この虫野郎ッ!!【挿し絵有り】
「私、最近すっごく暇なのでございます」
「……お、おう?」
ふぅ。ようやく本題に入れましたわね。
言葉を続けさせていただきますの。
「この暮らしに慣れて早二年、いや三年ほどが経ちますでしょうか。代わり映えのない生活に飽き飽きし始めているのです。退屈すぎて靴になってしまいそうなくらいですの」
起きて、食べて、喰べて、寝て、そしてまた眠り呆けて。
基本はその繰り返しの毎日です。一応微々たる変化こそはありますが、根本がブレることはございません。
……ぅおっほん。勿論お分かりのこととは思いますが、似たようなワードがあるのは故意ですからね。
「あー、またそれ系の話題か」
「またとはなんですの、またとは!」
私渾身の訴えでしたのに、どうしてかご主人様はやれやれ顔をなさっていらっしゃいます。
「コレって結構な死活問題なんですのよ!?
えっとよろしくて!? 乙女とは変化が無ければすぐに老いさらばえてしまうモノなんですの。まさにアサガオの如き儚くてか弱いモノなのでございますっ!」
「いや、植物は水と光くれてりゃ勝手に育つし……。お前はどちらかっていうとほら、回遊魚のマグロみたいなもんだろ? 止まると息できなくなるから寝ながらも泳いでるってやつ」
「はぁぁあん!? ななななんですって!? 誰よりも麗しく献身的なこの愛奴めをマグロ呼ばわり!?
まったく失礼な主様ですの。ゲス野郎にも度が過ぎますわね」
「そういう意味で言ったわけでは」
「もちろん冗談ですのっ」
額に浮かべていた怒りマークを即座に消して、代わりにてへぺろりと舌を出してほくそ笑みます。
……あー、楽しいですの。
念の為に弁明しておきますが、私はマグロはマグロでも冷凍マグロの方ではございません。
後々で美味しく調理されるべき、採れたて新鮮なナマモノにございます。ふっふっふっ。私は自分から動くのが好きですし、〝受身よりも献身〟が信条の一つなのですから。
さて、閑話休題終了ですの。
「ともかく。私が言いたいのは、この生活には娯楽があまりにも少なすぎる、ということなのです」
話を脱線させたのは申し訳なく思いますが、この会話だって立派な私の暇つぶしなのです。
戯言の一つや二つ挟まないではやっていられません。
私の言葉に、総統さんは頬杖をより深くなさいました。
「……まぁ、お前の言いたいことも分からんでもないよ。つってもなぁ。そんなこと言ってくるのお前くらいのもんだからなぁ」
それは何となく察しておりますの。
「ええ。皆様それぞれお勤めでお忙しいでしょうし」
社員寮の怪人さんは一日の大半は外回り営業で大忙しなのです。お暇はおろか絶えず休みを求めていらっしゃるくらいでしょう。
それどころか、反対に全く寮から出ない大抵の慰安要員も、ときの流れを感じる余裕もないほど、昼夜関係なく器械体操に勤しんでいらっしゃると思いますの。
私も毎日獣のように盛っていられれば楽しく過ごせるのでしょうに。
生憎そう単純にはなれないのです。ある意味私のこれは、一種の賢者タイムのようなものとも言い表せるのですから。
たしかに肉欲に溺れることは簡単ですが、溺れれば溺れてしまうほど、反動で理性の岸辺に上がってしまう性らしくて。
「出会ったときから思ってたんだけどさ、ブルーってホント難儀な奴だよな。他の連中みたいにもっと開放的になればいいのにさ。とはいえ、それがお前にとっての〝自由〟なんだから仕方がない、か」
少し困ったような顔でこちらを見てきましたので、私も同じ顔で微笑み返して差し上げます。
「ええ。仰る通り。ご主人様こそとっくの昔からご存知でしょう?」
「ああ、それはそうなんだが、ううむ」
あら? なんでしょう。
ご主人様にも何か思うことがあるのでしょうか。
「そうは言ってもさ。お前だってこの生活気に入ってるんだろう? ほら、この前だって聞いたぞ。カマキリ怪人との話」
気に入っていないと言えば嘘になりますの。といいますかその話題、もう総統の耳にまで届いていらっしゃるのですね。
「ふぅむ。カマキリ怪人、さん」
まぁ無理もないでしょう。
まさかあんな展開になるとは私も思っていませんでしたし。
「えっと、その話題触れてしまいます? よろしいんですの? 少々長くなってしまいますけれども」
「なんだ? なんかあったのか」
丁度どなたかにお話したかったところなのです。
この際ご主人様に聞いていただけるのなら、思い切って全てぶち撒けさせていただこうかと思いますの。
すー、ふぅ、と。大きな深呼吸をお一つ。
もう一度言いますの。少々長くなりましてよ。
「……聞いてくださいます!? ガッカリなのですわ! もうあんな粗チン短小虫野郎のことなんて知りませんわ!」
「おうおうどうしたいきなり。何があった」
だから今からお話しいたしますの!
相槌もほどほどにお静かに聞いてくださいまし!
「カマキリ怪人さんったら、私の隣で物静かにお食事なさっている姿がダンディでグッと来ましたのに! それでお誘いにお受けしたといいますのに!
その後の展開きたら、思い返しただけで腹が立ってきますの!
まったく、どうしたもこうしたもありませんの。
何なんですのあの方! 自分から夜伽に誘っておいて!
あんな人だとは思いもしませんでしたわねッ!
ご自慢の鎌で首刈り傷付け脅しプレイしていただけるかと思いましたのに!
世の中嫌よ嫌よも好きのうちといいますでしょう?
多少傷付くのは私だって覚悟の上なのです! それなのにちょーっと嫌がる素振りを見せただけで何なんですのあの萎縮ぶりは! 途端にビビり散らしてナヨナヨして、挙げ句の果てには謝り倒してきて!
まったく心のち○ぽがガン萎えしてしまいましたわね!
私ガツガツ来られるのが好きなのに!
男性優位のオラオラプレイが特に大好物なんですのッ!
お分かりになりまして!?
期待を裏切られたこの乙女の心をッ!
いつだって私は皆様にリードされていたいのですし、ちやほやされていたいのですし、ワイルドで逞しい殿方のお姿を楽しみにしているのです!
だといいますのにッ! 涙目で部屋の端に縮こまる姿を見せられては、私の期待心はいったいどこに置いておけばよろしいのです!?
つーかどうしてあの方、基本的に受身プレイなんですの!? 腕押さえ騎乗プレイとか久しくやっておりませんので戸惑いましたのよ!
まして私は虫ではございませんの! もちろん産卵管などは持ち合わせてはいませんし、ち○ぐり返しなる体勢で行為を要求されるとは思いもしませんでしたの!
あの方、とんだ弩級のドドドM野郎だったのです!」
ふぅ、ふぅ……息継ぎする間もございません。
とにかく一息で解き放させていただきましたので、少々酸欠気味にございます。頭の奥がくらっとしますの。
ギッと睨みつけるように正面のご主人様を見てみれば、予想の通り、やはり呆れ顔にございました。
「まぁ仕方ないだろ、性根がカマキリなんだからさ。アイツら女性には強く当たれない性なんだよ。いつだって最後には奥さんに美味しく食べられちゃうんだよ。
……カマキリってそういう生き物だから」
成程さすが冷静なご意見ですわね。
ですが今の私には関係ございませんの。よろしくって!?
「女性優位がカマキリ本来の習性ですって?
そんなの知ったこっちゃありませんの。私は人間ですの!
期待が無駄になって不完全燃焼で終わるのが一番ムラついてイラついてしまうのでございます!
多少乱暴でも粗雑でも構いませんから、いつだって無抵抗の即入れガン突きを所望しておりますのッ!!」
己の欲を満たせずして、何が自由と言えましょうか。
覚悟してくださいまし…ッ! この虫野郎ッ!!
いつか必ずヒィヒィ言わせる側に立たせてやりますの!
ふーっ、ふーっ。
ここまで話してしまうと、溜まりに溜まった他の鬱憤も一緒に晴らしてしまいたくなってしまいます。
積もる話題は何もカマキリ怪人さんだけではありません。
私言いましたわよね? 少々長くなる、と。
「はー! これだから昆虫系は! 話はこれだけじゃないですの!
この前夜をお供したバッタ怪人さんは妙にばぶばぶしておんぶとかねだってきやがりましたし。何ですの!? 私はアナタのママではありませんの!
ミツバチ怪人さんに至ってはぐうたら私ばっかり動かせて自分は何もしない糞手抜きマグロ野郎でしたし!」
「ハチなのにマグロとはこれいかに」
「黙ってお聞きなさいまし!」
「あ、はい」
「そもそも他の方にしたってそうですの! セミ怪人さんは口だけ達者で煩いだけの根暗イキリ引きこもり野郎ですし!
ノミ怪人さんだって……あ、いや、吸血プレイにはちょっとだけ興奮しましたけれどもっ。
それにしたって吸うならもっと分かりやすいところがあるでしょう!? 何故に足首!? 女性には! 三箇所くらい吸うべき! もっと! イイとこ! ありますのよッ!?」
「俺に言われてもなぁ……。全部改造元の習性が原因だろうし。ソイツらの性癖までは完全に管轄外だし……」
冷静なコメントをなさるご主人様を前に、過去の怪人様方を振り返れば振り返るほど、フツフツと湧き出る怒りが収まりません。次から次へと言いたい愚痴が飛び出してきます。
脳髄が沸騰して頭の先から湯気が出そうですの。
「あー、まぁブルーの言い分もわかったよ。
今度俺がしっかり相手してやるから機嫌直してくれ」
「ヒャッホウそのお言葉を待っておりましたのッ!!!」
「お前……」
うふふ。分かればよろしいのです。
私は沢山の殿方と致すのも好きですが、そうは言ってもやはりご主人様に求められ与えられるのが何よりのご褒美なのでございます。
心地よく抱いていただけるのであれば、損ねた機嫌だってすぐさま正座で定位置待機させられる自信がありますわね。
ねぇねぇ今すぐですの!? ここで、ですの!?
秒で脱いでおけばよろしいのかしら。
潤んだ瞳でご主人様をじっとりと見つめて差し上げます。
ちろりと舌舐めずりしてお誘いいたしますの。