これが頭脳プレイってやつだよ
先に仕掛けたのはプリズムレッドの方でした。しゅん、と音もなく前方に一気に駆け出すと、元居た場所からは砂埃が巻き上がります。
猛ダッシュの勢いそのままにトマト頭の顔面目掛けてパンチを放ちます。全身の体重を乗せた強烈な一撃です。ですが、トマト頭はそれをいとも容易く片手で軽く受け止めました。
「その程度か?」
「まさかっ」
プリズムレッドが不敵な笑みを返します。突き出した拳はそのままに、体を大きく捻って後ろ回し蹴りを放ったのです!
顎を抉るような鋭い角度の一発でしたが、対するトマト頭は不意の攻撃に少しも苦を見せることなく、逆に深く屈み込むことでこれを避けてみせます。
あえなく空振りに終わってしまったレッドですが、その大振りの勢いを殺すことなく大きく回転することで、彼との距離を取りつつ体勢を立てました。
もう一度二人が見合います。
「なるほどね。このまま正攻法で行っても難しそうだから……ちょっとズルさせてもらうよ!」
そういうと、なんとレッドさんは手に持つ白い杖を勢いよくぶん投げました。
風を切り裂き進みゆくそれはまるでダーツの矢のようです。ジャイロ回転しながらトマト頭という的を目掛けて一直線に飛んでいきます。
誰ですの、戦いの基本は格闘だとか宣っていた方は。その相方さんこそしっかり飛び道具を使っていらっしゃるではありませんの。しかも不意打ちじみたほぼノーモーションでの投擲です。これを避けるのは容易ではないでしょう。
「ムゥ!?」
一瞬だけでしたが、狼狽えたトマト頭の姿が私にも見て取れました。両腕を顔の前を組んで防御していらっしゃいます。
大したダメージには至っておりませんでしょうが、ガードの際に生じた隙をレッドさんは見逃しません。
視界から消えるくらい姿勢を低くして、半ば滑り込むような形で一気に懐へ潜り込みます。小柄な体型を活かしたスピードプレイです。
そのまま無防備な脇腹にブローを一撃、立ち上がり様に膝蹴りを一撃。おまけに去り際に回し蹴りを放って合計三撃、残念ながら最後のは片腕でガードされてしまいましたが、だいぶ優勢となる攻撃をヒットさせました。
離れる際に器用に杖を拾い、再び距離を取ります。
「これが頭脳プレイってやつだよ」
「くぅ……」
決して贔屓しているわけではないのですが、この不意打ちを私は卑怯とは思いません。戦いとは拳と拳のぶつかり合いだけで完結するほど単純なものではないのです。
実戦を見ているとこちらにも伝わってきますの。使えるモノは何でも使うと言わんばかりの気迫が今のレッドさんにはあるのです。
「だが、効かんな。その程度か」
攻撃を受けた直後こそ顔を顰めておりましたが、今はもう体も向き直ってピンピンしているように見えますの。
「うわっ、めちゃんこタフだねぇ。少しは手応えあったと思ったんだけどなぁ。あっははー……こりゃちぃとばかし困っちゃうなぁ……っはー……」
「ふん。絡め手は弱者の使う常套手段だ。底が見えたな赤き魔法少女よ」
「なっ、なにおう!?」
「では今度はこちらから行かせてもらう」
「ッ!?」
一瞬何が起きたか分かりませんでした。
トマト頭が視界から消えたのです。
次の瞬間にはプリズムレッドの身体は宙に浮いており、体もくの字型に曲がっておりました。
そのままの体勢で地面に叩きつけられます。
「小暮さ、はぐっ!?」
「大きな声を出すなポヨ、ここがバレるポヨ」
私の言葉を遮るかのように、ポヨが口の中に飛び込んできました。喋らせない為とはいえ、なんとも体を張った静止方法ですの。確かに効果はありましたが。
「へふは……って、ぺっぺっ!」
っていうか何この子、大福のような見た目に反してビックリするくらい苦いです。誤飲防止処理の施された玩具……確かデナトニウムとかいう成分でしたっけ。あの味がしますの。舌に残る独特な渋味がいたします。
「すまんポヨ。こうするしかなかったポヨ」
手の中に吐き出してしまったポヨが謝ってきます。
「いえ、こちらこそ。ありがとうございますのちょっと冷静になれましたから」
「レッドの体ならあれくらいは大丈夫ポヨ。変身によって肉体の耐久性も大幅に強化されているんだポヨ」
「それなら、いいのですけど……」
その言葉の通り、あれだけの衝撃を受けたにも関わらず、プリズムレッドさんはゆっくりと起き上がりました。
その表情には先ほどまでの微笑みはありません。キッと張り詰めた表情で前方の虚空を睨みつけます。私には見えないのですが、トマト頭はそこにいらっしゃるようなのです。
ふっと息を吐いた次の瞬間にはプリズムレッドもまたその姿を消しておりました。
駐車場の中央辺りからは風を切るような音と拳や蹴りが奏でる打撃音が交互に聞こえてきます。
音から察するに、どうやら二人は私の見えないスピードでお互いに殴って蹴って見切って防御しての大乱闘を繰り広げているようなのです。
「……しかし、このままではジリ貧だポヨね……」
「貴方には見えてるんですの?」
「うむポヨ。ただ今絶賛一進一退の攻防中ポヨ。お互い牽制的なジャブはある程度身に受けつつも、致命傷となりそうな一撃は綺麗に避けているポヨ」
「ならどうしてこちら側が不利に……?」
「確かにスピードや被弾率は互角であっても、一撃一撃の攻撃の重さにおいてはレッドの方が明らかに劣っているんだポヨ。このまま続ければ……蓄積していったダメージ量分、分が悪くなる一方ポヨ。
……正直ここまで苦戦しているレッドを見るのはポヨも初めてだポヨ」
「そんな……」
何か、何か手立ては無いんでしょうか。
「小暮さん……」
しばらく交互に鳴り続けていた風切り音と打撃音は、次第にその比率を変え、終いには打撃音の方しか聞こえなくなってきました。
度重なる被弾によってどちらかの体力が落ち、結果として更なる被弾が増えたということでしょうか。
攻防のスピードも徐々に落ち始め、二人の動作が度々残像となって私の目にも映るようになってきます。
私の目に映ったその光景は、ほぼ一方的に殴られ続けるプリズムレッドの姿でした。
「小暮さん!!!?」
先ほどに比べ、明らかに生傷が増えております。その顔に余裕の一欠片も感じられません。
「バカ! 大きな声を出すなと言ったポヨ!」
ふと、つい今の今まで耳に聞こえていた打撃音がピタリと鳴り止みました。