戦いの基本は格闘
あれからまた二週間程が経ちました。
只今は学校の授業中ですの。
先日からお話に聞いていた通り、小暮さんは怪人退治のために度々授業中に抜け出したり、放課後すぐにすたたと走り去っていったりと、内容を知る前とさほど変わらない毎日を過ごしていらっしゃいます。ペースとしては三日に一回程度でしょうか。
最近は私も授業中のプニとポヨからの連絡を自ずと察知できるようになりまして、お互い言葉を交わさずとも阿吽の連携が取れるようになってきましたわ。
そうこう言ってもおりますと、早速彼らからの合図がやってまいりました。ブルブルブルと小暮さんの鞄が震え出すのでございます。授業中に声を出すことはできないですからね。これが彼らからのサイレントな合図ですの。
小暮さんも彼らからの通達を察知したのか、勢いよく手を挙げられます。
「先生……えっと、トイレ!」
「コホン。先生はトイレではありませんの。ほら、さっさと行ってきてくださいまし」
「イヤそれ、俺のセリフなんだが」
わはははは……とクラス内の笑いを誘います。
時に自然に、時に強引に、その場その場に合ったフォローをすることで彼女の円滑な外出を促します。今のは惚れ惚れする様なベストな対応でしたわ。私、今日もグッジョブですの。
小暮さんはえへへー、と少しだけはにかみ笑いをしたのち、すぐさまキリッとした表情に切り替えてタタタと勢いよく走り去っていきました。その手には桃色のプニがしっかりと握られております。
いってらっしゃいまし。お怪我に気を付けて頑張ってきてくださいな。その間のノートは私がしっかりとまとめておきますのでご安心くださいまし。
普段と変わらぬ日常に、少しだけ私たちだけの秘密が増えたような気がして、思わずふふんと心が躍ってしまいます。
さぁ、代わりにしっかり勉強いたしますわよー!
集中すると時の流れが早く感じてしまいますわよね。授業なんてもうあっという間です。
こうして、瞬く間に時は流れていきました。
一一一一一一一一
一一一一一一
一一
一
放課後になりました。日も傾きはじめ、空に少しだけオレンジ色が差し掛かってきた頃合いでしょうか。
私たちはいつものように商店街を練り歩いておりますの。その手にはアツアツのコロッケとメンチカツが握られております。なんだかんだて今日もおばさまにサービスしていただきまして、ちょっと大きめのモノを剪定してくださいました。
これじゃ夕食を食べ切れるか分かりませんの。全部食べたら太ってしまいそうですわね。まぁ……どちらも美味しいので結局両方平らげてしまうんですが。罪な私ですの。
「今日はありがとねー。めちゃくちゃスムーズに出れたからいち早く現場に駆け付けられたよ。おかげで被害もほとんど出なかったみたいだし。蒼井さん、お手柄だったよっ」
「そんなそんな。貴女の頑張りの賜物ですの」
今日も仲良くベンチに腰掛け、落ち着いた時間をゆったり堪能いたします。
「でも、なーんだか今日のは変な感じだったなぁ」
「変な感じと言いますと?」
「うん……。今日はね、現場に怪人は居なくて、代わりにザコ戦闘員が数人居ただけだったんだ。そいつらもちょっと相手したらすぐに逃げ出しちゃったし。
ちょっと不完全燃焼っていうか、変にモヤついてるというか。いつもなら消滅するまでメッタメタのギッタンギタンにするんだけどね」
「顔に似合わず怖いこと言いますのね」
笑顔で馬乗りになってボコボコに殴り続ける小暮さんを想像してしまいました。さすがにそこまでではしないでしょうが、手加減してもまた再発するだけですからね。徹底的にやるのは仕方がないことだとは思います。
ちなみに、どう言う原理か知りませんが、怪人たちはメッタメタにされると光になって消えてしまうんだそうですの。物理的な〝死〟というよりは存在自体の〝消滅〟といいますか、そうなると二度と現れなくなるそうなんですの。
まぁリアルにぐっちゃぐちゃのバッキバキになって色々グロテスクなものを撒き散らしていただくよりは、こちらが後処理を施すことなく自然に消え失せていただいたほうが目にも心にも優しいですからね。
これは魔法少女による悪の〝浄化〟的なものだと勝手に解釈しておきましょう。
っていうか、魔法少女と言っておきながら、小暮さんって物理攻撃が主なんですわよね。最初に見た時もそうでしたし、その後何度かいただいた戦闘報告でも、殴る、蹴る、投げる、絞める、ステッキで叩きつける、突く、引っ掛ける、エトセトラ……。
この前理由をプニポヨにも尋ねてみたら、
「戦いの基本は格闘だプニ。武器や装備に頼ってはいけないプニ」
とよく分からないドヤ顔で返されてしまいました。男のロマンとか仰ってましたがこの子たちに性別はあるのでしょうか。まったく謎ですの。
ともかく。いつもなら激しい戦闘になるはずなのに、今日は大きな抵抗もなく、怪人も居らず、弱小の戦闘員たちただ逃げ帰っただけとは……。
「ふぅむ、気になりますわね」
神妙な顔でメンチにかぶりつきます。
なんだか胸騒ぎがいたしますの。決してアツアツの油物に胸焼けしているわけではございませんの。
「やっぱり蒼井さんもそう思うよねぇ……」
ハムスターのようにはぐはぐとコロッケを召し上がる小暮さんを横目に、私はメンチカツを胃に収めました。
悔しいことに私たちから行動を起こすことは難しいんですの。といいますのも怪人の発見をプニポヨの察知機能に頼っている以上、基本は後手後手で動く他に手段がないのです。
怪人の出現を検知して、その後で被害が出る前に食い止めるというのはまるでターン制のチェスや将棋のようです。私個人としてはトランプのスピードのように時間を気にせず畳み掛けられたらと思いますのに。何事も先手必勝が一番なのです。
と、そのときでした。
「怪人の反応だポヨ!」
鞄から勢いよく青色大福マカロンが飛び出します。
「うわっぷ!?」
驚きのあまり小暮さんのコロッケが宙に浮きました。ほぼ真上に投げ出されたそれを絶妙なバランス感覚でそのまま口で受け止めていらっしゃいます。
「ふほ!? ひょうひほへはよ!?」
「やっぱり終わってなかったみたいですわね」
「これは! 今までにない強い反応プニ! 茜! 心して掛かるプニ!」
桃色餅饅頭も鞄の中から出てきました。そのまま小暮さんの肩に乗ります。
彼女は手を使わずにそのままコロッケを平らげると、勢いよくベンチから立ち上がりました。
「ちょっと行ってくる! 鞄とポヨちゃんをよろしくね!」
「了解ですの。気を付けてくださいまし」
「うん!」
私の言葉を聞いてから勢いよく人混みの中へと消えていきました。私と青色大福とでその背中を見守ります。
「そういえば貴方は行かなくていいんですの?」
私の手に乗る青色ポヨに話しかけます。ここは商店街のど真ん中ですが、側から見ればただのマスコット人形に話しかける健気な女子にしか見えないでしょう。辺りの話し声も多いのでポヨの声が目立つ心配もございません。
「茜の相棒はプニの方だからポヨね。変身装置は一人につき一つで充分なんだポヨ。んでも、さすがに今回の反応はポヨも正直心配だポヨ……」
「そうですわね……」
見守ることしかできないのが悔しいところですの。私にも同じような力があったら、サポートだけでなくて、一緒に戦ってあげられますのに。
ふぅ、と小さくため息をつきました。