私を、貴女の友達を信じてくださいな
「……先ほどから少しばかりネズミの視線を感じるなと思ってはいたが、なるほど」
ようやくトマト頭の姿が目に映りました。地に膝を付けたプリズムレッドを背にして、不気味に直立したまま動きません。しかし。
「そこか」
その顔は確かにこちらを向いておりました。
「急いでここを離れるポヨ!」
「ふぇっ!?」
ポヨからの怒声に、訳も分からず後ろにジャンプして引き下がります。と、次の瞬間。
眼前に一直線の閃光が走りました。目の前にあったはずのトタン屋根が真っ二つに引き裂かれていたのです。衝撃で飛んできた金属の切れ端が顔の横を通過します。あと数センチズレておりましたら間違いなく顔面に刺さっていたはずですの。
命拾いした……などと言っていられる状況ではありませんわね。
だって、先ほどまで小暮さんが対峙していたトマト頭が、今は私の目の前にいらっしゃるのですから。
「覗いていたのは貴様か」
その腕は熱を帯びてシュウシュウと湯気を上げております。まさかトタン屋根を手刀で? 以前までの私なら到底信じられなかったでしょうが、もうそんなモノは今日までに沢山見てきました。目にも止まらぬスピードで動けるくらいなのですからそれくらいは朝飯前なのかもしれません。
「……わた、私です。そ、それがどうかいたしましたの?」
強がりを言い返そうと思っても自然と声が震えてしまいます。目の前からは肌を焼くような重圧がひしひしと伝わってきております。こんな存在と、小暮さんは戦っておりましたのね。
「蒼井さん!?」
倒れていた彼女もこちらに気付かれました。
「すみません。居ても立っても居られずについ様子を見に来てしまいました。私が来たからにはもう安心……と一度は言ってみたかった人生でしたが、そうは言っていられない状況ですわよね」
もっと労いの言葉を優しく投げかけて差し上げたいのですが、今は気軽に軽口を叩けるような状況ではございません。
唯一ラッキーだったのは小暮さんへの攻撃の手が止まってくれたことですわね。奴が私に気を取られている今のうちに休んでくださいまし。
もっとも矛先をこちらに向けられては今の私なんかでは一秒の時間稼ぎにもなれる気がしませんの。きっと一撃で腹を貫かれて、そこから血を噴き出して息絶えてしまうのがオチでしょう。
しかし幸いなことにこの前のカボチャ頭に襲われたときとは今は少しだけ心持ちが異なっております。体を縛り付けるほどの恐怖は変わらないのですが、不思議と後悔の念は湧いてきてはおりませんの。
今回は興味本位の野次馬精神ではございません。こうなる危険を承知で、自分の意思で来ると決めたのです。事態を想像していなかったわけではないのです。
ですから胸を張って言い切ってやりますの。たとえこれが場違いで、とても見苦しいことなのだとしても。今を乗り切る為の言い訳を言うつもりはございません。
目の前に立たれるトマト怪人に対し、正面で向き合います。
「覗き見していたことは謝ります。友達のことが心配だったんですの。ですから、願わくばこれ以上彼女を痛め付けるのはお止めくださいまし。この通りですの」
腰から体を折って相手に礼を向けます。私は彼女と違って戦えません。だからこそ、今の私にできるのは言葉をもって礼節に尽くすだけ。
「無意味な懇願だ。第一にこちらに貴様の話を聞く道理がない。第二に己の意を示せるのは強き者だけだ。覗き見なる卑劣な手段は弱者のやることだ。聞き受けられない。第三に部外者は排除するのみ。それを理解しておろうな」
「くっ……!」
トマト怪人はいたって冷静に冷たく言い放ってきました。もちろん私としても聞き入れていただけるとは最初から思っておりませんの。正直に言って彼は何も間違ったことは言っておりません。仰る通りだと思います。
「待って! その子は関係ない!
だから手を出すのは止めて!」
私とトマト怪人との間にボロボロな小暮さんが飛び込んできます。しかし着地の際にバランスを崩してしまったのか、膝から崩れ落ちるようにして倒れ込まれました。やはり相当なダメージを負っていらっしゃるようです。
「そ、そうだプニ! コイツはただの一般人プニ。この争いには関係のない奴プニ」
赤い宝石のブローチになっているプニも必死に抗議の声を出してくださいます。
……なるほど。トマト頭さんの言い分としては、私が弱くて部外者だからダメなんですわよね?
「分かりました。では、私が強さを見せれば見逃していただけるかもしれませんのですわね」
「ほう……?」
「な、何を言ってるプニ?」
思い付いてしまいました。
彼女を助けられる方法を。
こんな自分でも今すぐ強くなれるトッテオキを。
「今から私が魔法少女になります。それで貴方と正々堂々戦います。たとえ勝てなかったとしても、貴方に誠意を見せて差し上げます」
言葉では聞いてもらえない。黙っていても状況は変わらない。それならば、無理矢理にでも幕外の者が舞台に上がらねばならないでしょう。その役を私が引き受けて差し上げますの。
「ばっ、馬鹿を言うなプニ! 前にも言ったはずプニ! 魔法少女は誰にでもなれるような簡単なものじゃないんだプニ!
もし変身できなかったら奴の攻撃を生身の体で受けることになるプニよ!?」
「うそ!? そんなの絶対死んじゃうよ!
下がって蒼井さん! 私が頑張一一」
「それを承知の上で言ってるんです!」
このままでは貴女は負けてしまいます。この場合の負けとはイコール死であると直感してしまっておりますの。それこそ私には最悪の事態なのです。絶対に避けなくてはなりません。
「魔法少女よ。問おう。この娘の言うことは誠か。そして貴様らの言うことに嘘偽りはないか」
腕を組み、仁王立ちするトマト頭が問いを向けてきました。ああよかった。この話に食い付いていただかなくては何も始まらないですから。
息も絶え絶えな小暮さんの代わりにプニが答えます。
「……全て本当プニ。ヒーロー連合の正義と威信を賭けてこれを誓うプニよ。本当は敵になんか情報は渡したくないプニが、そんなことは言っていられない状況プニ」
神妙な声色で続けます。
「怪人よ。心して聞けプニ。魔法少女とは誰にでもなれるモノでは無いんだプニ。その性質上、魔法少女はまず若い女子のみに限定されるプニ、その中でも適合の可能性がある者自体、せいぜい数万人に一人……いや数十万人に一人出てくるかという確率プニ。しかもそれでやっと変身まで至れるかという稀有な存在なんだプニ。
だから正直に言うと、もしこの状況でこの娘が正しく変身できたのなら……それはもう奇跡と呼ぶに相応しい事柄なんだプニ」
数十万に一人の確率、ですか。確か小暮さんはその更に上の百万やら千万やらのウルトラレア的存在だと仰っておりましたわよね。
こんな小さな町に既にそんな希有な存在が居らっしゃるのなら、確率論的に言えばもう他の適合者が出てくるわけはないということなんでしょう。
ですが全くのゼロではない限り、未来を賭けてみる価値はあると思いますの。
「ふむ。なるほど面白い。であるならば、我は公平さを持って、たとえ成功しても失敗しても貴様の腹を抉り殴ることを誓おうぞ。
それを受け止められたら貴様の勝ち、逆に受け止められずに無様に死に絶えれば貴様の負けだ。それ即ちここに居る者全員の死を意味すると心得よ」
「ええ。かしこまりましたわ」
敵ながら懐の広さに感謝いたしますの。武人さんらしいありがたいご提案です。別に勝たなくてもよい、たった一撃を耐えられればそれでよい、と。ここまで条件を緩和していただけるのであればこちらにも僅かながら可能性が見えてきますの。
これ以上の欲を出して彼の機嫌を損ねるわけにはいきません。ここは呑むの一択です。
「待ってダメだよそんなの!
ほら、私は大丈夫だから! ね!?
私戦えるよ! 強い奴と戦いたいんでしょう! こんなのまだまだ序の口だよ! 気の済むまでやりあおうよ!?」
「……ポヨも、腹を括ったポヨ。
このまま戦ってもレッドが負けてやられるのは目に見えているのポヨ。……どのみち結末が変わらないのであれば、この娘に賭けてみる他に生き残れる選択肢はないポヨ」
「そんなポヨまで!?」
肩に乗るポヨがピョンと力強く跳ねます。
以前に魔法少女の相棒は一人につき装置一つまで、と仰っておりましたわよね。ということは貴方が私の相棒となってくださるわけですのよね。正直心強い限りですの。
「……こんなの、おかしいよ。プニもポヨも、なんで乗っかっちゃうの……止めてよ……」
「……ポヨはああ見えて打算的な奴だプニ。たとえこれが分の悪い賭けだと分かっていても、先の見えない未来よりは目先の可能性を選んだまでだプニ」
「そんな……私が弱いばっかりに……」
肩を落とさないでくださいまし。貴女が悪いのではないのです。貴女が背負っていた負担を、私も一緒に担ぎたいだけなのです。
「気を落とすのはまだ早いですの。
私を、貴女の友達を信じてくださいな」
大丈夫ですの。
必ず成功させてみせますから。