいまし。
湯気の立つコロッケを受け取る茜さんを横目に眺めつつ、私は商店街の方に目を向けました。
できればこのまま何事もなく、夕暮れまで平和に時が流れてほしいのですが……こういう一番動きたくない時に限って、襲撃の反応があったりするものです。
怪人さん方だってお暑いでしょう? もっと過ごしやすい時間帯に活動した方がより効率的に動けるのではございませんこと?
あまり活発になられるのも問題ですが、見回りをしなければならない私たちのことも少しは考えて欲しいですの。もちろんそんなのは彼らの知ったことではないと分かっておりますけれども。たまには愚痴だって挟みたくなってしまうこともあるのです。
そんなことを考えていた矢先でした。
スカートのサイドポケットが一人でに震え出したのです。まったく。噂をすれば何とやらですわね。
今まさに考えていただけに初動は早いのです。どうやら茜さんもお気付きになられたのか、お互い顔を見合わせて頷きます。
「おわひゃんわはふるへ!」
「はいよ。今後ともご贔屓に」
コロッケを口に加えたまま茜さんが駆け出しました。私もその後に続きます。
彼女の横に並びながら、私はポケットに手を入れてポヨを取り出します。震えは彼らからの怪人出現の合図なのです。程よく人混みに紛れながら、青いマシュマロ型変身装置であるポヨを肩に乗せて差し上げます。
「反応は学校の方からポヨ!」
「ふぅむ、珍しいですわね……いつもはもっと人気が少ない場所に出てきますのに」
「ちょっと心配だね。この時間だと部活やってる子たちが居るだろうし。急ごう美麗ちゃん!」
「はいですの!」
日々の鍛練のおかげでしょうか。学校までの距離くらいなら息切れはしなくなりました。道中の坂ダッシュも何のその、あまり苦には感じておりません。少しずつ体力が付いてきたのを身を以って実感いたします。
地面から照り返す熱が少しだけ私の足を遅くしますが、この正義感の前ではあまり足止めにはなりませんの。一刻も早く現場に駆けつけたいという意志がこの足を必死に動かすのでございます。
商店街を抜けてからは人通りが大きく減りました。開けた道をまっすぐに、そのままの勢いで学校へ続く坂道を駆け登ります。
すぐさま変身できるよう、肩に乗せていたポヨを右手に構えておきます。いつでも準備おっけーですのよ。どなたも見ていない絶妙なタイミングで、華麗にお淑やかに変身してみせますの。
校門が見えてまいりました。
魔法少女両名、もう間もなく現場入りです。さぁ怪人さん、世の中の調和を乱す貴方をこの私自らが成敗して差し上げますの。今のうちから覚悟しておいてくださいまし!