能ある避役は爪を託す
人気の少ない裏通りへと出ました。まだ日中だというのにここはどこか薄暗く陰鬱とした空気を辺りに漂わせております。
この感覚、以前にも感じたことがありますわね。あれはカボチャ怪人に襲われそうになったときだったでしょうか。あのときは壁際に追い込まれて万事休すかという状況でしたが今回は違います。困ったことに向かった先が十字路に分かれているのです。
このまま茜さんと二手に分かれたとしても、運が悪ければ正しい道を選べずに、そのまま〝何か〟に逃げ切られてしまう可能性が出てきてしまいましたの。あまり悩んでいる暇もございません。
十字路の真ん中で茜さんが立ち止まりました。
「どうプニちゃん、気配感じる?」
彼女の呼びかけにジャージのポケットからプニが顔を出します。
「ふーむプニ……間違いなくこの辺に潜んでいるとは思うプニが……。茜、少し力を貸してやるプニ。手伝ってくれプニ」
「ほい来たっ」
快活な返事と共に腕を下げて手の平を近付けますと、勢いよくプニがその上に飛び乗りました。そのままエレベーターの如く頭の真上まで運ばれていきます。脳天あたりに綺麗に着地されました。
「さぁ念じるプニよ……!」
「了解っ」
二人とも目を閉じて、何やら瞑想していらっしゃるようです。奇妙な光景ですの。
「ねぇ、あれ何やってますの? 何かの儀式かおまじないですの?」
「前言った変身前に力を分け与えてやる方法ポヨ。他にもやり方は色々あるポヨが、アレは脳に直接刺激を与えてやることで、茜の内に秘める力を解放させているのポヨ」
「はえー。なんか凄そうな話ですのね。ねぇねぇポヨ、私にもアレやってくださいまし!」
「美麗には無理だポヨ。適合率が全然足りてないポヨよ」
むう。私ももっとトンデモパワーでワンダフルに活躍してみたいのです。思わず眠気も吹っ飛ぶようなスーパースペシャルなマジカルパワーをこの身この手に宿してみたいのです。
ここで茜さんの方に動きがありました。
ゆっくりと首を上げ、とある地点に体を向けます。十字路それぞれの先ではなく、その手前の、角の部分ですの……?
「…………見つけた。そこだよっ」
そう呟くとほぼ同時、彼女は勢いよく振りかぶり何かを投げ付けました。私の動体視力でも何とか認識できました。投了されたのは小さな白いステッキのようですの。
野球選手もびっくりなほど綺麗なフォームで放たれたそれは、十字路の右角部分に向かって一直線に飛んでいきます。
壁にぶつかるかと思いきや、そのステッキは何故か手前の空中で止まりました。空間そのものに突き刺さっているかのように一切の微動だにいたしません。
「これ以上隠れても無駄なんだよ。私には見えてるんだから」
その刺さった箇所を強い眼差しで見つめられます。
数秒も経つと宙に刺さっていたステッキは光に包まれながら霧散していきました。変身前では長らく実体化させておくことはできないのでしょう。
しかし、消えていくステッキに反して、刺さっていた空間が徐々に色付いていきます。壁であった箇所の輪郭がぐんにゃりとねじ曲がっていき、辺りの光を吸収しながら人の形に変化していくのです。
「……クゥ……まーた面倒な魔法少女が居たもんだ。これでも擬態と潜伏にゃあそこそこの自信があったんだがナァ」
気がつけば、十字路の右角だった部分には、とある人物が出現しておりました。
「ほー……痛ツツツ……何つー馬鹿力で投げやがるんだまったく……」
出てきたのは爬虫類の頭をした不気味な怪人です。少し猫背気味で、灰色の全身タイツに身を包んでいらっしゃいます。
「えっと、トカゲですの?」
「惜しいなお嬢ちゃん。こちとら一応カメレオンだよ」
ははーん、なるほどカメレオンですか。だから周りの景色に同化して隠れられていたということですのね。
影だけが移動していたのもコレなら納得がいきますの。同化といっても実際に身体が透けているわけではございませんから、光自体は遮ってしまっていたわけなのです。移動のシーンを私に見られてしまうとは迂闊でしたわね。
「おおかた十字路にでも逃げ込んで、私らが居なくなったタイミングでこっそり安全に逃げようとしたんだろうけど。残念だったね」
「フン。あんまりバカにしてくれんなよ。隠れてたのは無駄な戦闘を避けたかっただけだ。それに、こう見えて俺はお前らよりも強い。確実にナ」
「どうだか。やってみればすぐに分かると思うけど?」
茜さんが挑発いたします。プニを握り締めていつでも臨戦体勢ですの。その様子を見て、カメレオン怪人は大きな溜め息を吐きます。
「まぁそうカッカなりなさんな。残念ながら今日の俺にゃあお前らと戦う理由がネェのよ。別にこの後に悪さをしてやろうとも思ってネェ。今回はただ……この辺の調査をしに来ただけさ」
「つべこべ言うなプニ。どんな理由であれヒーロー連合はお前らを見逃さんプニ。悪即斬だプニ。茜、こんな奴の言い訳なんか聞く必要ないプニよ。いますぐ変身プニ!」
「分かってる!」
「ハァー……分っかんネェ奴らだなぁ……」
カメレオン怪人さんが再び溜め息を吐きます。
突如として彼のいた位置からシュバッという空気の裂けるような音が聞こえました。私は彼から片時も目を離してはおりません。しかし。
「うっ……」
気が付けばカメレオン怪人さんは茜さんの背後に瞬間移動していらしたのです。よく見てみれば彼女の首筋には鋭く尖る舌先が当てられています。少しでも強く押し込めばザクリといってしまいそうな感じで、思わず冷や汗が溢れ出てしまいます。
「ナ? 能ある避役は爪を託すってナ。このままサクッと殺してやるのはあまりに簡単だ。
んだが、コチラとしちゃあそれはそれで都合がワリィって話なわけよ。オメェらだってこんなところで無駄な血は流したくないだろ? お互い無益な殺生はヤメとこうぜ。ナ? ナァ?」
舌を伸ばしながら器用にお話になられておりますが、こちらとしてはいきなりの大ピンチシーン到来ですの。幸いなのは彼自身にあまり殺意を感じられないところでしょうか。しかしそれも私たちの対応次第ということは否めません。
首筋に当てられた舌がほんの少しだけ奥に食い込んだだけで、茜さんの顔に苦渋の色が強くなります。
あちらには戦う気がないと仰ってくれているのです。ここは素直に従った方がいいと思いますの。
「……茜もプニも、今は大人しく呑んでおいたほうがいいポヨ。コイツ、カボチャやトマトなんか比にならないくらいヤバイ奴だポヨ。身の安全を最優先するポヨ」
どうやらポヨも同意見のようです。
「…………うむプニ」
「そっちの青いモチモチは賢明で助かるナ。ホラよ」
そう言うと、怪人さんは茜さんをこちらに突き飛ばしてきました。前のめりになって体勢を崩す彼女を、正面から抱え込むようにしてお支えいたします。私、ナイスキャッチですの。
「まぁ帰りがけを見つかっちまったついでってヤツだ。お前らにも一応聞いておこう。オイ青いの。今、カボチャやトマトとか言ったナ?」
「言ったポヨが、それがどうしたポヨか」
慎重にポヨが答えます。
「まっ、立ち話で軽く済ますのもアレだ。ちょいとそこらにでも腰掛けてくれ。敵さんと仲良くお話するのがマズいってんなら、今のうちに本部との通信は切っておくとイイ。後でジャミングされたとか何とか言っときゃ適当にごまかせるだろ」
そう言うと、カメレオン怪人は無防備に目の前であぐらをかきました。至極余裕そうな雰囲気です。隙だらけのように見えて、手と舌は臨戦態勢のままですの。
腰掛けろと仰いましたがこの辺に座椅子なんてものはございませんのよ。まさか地べたに座れだなんてそんな品のないこと出来るわけ……とは思いましたが、下手に彼の機嫌を損ねるわけにもいきません。ええいままよ、女は度胸、ですの!
あえて彼の正面に正座して差し上げます。
「ほう……?」
一瞬驚いたような顔をされましたが、すぐさま先程までの顔色に戻られました。ちなみに茜さんは警戒しているのか立ったままなのですが、大丈夫でしょう。
さぁいつでもどうぞ。存分に話してくださいまし。