トマトは初夏が旬
もう十分は経ったでしょうか。いつもならだいたいこのくらいには戻ってくるといいますのに、今回は何だか全然その気がいたしません。
とってもとってももどかしいんですの。
ベンチでただお留守番しているというのもそれはそれでソワソワしてしまいます。強い反応と聞いては変にそっちに気が向いてしまって、時間の流れが妙に遅く感じてしまいますの。
今頃、強い怪人に対峙して苦戦していたり、ピンチに陥ってはいらっしゃらないでしょうか。
この思いが杞憂に終わって、けろっと何事もなく戻ってきてくださればそれが一番なのですが、こうもじっと待つばかりでは不安な気持ちが大きくなってしまいます。
「ねぇ、もちろん貴方には怪人の反応がどこから来ているのか分かっておりますのよね?」
「もちろんだポヨ。今も体内のセンサーがビンビンと呼応してるポヨ」
「……ちょっと、様子を見に行きません?」
「な、何言ってるポヨ危ないポヨ」
そう言われるのは百も承知です。あなた方にとっての私は何の力も無いただの一般人なのでしょうから。けれどもですね。
「貴方、小暮さんの様子が気になりませんの?」
「それはそうポヨが……」
「大丈夫ですの、分かっております。ご迷惑にならないよう遠くから見るだけですから。それでしたら、ね?」
「むむう……ホントにホントだポヨよ!?」
「さっすがそうこなくっちゃ!」
ポヨを肩に乗せ、小暮さんの鞄を担ぎます。どうやら大半の教科書類は置き勉していらっしゃるようで軽いです。今はそれが幸いですの。
私もベンチから勢いよく立ち上がります。
まだ怪人の反応があるということは、今も彼女は現地で戦っているということです。だったら私は全力でその場に向かうだけですの。
「こっちだポヨ。最短ルートを教えてやるから急ぐんだポヨ」
「なーんだ、貴方だって結構心配してるんじゃありませんの」
「うるさいポヨ!」
ポヨの指示する道を走ります。人混みをかき分けて、先日の人通りの少ない通りに入って、建物の裏手を通って壊れた塀を乗り越えて……。
途中で息が切れかけました。そこまで運動音痴ではないと自負しておりますが、少し運動不足であることは正直否めませんの。
こんなところまで小暮さんは猛ダッシュで来ていたかと思うと……スタミナお化けですわよね。あの小さな体のどこにそんな体力があるんでしょうか。甚だ疑問です。
ポヨの道案内によって到着したのは、街の外れの廃屋のようでした。昔は小さな工場として機能していたのでしょうか。所々に剥き出しの錆びついた鉄骨や穴の空いたトタン屋根が見受けられます。長らく人の立ち入りがない場所のようです。
実は私、ここまで全く通ったことのないルートで来ましたので帰り道が皆目見当もついておりませんの。帰りもこの青色もちもちマカロンにエスコートしていただきませんと。
「そこの隙間から見えるはずポヨ。邪魔にならないよう息を殺して静かに眺めるポヨ」
「分かっておりますの」
指示された崩れたトタン屋根には丁度よい高さにテニスボール程の穴が空いておりまして、向こう側が覗けるようになっております。
顔を近付けて見てみると、そこは建物の裏手の駐車場でしょうか。開けた場所に人影が二つ。まるで決闘中の荒野のガンマンのように両者とも直立不動のまま動きません。
人影の片方は変身した小暮さん……いえ、せっかくですから言い直しましょう、魔法少女プリズムレッドです。少し息が荒いように見えますが、顔を見る感じまだまだ余裕がありそうです。
そしてもう片方の人影は……あれは、真っ赤なトマトでしょうか。トマト頭の大男です。黒いマントを羽織っておりまして、これまた不気味な雰囲気を醸しております。人の顔は付いておりませんので顔色を伺うことはできません。
なんだか雰囲気が先日のカボチャ頭の怪人に似ておりますの。もしかしたら奴の仲間なのかもしれませんわね。
「君、なかなかやるね」
プリズムレッドさんが威勢よく話しかけております。
私と彼らとの距離は相応に離れておりますが、周りに大きな音の鳴るようなモノはございませんので、問題なく聞き取れている感じですの。なかなか悪くない観察ポイントです。ポヨ、ナイスですの。
「そちらこそ。あのジャックを退けただけはある」
「ジャック? 誰のこと?」
「先日撃退したであろうカボチャ頭の怪人のことだ。適正時期ではなかったとはいえ奴も相当の手練れだ。素直に誇るがよかろうぞ」
「ふふんだ。誰が相手だろうとこっちは全力で相手するだけだからねー。君も悪さするってんなら容赦しないよ。ビチビチのグッチャグチャのトマトジュースにしちゃうんだから」
軽快に挑発の言葉を向けます。前々から思ってましたけど、変身中の小暮さんってやたら言葉遣いが不穏ですわよね。まるで普段はセーブしているかのようですの。
「ふっ……ならばこれより先は手加減せんぞ。今は我の最も得意とする時期なのだ。真の力を見せてくれよう」
あえてその挑発に乗るかのように、トマト頭は腕を前に出して身構えます。古武術の憲法家のような独特な身構え方ですわね。
なるほど、今が最も得意とする時期、ですか。
そういえばトマトは初夏が旬だと聞いたことがありますの。
流水で冷やしたトマト、あれ本当に美味しいんですのよね。カプレーゼだとか、ペースト状にしてスパゲティに絡めて冷製パスタにしてみたりだとか、生のままでも色々レパートリーが考えられますの。
それだけではありません。トマトは温めても美味しいのです。煮込んでトマト鍋にしてもイイですし、チーズをかけて焼いてもイイですし、ホワイトソースもかけてグラタンなんかにしていただいたら、他には何にも要りませんわ!
品種によってはフルーツのように甘いモノもあったり、大きさや彩りにも沢山の種類があったりと、眺めているだけで楽しくなってしまう、そんな素敵な存在ですの。
鼻に抜ける独特な香り、鮮やかな色合い、とろけるような舌触り……まさに三拍子揃った、見て美しい食べて美味しい、トマトは底無しの魅力あふれる素晴らしいお野菜だと思いますの。
私も大好きな食材なんですの!
……コホン。想像するだけで涎が垂れてしまいますが、今はそんなときではありませんわよね。ええ、分かっておりますとも。
むしろ張り裂けそうな緊張感のど真ん中に居るわけなのです。当事者ではないとはいえ、私もあのお二人に習って集中しませんと。
「……始まるみたいポヨよ」
「そう、みたいですわね」
心を落ち着かせ、気持ちを切り替えて再度トタン屋根の隙間から覗き込みます。
先日のカボチャ頭との戦闘の時は、恐怖や緊張で何が何だか分からない状況でしたからね。
今は落ち着いた状況で眺められるのです。彼女の勇姿をこの目にしっかりと焼き付けませんと。
小暮さん。頑張ってくださいまし。
そして何事もなく無事勝利してくださいまし。
握り締めた拳に汗が滲みます。
なお作者はトマトが嫌いです。