私の魔法少女としての人生が、今から始まるのです!
ふぅ、だいぶ落ち着きましたの。お気遣いありがとうございました。
半分ほど残ったペットボトルを傍らに置くと、吐瀉物プラスうがいの残骸が入った汚バケツは、すぐにプニとポヨがどこかに運んで行ってくださいました。
あの小さなモチモチたちのどこにそんな力があるのかと疑問に思いましたが、この際深くは考えませんわ。後処理感謝いたしますの。
「えっと、大変お見苦しいところを見せてしまいましたわね。この汚点、死ぬまで背負い続ける覚悟ですの」
「大丈夫。私は全然気にしてないよ。むしろ本当に身体を張って守ってくれたんだなって思ったら……逆に嬉しくなっちゃったくらい」
「えっ……それはさすがに……ないプニ」
「プニに同じくポヨ」
戻ってきたふわふわ饅頭たちが早速引き気味の様子です。少したじろぎながらも大きく跳ねて小暮さんの肩の上に乗られました。
「えっと……正直私も同感ですの」
「えー嘘なんでー!?」
「うふふ、冗談ですの……うっくっ」
ちょっと笑っただけでお腹の辺りがズキズキと痛みます。
「あ、大丈夫!?」
「え、ええ、ご心配なく」
今は背中を瓦礫に預けて座っているくらいしかできませんが、もう少し休めば立ち上がれる程度には回復すると思いますの。
実はうがいしている最中に確認してみたのですが、どうやら殴られたお腹にはちょうど拳大の青アザができているようでした。あまりに痛々しい見た目だったので触診はいたしませんでしたが、本来であれば肉も骨も内臓も全て丸ごとドーナツのように消し飛んでいてもおかしくない衝撃だったと思いますの。この程度で済んで不思議なくらいです。
やはり魔法少女になって身体能力が向上していたおかげなのでしょうか。もし賭けに失敗して、あの一撃を生身で受けることになっていたら……と想像するだけでゾッといたします。気休め程度にしかならないでしょうが、ひとまずペットボトルで冷やしておきましょう。
「うぅ……本当に……本当に……美麗ちゃんが無事でよかった」
突然、隣に座られる小暮さんが泣き崩れました。
ですが気になった部分はそこではありません。
「なっ、え、あ、今、なんと?」
うるうると感傷に浸っているところ大変申し訳ありませんが、いきなり名前呼びとは一体全体どうされましたの? ほら、体起こしてくださいまし。
「あっ……えへへ……なんだか、今になって蒼井さんって呼び方、よそよそしいかなって思っちゃって。出会ってからこんなにずっと一緒にいるのに、同じ魔法少女にもなれたのに、なのに名字呼びのままだなんて……なんかさ。ダメかな?」
「いや、もちろんダメではございませんが……ちょっと恥ずかしいですの。何しろ不意打ちでしたので」
「慣れちゃったらこっちのもんだよっ! ねっ、美麗ちゃんっ!」
「くぅぅ……」
思わず赤面してしまいます。
まったく。涙目で大変なことを仰る方ですね。別に呼ばれること自体は問題ございませんが、その、貴女が名前呼びされるということは、つまりは私の方も同じにしてよいと、そういうことなんですのよね?
考えているだけでは想いは伝わりません。更に私はさり気なく聞けるほど器用でもございませんの。こういうときは直球が一番なのです。
「とと、ということは、私も貴女のことを、これからは小暮さんではなく……あ、茜ちゃ……いえ、茜さんと呼ばせていただく感じになりますが、よろしくて?」
「もっちろん! どんとこいだよ!」
「で、では……これからよろしくお願いいたしますの……茜さん」
うはーっ、名前で呼び合うの、友達レベルが急上昇したような気がいたします。思いの外親密度が高く感じられるのです。なんだか大人の階段をかけ登ったような気持ちですの!
これならトマト頭に殴られた甲斐があると……っくぅぅ。
「いつつつつ……」
少しでも腹筋に力が入るとダメですわね。気を付けませんと。
「お前ちょっと落ち着くプニよ……」
「え、ええ、そうさせていただきますの」
深呼吸もままなりません。今は安静にしておくしかないようです。殴られた箇所を撫でながら浅くゆっくりと呼吸を整えます。
って待ってください。何呑気に落ち着いてますの。この話も確かに重要ではありますが、もっと大事なことがあるはずです。
「それよりも! 私が倒れたあの後はどうなったんですの? こうやって私もこぐ……茜さんも無事だと言うことはつまり」
「うん。美麗ちゃんが気を失った後の話だよね。トマト怪人の奴、ちゃんと約束を守ってくれたよ。あっちこそ相当驚いてたんだ。渾身の力を込めたはずなのにこの程度の外傷か、ってさ。男に二言は無いとか何とか言ってどこかに消えちゃった」
ふむ……正直な話、私たちは命拾いした、と言う他ございませんわね。手負いの二人は恰好の的だったはずですの。だというのに約束を守ってくださった彼には、敵ながら感謝しなければいけません。
「……奴はまた会おうと言って去っていったプニ。コチラが魔法少女でアイツは怪人な以上、いずれまたどこかで対峙せねばならぬ運命だプニ。
それまでに再起の策を練らねばならんプニね。今の我々では到底太刀打ち叶わん相手プニ」
死ななかったとは言え、耐え凌いだと言うにはあまりにカッコ悪い幕締めでしたもの。
次会うときは堂々と正面から受け止めて差し上げて、ええー? 今のがもしかして渾身のパンチでしたの? 蚊にでも刺されたのかと思ってしまいましたわ、ざーこざーこですの、と軽く鼻で笑い飛ばせるくらいになってやりますの。
私の心の中で青い炎がメラメラと燃え滾ります。
「蒼井美麗。君はまだズブの素人魔法少女ポヨ。知識も経験も何もかんも足りてないポヨ。もっともっと実践経験を積んで体で覚えて、そうやって僕との適合率を高めるポヨ。それが強くなる一番の近道ポヨ」
そうですわね。今日私が出来たのは見様見真似の変身だけなのです。その先の戦い方はおろか体の動かし方一つだって満足に理解していないのです。生まれたてのひよっ子同然なんですの。
少し整理いたしましょうか。
「えっと、確か今の私は、適合率62%? くらいなんでしたっけ? 完全体ではないと仰っていたのは覚えておりますが」
「うむポヨ。ステッキまで出せて初めて一人前の魔法少女ポヨね。ゆえに目下の目標は70%ポヨ。それくらいから変身の質が安定してくるのポヨ。
可能であればその次の大台80%、ここまでくれば大抵の力は意のままに操れるようになれるポヨ。そして目指すは驚異の90%……正直到達できるとは全く思ってないポヨが、ここまで高められれば例え変身してなくてもある程度の力を僕らから分け与えてやることも可能になるポヨ。すぐさま現場に駆けつけたり、連戦連闘したりなんてのもお手の物ポヨ」
「茜さんのように、ですわね」
「うん! プニちゃん。私たちももっともっと上を目指すんだからね。目指すは適合率100%! 二度とあんな奴には負けないように。この先、もっと多くの人を守れるようになるために!」
「当たり前プニ!」
いつの間にか不安や涙はどこかに消え去っておりました。
「一緒に頑張ろっ、美麗ちゃん」
「はい。よろしくお願いいたします、茜さん」
共に両手を取り合います。
茜さんの腕を伝って、桃色大福のプニと青色マカロンのポヨもこの手に乗っかってきました。
もう私たちは二人と二体のバラバラではございません。人と装置とがペアとなって魔法少女になり、対なる魔法少女がコンビとなって共に悪に立ち向かうのです。そのためのスタートラインが今なのです。
固く拳を握り合い、皆で意気込みます。
貴女をこの手で守るため、私は戦いますの。
貴女の横に並び立つため、私は戦いますの。
貴女と共に笑い合うため、私は戦いますの。
私の魔法少女としての人生が、今から始まるのです!
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第2章も中盤に差し掛かってきました(*´꒳`*)
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