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満天の星空

 


 我が家への帰り道のことです。



「今日はいい天気だね。雲一つないや」


 ふと茜さんが天を仰ぎながら呟きました。歩みを止めてその場に立ち止まります。


「今更ですの? もう真っ暗ですのよ?」


 青空を見てそう言うのなら分かりますが、こんなに真っ暗では何も分からないと思いますけど。何を思ってそんなことを仰るのでしょう。


「美麗ちゃんも見てみなよ。ほら」


 そう茜さんに促されて、空を見上げてみます。



 そこには一面の星空が広がっておりました。



「はえー……」


 確かに雲一つない満天の星空です。意外でした。夏場ということで日の入りはだいぶ遅く、しかもまだ夜の始まりだと言いますのに、こんなにもくっきり鮮やかに見えますの。


 うっすらとですが天の川が見えます。それを跨んとする夏の大三角形と、西の空に見えるあれは金星でしょうか。どれもキラキラと美しく瞬いております。ようやく涼しくなってきた気候も相成って、見ているだけで心晴れやかな気分になってきます。


「確かに、いい天気ですの」


 こんな素敵な夜空を見てしまっては私も自然とテンションが上がってしまいます。しばらくの間、言葉を交わすことも忘れて、ただただ星空に見惚れてしまっておりました。


「たまにはこうやって立ち止まって、上を見上げてみないとね」


「ええ」


 言われてみれば、空がはっきりと見える理由も分かるような気がいたします。

 ここには視界を遮る高層ビルは建っておりませんし、繁華街特有のネオンの光なども一切ございません。溢れる自然のおかげか空気も充分に澄んでおりますし、星が見える条件は存分に揃っておりますの。



 ここは田舎と呼ぶには少々人口が多く、かといって都会と呼ぶにはあまりにも色々と物足りない、中々にどっち付かずな規模の町なのです。しかし、それがこの町の良いところとも言えます。 

 この際ですから、新たに星が綺麗に見えるというキャッチコピーも取り入れてしまえばよろしいですのに。



「……綺麗ですの」


「……うん。そうだね」



 こちらに引っ越してくる以前は真夜中でも外が明るくて星など到底見えませんでしたからね。


 どんなに忙しい合間にも、余裕を持つことの大切さに気付かせてくださったような気がいたします。

 茜さんと煌めく星空を眺めながら、至極穏やかな気持ちで帰路に着くことができました。












 我が家の玄関先にはメイドさんが立っていらっしゃいました。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 綺麗な姿勢で一礼し、にこやかにご挨拶してくださいます。もしかしてずっと待っていてくださったのでしょうか。


 そういえば今日はこんな時間になるまで外出してくるとは伝えてなかったですわ。私のような女子がこんな時間まで出歩いていてはさぞかしご心配なさったことでしょう。次からは日暮れまでには帰るか、そうでなくとも事前に遅くなることを伝えてから家を出るようにいたしませんと。



「すみません、遅くなりましたわ。お出迎えありがとうございますの」


 素直にお詫びいたします。


「いえいえ、ご無事で何よりでございます」


 もう一度深々と礼を見せてくださいました。



「……こんな時間に帰ったというのに、怒らないんですの?」


「ええ。これでも貴女の頑張りは理解しているつもりですので」


「……ふぅむ?」


 頑張りとは仰いましたが、今日は学校はお休みの日でしてよ? メイドさんからしたら、今日の私はお家でお勉強もせず、一日中お外に遊びに出かけていたようなものですのに。なんだか不穏に感じますわね。もしかしたこの星空から雪でも降るのかしら。


 私の疑問を汲み取ってくださったのか、メイドさんが言葉を続けてくださいます。


「頑固なお嬢様のことですから〝危ないことはしないでくださいね〟などとお願いしても到底お聞きになってくださらないでしょう? ですから、今の私から貴女にお伝えできるのはただ一つ。〝必ず無事に帰ってきてくださいね〟との一言だけにございます」


「……? ますます意味が分かりませんの」


 今日のメイドさんはやけに詩的で抽象的にお話しなさいますのね。あえて言葉を濁していらっしゃるように感じます。悲しいことに私は察しの悪い人間ですので、もっとストレートにお伝えいただいたほうがありがたいのですが……。



「分からなければそのままでよろしいのですよ。ささ、ともかく今日はお疲れでしょう。中に入ってお休みくださいませ。私は小暮様をお送りして参りますので」


「あ、はいですの。……というわけですので、私は一足お先に失礼させていただきますわね。我が家までわざわざありがとうございました」


「ううん、こちらこそ。お休み。また明日ね」


「ええ。お休みなさい。また明日ですの」


 きっと、明日は明日で別の怪人の反応があることでしょう。それが午前か午後かは分かりませんが、少なくともポヨかメイドさんのどちらかに叩き起こされてしまう朝は必ず来てしまうのです。少しでも気持ち良く起きられるよう、今のうちから身体を休めさせていただきましょうか。


 温かいご飯を食べて、温かいお風呂に浸かって、温かいお布団に入ればどんな疲れだってスパッと吹っ飛んでしまうはずです。


 私はお二人に向けて一礼し、玄関の扉を潜りました。








「美麗ってばニブいポヨねー。あれ、完全に勘付いてる人間の話し方ポヨ。十中八九、美麗が魔法少女やってるってバレてるのポヨ」


 玄関先にて、靴を脱いでいる最中にポヨから耳打ちがありました。


「ほえっ、それって結構まずいことではありませんの?」


「自分の方こそ自ら首突っ込んできたくせに、よく言うポヨね」


それは言わない約束です。ときに好奇心は猫をも殺すのです。私が猫ですの。にゃあ。


「……まぁ確かにあんまり公事にはしたくないことポヨが、あのメイドさん、中々に気を遣ってくれてるみたいポヨ。だから今は様子見ポヨ」


 遠回しな言い方はそのお気遣いだったわけですのね。納得がいきましたわ。

 あ、そうですの。そこまでご理解されてしまっているのなら、もうコソコソ隠れる必要もないのではございませんか?


「いっそのこと全部お話しして、それこそ彼女にもご助力いただくようになれば、ポヨだってお家の中でもっと自由に喋れるようになりますでしょう? その方が色々と楽じゃありませんこと?」


「その辺は別にあんまり変わらんポヨ。ポヨも好きで喋ってるわけじゃないポヨからね。必要に駆られて仕方なーく話してるだけに過ぎんのポヨ」


「素直じゃありませんの」


「まぁ今後に支障が出てきそうなら、そのときは連合本部に確認を取って対応を考えるポヨ。大事をとって今は秘密にしておくが吉ポヨ」


「了解ですの」


 魔法少女の活動は胸を張って頑張れる大切なお勤めではございますが、それにしたって変身した姿を知り合いに見られるのは結構恥ずかしいことなのです。確かに認知される機会は少ないことに越したことはない、という内容にも頷けますの。ポヨの言う通り、しばらくはこのままで行きましょうか。


 遠めに走り去るリムジンのエンジン音を耳にしながら、私はリビングへと歩みを進めます。


 ああーお腹空きましたのー。戻られましたら早速ご用意していただきましょう。それまでは静かにリビングにてお留守番して待つことにいたします。






 こうして、初夏の慌ただしい一日は滞りなく過ぎていきました。そんな一日がいつの間にか二日となり、三日となり、それが積み重なって一週間となるのです。

 まるでデイリーのカレンダーをパラパラとめくっていくかのように、月日とはいとも簡単に経過していくものなのでございます。


 そうして迎えた7月の終わり。

 来たるものは何か。


 ええ、そうです。世の学生たちが常に待ち侘び恋焦がれる、いわゆる夏休みというモノに突入するのです。

 

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