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実践訓練は始まったばかりなのです

 

 向かった先は学校の裏山を登った先の、少し開けた空き地スペースです。


 どうやらここはかつての旧校舎があった場所らしいのですが、今はもう完全に取り壊されておりまして、建物の影も形もございません。結果としてだだっ広いスペースだけが山の中腹にポツンと取り残されたように残っているのです。


 また好都合なことに用がなければ基本的には誰も立ち寄ることはなく、今の私たちにとって勝手のよい修練場と化しているのでございます。

 唯一のデメリットとしてはその立地上あまりアクセスがよろしくないことでしょうか。麓の商店街から中学校を経由して、その更に荒れ道を登った先にあるものですから、ここに来るまでに相当な体力を消費してしまうのです。



「ふへぇ……ヘロッヘロですの……もう立てませんの……これにて修行終了ですの……」


「美麗ちゃん。まだ始まってもいないよ」


 地面に倒れ込む私の目の前で茜さんが苦笑いなさっていらっしゃいます。余裕そうな顔が羨ましいですの。こちらとしては体力不足が目に見えて死活問題なんですの。


 そうですわ。きっと私は人より白身の速筋が多いんですの。ゆえに赤身の遅筋は少なくて、だからスタミナ不足になりがちなんですの。


 言い訳しておきたいのもやまやまですが、一度冷静になって考えてみます。

 世の為人の為に戦う魔法少女がそんな悠長なことは言ってはいられませんわよね。それに私自らが茜さんにお付き合いすると宣言したのです。最初から足を引っ張ってしまうようでは、彼女も思うように鍛練できないかもしれません。


 さぁやりますのよ蒼井美麗。ヒィヒィと呼吸を整えつつ、ゆっくりと体を起こすのです。途中茜さんが手を貸してくださいました。何から何まですみませんわね。



「美麗ちゃんだってだいぶ動けるようになってきたんだからさ。これからはもっと、実践経験を積んでいこうよ」


「実践経験、ですの?」


 膝の汚れをパッパと払い落としながら復唱いたします。


「うんっ。相手がこう来たらこう返す、アレしてきたらコレで反撃、みたいな訓練ね。先に慣れておけばいざ本番ってときも焦らないで済むと思うんだ。あ、訓練といっても手加減は無しだよ。中途半端はお互いのタメにならないから」


「……私と、茜さんとがですの?」


「もっちろん」


 エッヘンと胸を叩き屈託のない笑顔を向けられますが、正直あんまり乗り気にはなれません。だって本気で殴ったら痛いんですのよ? さすがに怪我するレベルまでは行わないとは思いますが、茜さんに本気を出されたら敵いっこありませんもの。


「うぅー……」


「私に勝つつもりでやらないと、カボチャやトマト、それにあのカメレオンには絶対に勝てないと思うよ」


「それは……仰る通りですけど……」


「なら決まりっ。私を難敵だと思って、ドーンと来いだよ!」


 ここまで来たらしゃーなしですわね。確かに手っ取り早く強くなるには、私よりお強い茜さんの胸をお借りするのが一番ですの。茜さんも戦闘訓練ができて一石二鳥ですの。ええ、腹を括りましたわ。



「ひとまず変身しとこっか。生身だと危ないし」


「かしこまりましたわ」


 私の返事を聞いてか茜さんの肩からポヨが飛び込んできました。両手で抱え込むようにキャッチいたしまして、右手で優しく掴み直します。


 向かい合いまして、お互いに小さく頷きを一つ。



「「着装! - make up -」」


 

 ほぼ同時に決め台詞を言い放ちます。息ぴったりです。プニとポヨから放たれた光がそれぞれの体を優しく包み込んでいきます。



 こうも毎日のように変身していれば、熟練度というものは自然と上がっていくものです。気持ち的な慣れに応じて適合率も少しずつ上がってきているような気がしますの。


 初めの頃はうまく変身できずに茜さんにご迷惑をお掛けしたこともありましたが、このところはやっと安定してきまして、ほらこの通り、真っ白なステッキだって出せちゃいます。気持ち小さめなモノですが。



「ほい。準備完了だね」


 淡い光の先に赤い衣装に身を包んだプリズムレッドの姿が目に映ります。膝上丈のドレススカートがよくお似合いで、いつ見ても可愛らしいです。袖口のリボンがまたキュートでポップさを引き立たせておりますの。胸元の赤い宝石のブローチが良いワンポイントになっております。


「ほへー……いつ見ても惚れ惚れするお姿ですわね。レッドさん」


「ブルーこそ。お人形さんみたい」


「それこそこっちの台詞ですの」


 二人してはにかみ笑い合います。



 お互い、魔法少女の姿の時は下の名前ではなく、変身名で呼び合おうと取り決めました。

 これは単に身バレを防ぐだけでなく、オンとオフをしっかり切り替えようとの魂胆です。私としてもこの時だけは茜さんと呼ぶよりもレッドと呼んだほうがより相棒感が出て気持ちが昂ってしまいます。どなたか分かってくださいますでしょうか。ちなみにさんを付けるか否かはその時の気分で決めております。



「それじゃ、始めようか」


「ええ。お手柔らかにお願いいたしますの」



 二人とも真剣な表情に切り替えて、そして身構えます。いつでも手を出せる体勢ですの。


 スピードでもパワーでも劣っている私にとって、唯一とも言える持ち味は耐久力です。耐えて耐えて耐え抜いて、そこで生じた一瞬の隙を確実につく、ただそれだけが勝ち筋なのです。


 これに持久力もセットならもっと戦いやすかったのですが、天は二物を与えてはくださいませんわね。スタミナ的に疲れてしまう方が先に来てしまいます。改善いたしませんと。



「それじゃ……行くよ!」



 その言葉とほぼ同時に、レッドが駆け出しました。


 普段であれば目にも止まらぬスピードのはずです。されど今の私は彼女と同じ魔法少女、相応に身体能力も上がっております。これくらいなら私にも充分反応できますの。まったく……手加減は無しと仰ったのに、最初からトップスピードでも私はなんとか合わせますのよ? 貴女の相棒なんですから。



 彼女のグーパンチをいなしながら、隙を探ります。大振りの後隙に突きを放ったり、回し蹴りを避けて足払いを仕向けたりと、一進一退の攻防を繰り広げていきます。


 さぁ、集中しませんと、レッドには勝てませんのよ!















――――――

――――


――





「たっはー……やっぱり茜さんはお強いですの……まーったく敵いませんの……」


 ただ今私は地面に大の字になって横たわっております。もう変身を維持する元気もありません。


 15分1ラウンドを何度繰り返したことでしょうか。率直に言って全敗です。そのうち数回はこちらの攻撃をクリーンヒットさせるシーンもございましたが、それにしたって毎度毎度の被弾が圧倒的でしたの。柔道なら一本はおろか百本はゆうに超えておりますでしょうね。


 ええ。ボロ負けですの。完膚なきまで叩きのめされましたの。幸いなのはこれが訓練だったということでしょう。実戦であれば致命傷が指折り数えられそうです。



「ほい、立ち上がりーよ」


「あら、すみませんの」


 優しい手を差し伸べていただきまして、よっこらと立ち上がります。さすがに身体の節々が痛みます。


 周りに目を向けて見ればいつの間にか夕方になってしまっておりました。そろそろ下山しないと、夕闇に包まれて何も見えなくなってしまいます。さすがに訓練に熱中し過ぎましたね。気付けばお腹もぺっこぺこです。



「遅くなっちゃったしお家まで送るよ」


「ありがとうございます。そうしましたらお帰りの際は我が家の車でお送りいたしますわ」


「あはは、アレ結構目立つから苦手なんだよね……ウチの周り狭いし」


「うふふ。メイドさんの運転技術は超一級品ですの。胴長リムジンでも心配ご無用、S字もクランクもお茶の子さいさいですわ。ご安心くださいまし」


 むしろ彼女の苦手なものを見つけるほうが苦難でしてよ。



 二人にこやかに空き地を後にしていきます。忘れ物の心配はございません。


 今日は帰りますが、また近いうちに来ることになるでしょう。実践訓練は始まったばかりなのです。少しでも強くなって、貢献いたしませんと。


 学校を通り過ぎ、更に下り坂を降ります。


 商店街の入り口が見える辺りで、日は完全に沈み込みました。静かな夜が訪れましたの。

 

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