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ずっとずっとこんな気楽で自堕落で何不自由のない毎日が続けばいいなぁって

 

 エレベーターホールに到着いたしま――



 あら? 既に先客がいらっしゃいますわね。


 扉の上部に取り付けられた階層案内の電光掲示板を眺めていらっしゃるようです。


 腕を組んで佇むお姿がとにかくサマになっていたのでございます。


 思わず七秒ほど見惚れてしまいましたの。


 こころなしか辺りに良い匂いが漂っているような気がして、視界に移るそのお身体がホントに引き締まっていらして。


 背もスラリと高くて顔立ちもホントに素晴らしくて、上から下まで眩いほどの白の軍服を着こなしなさっているこの殿方は……!



「何故にご主人様がこんなところにいらっしゃるんですの? お珍しいこともありますわね」


「よう、ブルーか。奇遇だな。っつってもアレか、カメレオンのヤツから聞かされて出動してくれるってところか。いつもすまないな」


「いえいえ、これも私の務めの一環ですので」


 最近は特に自堕落に極めておりますゆえ、自発的に行動するのはあまり好きではございませんが、この私だけに求められているのであればお話は別なのです。


 承認欲求の塊だという自覚はありますゆえに。

 ほらほら、皆さまもっと私をお求めくださいまし。


 むふふとドヤ顔を見せて差し上げます。



 エレベーターホールにいらしたのは、この秘密結社のトップ、全知全能たる総統さんご本人でしたの。


 私の命をお救いいただいた恩人さんであり、ハジメテをお奪いなさった男の中の男であり、云千云万と所属している戦闘員たちを独りでまとめ上げていらっしゃる超絶首領たるお方なのです。


 ああ、時間さえ許せば今すぐに這いつくばって軍靴をお舐めして差し上げたいくらいに尊いですの。同じ空気を吸える喜びを全身で示して小躍りしてみましょうか。


 クールさに欠けますのでいたしませんけれども。



「デスクワークのほうはカタがお付きになられまして?」


 あくまで平然を装いつつ、改めて問いかけて差し上げます。


 そういえば昨晩の情事に至る前も、結構な量の書類整理を手伝って差し上げたと思うんですけれども。足の踏み場も無かったですもの。ペーパーベッドよろしく、床が真っ白になっていたくらいです。



「ようやく半分ってところだな。コイツは休憩がてらの散歩だよ。たまには上層の仕事ぶりでも覗きに行ってみようかってな」


「あー。抜き打ちの監査は性格が悪いでしてよー」


「ははは、こう見えても悪の秘密結社のトップだからな。素行の悪いヤツはだいたい友達(部下)。その筆頭が俺ってなわけで」


 茶目っ気溢れる子どものように微笑みなさいます。


 この無邪気さがたまらなく好きなのですが、普段からやってること自体はエゲツねぇお方ですからね。


 数年前の無垢な私であれば卒倒してしまっているレベルですの。魔法少女ながらの正義に駆られ、怒り心頭を通り越して即座に魔法をぶっ放して止めにかかっていたかもしれません。


 ……というより実際のところどうなんでしょうね。


 私がかつての魔法少女業に疲れることなく、そしてメイドさんが生命の危険に晒されるようなこともなく、ただただ順調に世の中のために身を粉にして働き続けていたとしたら。


 いずれはこの人とも敵対していたのでしょうか。


 研鑽に研鑽を重ねて、少しずつ強くなって、この人の放つ絶対者のオーラにも耐えられるようなって、本気で倒そうと試みていたとしたら。


 あり得たかもしれないもう一つの未来、とでも言いましょうか。


 考えたところで、今更何も変わりませんけれども。



「私も上層のほうに向かいますの。途中までご一緒させていただいてもよろしくて?」


「ああ、もちろんだ」


 自然な流れで彼に寄り添って、その大きな背中に体重を預けさせていただきます。


 この人はいつもいつでも、嫌な顔ひとつせずに受け入れてくださいますの。


 総統さんが世の中から見たらどんなに悪人だったとしても、私にとっては最愛なる恩人でしかないのでございます。


 その事実だけは何が起きようとも変わったりはいたしません。



 穏やかに息を整えているうちにエレベーターが到着いたしました。


 先に乗り込んで上向き矢印ボタンを押して差し上げます。


 ブンと低い重低音を鳴り響かせてハコ(・・)が揺れ始めましたの。次第に重力を感じ始めてしまいます。


 静寂がこの狭い空間を支配しておりました。



「……ねぇ、ご主人さま」


「どうした? ブルー」


「私ね、何一つとして後悔などしておりませんの。

私は、今の私が大好きなのでございます」


「……おう。それは良かったな」


 扉上部に取り付けられた階層案内の電光表示を見つめながら、半ば独り言のように呟かせていただきます。



「そしてまた。私はここにいる皆さまが、同じく今の暮らしがこの上なく好きなんですの。

どこまでもぬるま湯のように温かくて優しくて、それでいて皆、実はお互いにそこまで関心があるわけでもなくて。

ずっとずっとこんな気楽で自堕落で何不自由のない毎日が続けばいいなぁって。至極、楽観的に思い続けてしまうのでございます」


 たとえ夜伽にしっぽりとするだけの毎日だったとしても、それでもその一回一回が全て異なる沢山の色で煌めき揺らめいているのでございます。


 もちろんのこと情事の彩りだけではございません。


 今日のようにお昼過ぎまで寝て、ふらーっと食堂に赴いては、怪人の皆さまと競馬中継に一喜一憂して、その後におっきなお風呂に入って、また気の済むまで眠り呆けるような。


 そんな怠惰の中にこそ際限のない趣深さがあったのです。


 最近になってようやく気が付けましたの。


 きっと、痛い思いも哀しい思いも辛い思いも、たくさん、たくさん、経験してきたおかげですわよね。


 この怠惰で自堕落な日々を利己的に守り抜くために。

 私は今このときを全力で頑張れる気がするんですの。



「あのとき、私を助け出してくださって、本当にありがとうございました。ご主人様には――いえ、総統さんには、感謝してもしきれません。私の人生はココにこそありましたの。私の天職もまたココにありましたのっ」


「その本音は?」


「今更世に出て働きに出れるほど私は敬虔でも真面目でもありませんしぃー。学歴も職歴もお財布事情も何も気にせずに、ただひたすらに自堕落に身を沈めていたいんですのぉー。

だから一生養ってくださいまし。私を一生愛してくださいまし。一生貴方のお側に置き続けてくださいましぃ」


「はは、お前らしいな」


 ええ。私は誰よりもワガママなんですもの。

 ポッと出の天運なんかに邪魔されてなるものですか。


 ドヤりと微笑む私を見ながら、総統さんが笑いながらお続けくださいます。



「ブルーはホントに強いヤツだよ。過去も現在も、ずっと〝自分〟ってモノを持ち続けてる。それくらいのふてぶてしさがないと、結社(ウチ)ではやっていけないからな。俺としてもスカウトして正解だったよ。本気でそう思ってる」


 あら、それは良かったですの。


 どうぞ私のこのワガママさを存分に活かして伸ばして差し上げてくださいまし。ヒトにとって、短所こそが何よりの長所なのでございます。


 むふふと微笑んでおりましたところ。


 チーン、という気の抜けるような音と共に、エレベーターが上層へと到着してしまいました。


 ゆっくりと扉が開かれていきます。


 総統さんと一緒に降りましたの。このままお側について歩いて差し上げたかったですが、残念ながら私には向かわねばならないところがありますからね。


 パタタとすぐ目の前まで駆けて、そうして即座にぺこりと一礼させていただきます。

 

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