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上も下も右も左も、前も後ろも何もかも

 


「……なるほど面白い。それがお前の真の姿か」


 対峙するトマト頭が鼻で笑います。この際彼の鼻がどこにあるかはさておきましょう。


「ええ、どうやらそうらしいですの」


 なんせ私も初めてですからね。変身してどこまで頑張れるかは分かりませんが今の姿なら何とかなりそうな気がいたします。だって身体の内々からエネルギーが湧いてくるんですもの。



「美麗、あんまり油断するなポヨ。今の君は辛うじて変身出来ているだけに過ぎんのポヨ。身体能力もどこまで補完できるか……正直装置の僕にも分からんポヨ」


「ちょっと、今更不安になるようなこと言わないでくださいまし」


「すまんポヨ。だけどステッキが具現化してない以上、完全体では無いのは間違いないポヨ。今の僕から言えるのは〝ひとまずはよくやったポヨ、あとは気合いでなんとかするポヨ〟くらいだポヨ」


「結局は根性論に落ち着きますのね……」


 変身の興奮で忘れかけておりましたが、この後お腹を抉り殴られるのが私の役目なんでしたわよね。

 ともすればもっと励ましの言葉とかないんですの? 仮にも裏若き乙女が今から殴られるという事案なのですよ? まぁ諦めの言葉でないだけマシと思いましょうか。誰も死なない可能性が見えてきたことに変わりはないのですから。


 腹筋に力を込めて念入りにチェックしてみます。見た感じは何も変わってはおりませんが、きっとそのときになったらポヨ由来のスーパーパワーがどうにかしてくれることを祈りますの。



「それでは覚悟はよいか。魔法少女プリズムブルーとやらよ」


「え、ええ、今更逃げたり隠れたりはしませんの。これが私の最高のパフォーマンスでございます。ひっくり返してもこれ以上何も出てきません。いっそ一思いにやっちゃってくださいまし。必ず耐えてみせますの」


「ふん。その意気込みだけは認めてやろう」


「うう……正直言えばあんまり痛くない方法にしてほしいんですのぉ……」


 もちろんこと殿方に全力で殴られるのはこれが初めての経験です。お父様にも殴られたことはございませんの。彼の一撃によって私の腹筋が文字通りチョコレートのようにバキバキにならないことを祈るばかりです。



 トマト頭が一歩、また一歩と近付いてまいります。指をポキポキと鳴らして今にも準備万端というご様子です。


 どうしましょう。ここに来て一段と心臓が高鳴ってまいりました。ドキドキと脈打つのが分かります。今はまだ恐怖というよりは緊張の方が強いです。


 思わずグッと目を瞑ってしまいました。


「あ、あと叶うなら殴る直前に掛け声とかでお知らせしてほしいんですのぉ……」


「よかろう」


「あ、ありがとうございます……?」


 変なところで紳士ですわねこの人。そこまでしていただけるのなら前言撤回をして殴るのも殺めるのも無しにしていただければよろしいのに。

 でもきっとそういうことを伝えると腹を立たせてしまうんでしょうね。かなり頭の固い方のようですし。その実直さと正々堂々さのおかげで私にも耐えるだけという希望が見えてくるのです。


 そうですわ。気をしっかりと持つのよ蒼井美麗。彼の攻撃をたった一撃耐えるだけでよろしいのです。つい先ほどまで小暮さんは何発も何発も耐えていらっしゃったではございませんの。


 あれに比べたらなんてことはないはずです!



「では……」


 耳に届いたその冷たい声に、自然と背筋に悪寒が走りました。辺りの空気も一瞬で凍りついたのを肌で感じられます。身の毛もよだつような恐怖の権化が目と鼻の先に居るのです。コレ、少しでも気を抜いたらお陀仏間違いないレベルですの。


 このままではきっとダメです。私の第六感がそう囁いておりますの。

 己の腹筋に人生で一番だと胸を張れるくらいの力を込めます。そして明確に想像するのです。私の腹筋はパリンと割れるヤワな一枚瓦ではございません。何重にも重ねられた分厚い鋼の合板です。何人たりとも打ち破ることは叶いません。


 魔法少女の力は思いの力。

 今はただその言葉を信じるだけ。



「いくぞ」



 く、来るなら来なさいの。


 必ず耐えてみせま――








 その瞬間、私の世界がグラリと揺れました。



 上も下も右も左も、前も後ろも何もかもが分からなくなります。


 間もなくして身体も宙に浮きました。

 地も天も定かではなくなります。



「ガッ……ハッ……!?」



 上手く呼吸ができません。

 肺の空気が急激に押し出されて、内臓を圧迫されて、猛烈な吐き気が私を襲います。


 痛みがやってきたのはその直後でした。


 いえ、正確にはちがいます。


 痛みこそ真っ先に感じていたはずなのに、思わず脳が順番を誤認してしまうほどの、むしろ殺意そのものと呼ぶに相応しい衝撃の塊が、私のお腹にダイレクトに届いていたのです。



「ウッ……ぐぁ……っ……かっ……はぁっ……」



 うめき声も満足に上げられない中、徐々に意識が遠のいていきます。


 まるで脳が様々な感覚にキャパオーバーしてしまい、各部位を強制的にシャットダウンしてしまったかのようです。思うように身体が動いてくれません。


 間も無くして視界も真っ白に染まっていきます。

 世界がドロドロに崩れ落ちていきます。


 もはや正常とは何かさえ正常に考えられなくなる中、こちらに駆け寄る真っ赤な衣装の女性の姿がやけに鮮明に見えました。



「こ、ぐぇ……さっ……」


「蒼井さんッ!!!」



 彼女の声だけが唯一私に判別できたものでした――。






 





――――――

――――


――






「小暮さんッ!!?」


 ハッと目が覚めました。

 急いで身体を起こします。


 あのトマト頭は!?

 あれからどうなったんです……うぇっ。



「お、おぼぇええええっ」


 突如として感じたのは腹部への猛烈な不快感でした。そのまま胃の中のモノが逆流し、全てを吐瀉してしまいます。


 辺り一面に撒き散らしてしまったかと思いましたが、幸いにも何故か目の前には広口のバケツが用意されておりました。最後の力を振り絞ってその中に吐き出せましたので、服にも周りにも特に被害は出ていないようです。


 どういう状況なんでしょう。回らない頭で必死に考えます。けれど、今はまだ錯乱しているのか上手いこと考えがまとまりません。


 口の中に残る苦さと酸っぱさだけが私の感覚の大多数を支配しておりますの。



「な、ナイスゲロキャッチ、プニ……」


「ほーら僕の言った通りポヨ。あんな一撃を受けて吐かない奴が居るわけないポヨ」


 私の耳元から聞き馴染んだ話し声が聞こえてきました。一方は引き気味の声、もう一方はドヤドヤとした自信満々の声です。


「…………ゴレ、どういう、ごどなんでずの」


 口の中に残る不快感に耐えながら、私は問いを向けます。


「はいコレっ。まずは()()()しとくといいと思うよ」


 目の前に水の入ったペットボトルが現れます。どうやら私の横に座っている小暮さんが手渡してくださったようです。


 是非ともお言葉に甘えさせていただきましょう。このままではまともに話せませんの。



 えっと、皆様ちょっと席を外していただけないかしら。少々お見苦しいところを見せてしまうかもしれませんので。

 

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