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よく分かりませんが分かりましたわ

 











「ふわぁぁあ……ねむ、ですの……あふ」



 カラッと晴れた土曜日、時刻は正午のちょい前くらいでしょうか。ただ今私は町内のパトロールを兼ねて商店街を巡り歩いている最中ですの。眠い目を擦りながらもなんとかキョロキョロと辺りに気を配っているのです。


 本格的に夏が始まりまして、いつものように利用していたベンチは差し込む灼熱の太陽に当てられて結構な熱を帯びてしまっております。このまま腰掛けたら太ももがジューシーなステーキと化してしまいますからね。正直今すぐにでも座って休みたいのですが、夕方日陰に入って涼しくなるまで当分はお預けですの。


 連なる店々の天幕の下、なるべく直射日光を避けながら、商店街の端から端までを隈なく目を通して進んでいきます。



「……ふわぁああぁ……あふ」



 先程から幾度となく欠伸をこぼしているのにもきちんとした理由がありますの。


 自分で言うのも悲しいですが、私は元来から勤勉で真面目な一女学生です。転校以来、常に模範的な振る舞いをと過ごしておりましたら、いつの間にか周りの方からは才色兼備の優等生お嬢様などと呼ばれるようになってしまいました。私もそのご期待に応えようと日々頑張っておりますの。


 もちろん日中の授業は気を抜かずに聞いておりますし、家に帰ってからも予習復習を怠らないようにしております。

 そんなただでさえ密度の濃い生活に、新たに魔法少女としてのパトロールや修行や怪人撃退の時間が追加されてしまっては、もはや一日24時間では到底足りなくなってしまっているのです。


 結果として毎日毎日寝不足の嵐なのでございます。


 本来ならこんな土曜日はお昼まで寝ているのが常なんですが、不穏なことにここ最近は怪人の反応がやたらめったらに増してきておりますの。今朝もまたポヨに叩き起こされて、今こうして商店街の中を巡り歩いているという具合です。



「何事もないのが一番ではありますが……ふぁあふ……ホントに怪人の反応を感じなさったんですの……?

これといって何もない、ごく普通の街並みでしてよ?」


 肩に乗るポヨに問いを向けてみます。


「おっかしいポヨねぇ。確かに感じたんポヨが……。ポヨの怪人センサーは最高級の半導体と最新鋭の精密機器で形成されているのポヨ。微弱な反応も一発感知ポヨ。間違いなんてあるはずがないのポヨ」


 まるで首を傾げるかのようにポヨが体を捻ります。



 だって今日の風景は平和そのものなのです。

 いつも通り八百屋のおじさまは呼び込みの声掛けでお忙しそうですし、古本屋のお爺さまは店先でうつらうつら船を漕いでいらっしゃいますし、歩道の奥様方は井戸端会議に沢山の花を咲かせておりますの。

 おまけにその近くには元気いっぱいに走り回るTシャツ短パン姿の男子小学生たちが居たりしまして、いつもと変わらぬ日常風景が広がってるだけなのです。事件のジの字も感じられませんの。



「その機能、ついにガタが来たんじゃありませんの?」


「そうだとしたら、それは美麗がポヨの力を完全には活かしきれてないからかもしれんポヨね」


「む、これでも頑張ってるんでーすのー」


 適合率だってあれから72%まで上がりました。少し不格好ながらもステッキだって召喚できるようになりましたの。私だって全く成長していないわけではないのです。


 あれもこれも茜さんのご指導ご鞭撻のおかげですわね。よく分からない逆上がりの練習も、校舎裏の急坂登りも、最初は何事かと思いましたが結果には表れているんですもの。涙無しには語れぬ辛く苦しい修行でしたが、一度身に付いてしまえばいい経験なのです。



 私も何とか戦えるようになって、少しは茜さんの負担も減らせるようにはなりましたが、こんなに毎日毎日引っ張り凧になってしまっては、身体がいくつあっても足りそうにありません。


 こんな生活をたった一人でこなしていただなんて、茜さんの体力と精神力はホント化け物レベルと言っても過言はありませんわね。



 っと、噂をしておりましたらご本人登場のようですの。商店街の向こう側にラフなジャージ姿の赤髪の少女が見えました。

 ジョギングのペースでほっほと息を吐きながらこちらに駆け寄ってきていらっしゃいます。


 私も迎えるように歩道の真ん中で待機いたします。なかなか日当たり抜群な場所ですわね、ここ。



「美麗ちゃーん。おつかれー、そっちはどうだった? 何かあった?」


「こちらは特段何もございませんでしたわ。茜さんの方は?」


「こっちもおんなじだねー。確かに妙な気配は私も感じてるんだけど、具体的な居所が掴めてないっていうか、変にコソコソした感じっていうか、なーんだかなーって感じ」


「やっぱりガセ情報だったんですのよ。……ふわぁあああ……あふ」


 今日みたいな平和な一日は、クーラーでキンキンに冷やしたお部屋で、もっふもふのお布団を被って寝てしまうのが一番ですの。また明日から頑張ればいいのです。明日は明日の風が吹きますの。何も今から走り回る必要はございませんでしたのー。



「あっはは美麗ちゃんホントに眠そうだね。ま、ここ最近はとにかく忙しかったからねー。今日一日くらいは休んでもよかったかも」


 ほーら青色マシュマロ、見てみなさい。この正義感の塊の茜さんだって、腕組み苦笑いを浮かべるくらいしかやることがありませんの。何も手掛かりがない以上、私たちにはお手上げなのでございます。


 ですから、ね? こんな暑いところに突っ立ってないで、まずは日陰に入りましょう? そしてそのついでに冷たいアイスでも買って、食べながらゆっくりと帰路につきましょうよ。このままでは汗も滴るいい小麦肌になってしまいますの。


「そうと決まれば善は急げですの。まったく、こんな休日の朝っぱらから叩き起こされてはプンプンです……ふぅむ?」


「ん? どうかした?」


「いえ……」


 茜さんの後ろ側で、()()()()歩道を横切るのが目に止まりました。ちょうど人一人分くらいの大きさの影です。


 しかしそこに人の存在はありません。


 たとえ今のが鳥の影だったとしても、それにしてはやけにスピードが遅すぎますし、空に浮かぶ雲にしてはあまりに早すぎます。そもそも今日は雲ひとつない晴天なのです。頭上を遮るものなんか一つもあるはずがありません。



 ですのに、道を、影だけが横断しますの……?



 自分でも何を言ってるのか分かりませんが、確かに変な違和感を感じてしまったのです。目に見えない何かの通過感と言いますか、得体の知れない何かの存在感と言いますか。



「今、何かが私たちのすぐ近くを通り過ぎて行ったような……」


「ッ! 美麗ちゃん、それどっちに行ったか分かる!?」


「ええと、たった今、そこの裏路地の方へ」


「急いで追いかけるよ!」


「へっ? ふぇ!?」

 

 急に手を取られ、半ば転びそうな形で駆け出します。


 よく分かりませんが分かりましたわ。茜さんには何かが分かったのですね。私には全く何も分かりませんでしたが。


 とにかく走るのです!

 

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